表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公子様と魔女の日常  作者: 瀬尾優梨
想いを指輪に
15/17

受け取れない指輪1

 屋敷に帰ると、両親が出迎えてくれていた。普通、公子が帰宅した時に公爵夫妻が出迎えることはないのだが、サランのことも気がかりだったのだろう。二人して馬車を降りるなり、サランは公爵夫人にかっさらわれ、アークはにこにこ笑う父に迎えられた。

「アイリーンもサランのことを心配していたのだよ」

「……そのようだな」

「ひょっとすれば、そのままお持ち帰りして帰ってこないかもしれないからなー」

「そっちかよ」

 びしりと父に容赦ないつっこみを入れ、アークは上着を脱いで腕にかけながら屋敷の門をくぐる。

「だが、一日サランは楽しそうだった。連れて行った甲斐があったようだな」

「うむ、実に満足そうだ」

 フォード公爵は妻とサランが入っていった玄関口を見やり、ふと、息子に目を戻した。

「……アーク、サランを大切にするのだよ」

「……」

「おまえは馬鹿じゃないのだから、サランの気持ちくらい分かっているだろう。私たちにできることはないに等しい。今のサランにはおまえしか、頼れる者がいない。それを、忘れてはいかんぞ」

 いつになく真摯な表情で告げる父。ひとつ息をのみ、アークはしかと頷いた。

「……言われなくてもそのつもりだ」

 はっきりとした物言いに、公爵は満足げに微笑んだ。


 その日遅く。サランの部屋の前でアークは逡巡していた。

 ぐるぐると円を描くようにドアの前を徘徊し、ふと立ち止まったかと思うと深い深いため息をつく。

 傍目から見れば変質者きわまりなく、これがアーク以外の男性であれば通報モノだったが、彼は至って真剣であった。時折、右手を上着のポケットに突っ込んで中に入っている箱を指先で確認し、またウロウロし始める。

 帰宅してから今まで、ずっと考えていた。この箱を使うべきか、まだ使わざるべきか。

何がサランの幸せなのか。自分とサランの幸せが重なり合うことは可能なのか。

 時期尚早だ、と言われればそれまでかもしれない。だが。

 意を決し、右手をポケットから抜いて二度、ドアをノックする。

 はい、とくぐもった声が返り、アークは胸に手を当てて口を開ける。

「アークだ。少しいいだろうか」

 すぐに、ぱたぱたと駆け寄る音がし、ドアの鍵が外された。

 静かにドアが開き、寝る仕度を済ませたサランが顔を出した。洗いたての髪を無造作に背中に垂らし、いつもと同じ白い寝間着を着ている。

 この白さを見るとどうしても、先日サランが部屋で倒れていたシーンを思い返してしまうのだが、今アークの前に立っているサランは健康そうで、頬も赤く上気していた。

「アーク様、いかがなさいましたか」

「少し、話がしたいんだ」

 そう告げると、サランは嬉しそうに微笑んでアークを部屋に招き入れた。何も疑いを掛けない彼女に少し罪悪感のような感情を抱いたが、彼女の薦めるように、部屋にお邪魔しドアを閉めた。しっかりと、鍵も掛ける。

「今日はありがとうございました」

 サランの方が口を切り、イスの上でぺこりと頭を下げる。

「久方ぶりに思いっきり走って、とてもいい思い出になりました」

 裏のない笑顔でそう言われ、再びアークの胸が苦しくなる。

「……それはよかった。マックリーンの丘が本当に気に入っているのだな」

「はい。是非また、アーク様と一緒にお出かけしたいです」

 そう嬉々として言うのだが。

 ずしりと、右ポケットに入っている異物が重みを増したように思えた。マックリーンの丘で感じた自由。また、自由になりたいと願うサラン。

 今からアークがしようとしている行為は、彼女を縛り付ける以外の何物でもないのだと、身に痛いくらい感じる。そう思うといっそう、この箱を差し出すことが躊躇われた。今すぐにでも、「やっぱり何でもないよ」としらを切って部屋から逃げ出したくなる。

 だが、アークの右手は再びポケットに収まり、中から小振りの箱を出した。

 おや、と言わんばかりにサランの目が開き、自分の前のテーブルに置かれたそれに、首を傾げる。

「箱……ですね」

「開けてみてくれ」

 女性の握り拳一つ分にも満たない、小さな箱。大きさの割に重量はあり、箱の蓋や側面にも細かな装飾が施されている。

 この中に何が入っているのか見当が付かなかったのだろう、サランは気後れすることなく箱を手に取り、どこかわくわくしたような面持ちで蓋を開けた。

「あっ、綺麗なゆび……」

 不自然なところで、言葉が切れる。アークの意図を瞬時に理解したのだろう。笑顔のまま、表情が凍り付いている。

 箱の中にあったのは、質素な指輪。デザインは質素ではあるが、かなりの値打ち物だ。台座の上にちょこんと乗ったシルバーのリングで、表面にはフォード家の家紋をかたどった小さなルビーが飾られている。

 サランの指のサイズに合わせて特注した、誓いの指輪。フォード家の嫁に贈られる、結婚指輪だ。

 呆然としたままのサランを見、アークは気まずい空気を払拭するかのように一つ、咳払いした。

「……ええと、見ての通りそれは結婚指輪だ。フォード家に来る花嫁に贈られる、世界で一つだけの指輪だよ」

 それを聞き、サランのクルミのように丸い目が見開かれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ