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公子様と魔女の日常  作者: 瀬尾優梨
想いを指輪に
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受け取れない指輪2

 「え」とも「へ」とも聞こえる声がサランの唇から漏れる。その瞳がのろのろと持ち上がり、驚きの醒めない眼差しでアークを見上げてきている。

「俺は、君を幸せにしたい。でも、サランがうちに来るということは、今までのような自由な生活をさせられなくなるということになるんだ」

 丘を駆け回ることも、姉弟子たちと語らうことも。今よりずっと制限されてしまう。

「君をこの屋敷に連れ込んだのだって、俺の我が儘だ。だから、サランに選んでほしいんだ。俺のためとかじゃなくて、本当にサランが、自分がどうしたいのかを」

 このまま屋敷に留まり、アークの求愛を受けてくれるか、それとも求愛を断って住み慣れた家に帰るか。

「もし、俺と結婚するのが嫌だというのなら、俺は止めはしない。少しでも、シャリーたちの元へ帰りたいと願うなら、俺は君の想いを優先させる。だが」

 反らすことなく、うるんだ茶色の目を見つめる。

「俺は、君が好きだ。君に側にいてほしい。そう思っている」

 はっと、サランの目が大きく見開かれる。何か言いたげに口が開閉され、やがて……ぽろりと、透明な涙が頬を伝って、落ちた。

「……アーク様は、酷い」

 つぶやくような、咎めるような、小さな声。アークが予期していなかった、なじりの言葉。

「帰ってもいいなんて……どうして、そんなことおっしゃるの……?」

 その言葉に、一瞬目の前が暗くなった。まさか、そう切り返されるとは思ってもいなかったのだ。

 帰ってもいいなんて、言わないでほしい。帰るなと、ここにいてくれと言ってほしかった。

「私……私、アーク様のお邪魔になってることは……知ってます。それでも……私、ここにいたいのに……私が帰りたいと言ったら、アーク様は私を帰すのですか?」

「……それは……」

「だって……私、姉様たちの元に帰りたくないはずがないもの!」

 初めて、サランの言葉から敬語が外れた。ぽろぽろと涙をこぼしながら、サランは半ば叫ぶように訴えた。

「私、姉様も師匠も大好き! 帰りたいと思ったこともあるわ! でも、それ以上に、アーク様のことが好きだから……だから、ここにいたのに……一緒にいたいと思ったのに……私が姉様たちのことを捨てきれないなら……帰ってしまった方がいいの……?」

「サラン……」

 ぐすっと鼻を鳴らし、サランは手に持っていた指輪の箱を閉め、震える手でテーブルに戻した。

「……だから……ごめんなさい。この指輪は……受け取れません。そうじゃないと、私、後悔するから……アーク様を悲しませたって、ずっと自分を許せないから……」

 こぼれる涙を拭おうともせず、アークの方へ、箱を押し戻す。

「……お返しします。アーク様……好きになって、ごめんなさい……」

 アークは俯くサランを見、差し出された指輪の箱を見、再びサランを見つめ。

「……それでいいんだ」

 発された言葉に、サランの肩がぴくりと震える。

「君は、それでいい。俺に愛想が尽きたなら、シャリーたちに縋っていい。貴族の生活に疲れたなら、いつでも自由を求めてもいい。だけど」

 箱に添えられた手の上に自分の手を乗せ、そっとサランの方へ戻す。

「君が帰る場所が……ここであってほしい。どこかへ行っても、いつか俺の所に帰ってきてくれればいい」

 はっと、涙で濡れた目が上がる。既に赤く充血した目を見つめ、アークはそっと微笑んだ。

「君のことを我が儘だとは思わない。俺こそ、自分の我が儘でサランを連れ込んだんだ。俺は君にここに帰ってきてほしい。君は、好きなところへ行きたい。それでおあいこじゃないか」

 何か言いたげに一度二度、サランの目が瞬く。その度にころりと涙の粒がこぼれ、彼女のスカートを濡らした。

「俺は、サランと一緒にいたい。もっともっとサランのことを知りたい。俺の隣で笑っていてほしいんだ」

 開かれた唇から忙しない吐息が漏れ、そして、テーブルの上に乗せたままの指輪の箱が持ち上がり、彼女の胸元へ引き寄せられる。

「……いいのですか?」

 ささやくように、サランは問う。

「私が、ここにいても……この指輪をいただいても……」

「ああ」

「我が儘言っても……アーク様を困らせても……」

「もちろん」

 箱に添えられたアークの手が箱のつまみを開け、再び指輪を空気中にさらした。

「……受け取ってくれるか?」

 そう、優しい顔で聞く。

 サランが大好きな顔で、尋ねる。

 ひとつ、サランの頭が縦に振られる。何度も何度も、こくこくと頷く。

「は、はい……ください……指輪、私にください……!」

 アークの指が華奢な指輪を摘み、箱をテーブルに置いてサランの右手を取る。

「……右手薬指の指輪は、結婚の約束」

 そう唇に乗せ、小刻みに震えるサランの右手薬指に、指輪を通した。

「サラン、ありがとう。どうか、ここにいてくれ。俺の側に、いてくれ」

 サランはじっとアークを見つめ、自分の右手薬指に飾られたシルバーの指輪を見つめ、そっと、花がほころぶように微笑んだ。

「……はい。お側に……います」

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