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公子様と魔女の日常  作者: 瀬尾優梨
誰がために
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想うゆえに3

 サランは一日中、眠り続けた。時折熱が出たため、冷やしたタオルを額に当ててやり、汗が出れば拭いて(これはメイドに任せた)やった。さすがに公爵も書類の始末を全て受け持ち、アークは付きっきりでサランの側で看病していた。

 夜が過ぎ、再び日が昇った頃、サランの睫毛が微かに震えた。新しい手ぬぐいを絞っていたアークは微かなうめき声にはっとし、手を拭きながらサランのベッドに駆け寄る。

「サラン、大丈夫か?」

 アークの声を受けて、ぎゅっとサランの眉根が寄せられる。そうして、ゆっくりと、躊躇うかのようにサランのまぶたが持ち上げられた。

「……アーク、さま?」

 ガラガラにかすれたサランの声。だがそれさえ嬉しく、アークは安堵の息を吐き、精一杯の笑顔でサランの髪を撫でる。

「よかった……サラン、無事か?」

 こくん、とひとつ頷き、サランは一晩中付きっきりだったため目が充血したアークを見、困ったように手を差し伸べた。

「アーク様……眠られて、ないのですね。私が、回復致します……」

「それはだめだ」

 アークの目を塞ごうとした手を優しく握り、シーツの上に下ろさせる。今思えば、回復魔法の度にサランがアークの目を覆っていたのも、自分がアークの疲労を受け入れるためだったのだろう。一気に疲れを受け持つため、苦痛に歪む顔を見せないために。

「……ジジイに聞いた。サラン、俺の疲労を吸収していたんだな」

 アークの言葉に、はっと目を見開くサラン。タローの言ったことは図星だったのだろう。戸惑ったように、目が泳いでいる。

「そ、それは……」

「ユイが来た時に困っていたのも……気付かれたくなかったからだろう? 俺のために自己犠牲行為をしていたって、悟られたくなかったから」

「……」

 目を伏せ、指先をすり合わせるサラン。その行為が、アークの言葉を肯定していた。髪を撫でる手を止めることなく、アークはサランに語りかける。

「サランは、俺のためを思ってあの魔法を使ってくれたんだろう。きっと……俺の役に立とうと思って。疲れを取ったら、俺が喜ぶから」

 こっくり、サランは頷く。

「もちろん、俺は嬉しかった。でも……その代わりにサランが辛い思いをして、こうして倒れてしまうなんて……本末転倒だ。それは、分かってくれるか?」

 アークの眼差しから顔をそらし、なかなか頷いてくれないサラン。

「公務は大変だ。だけど俺は、君が元気でいてくれるだけで、疲れは吹っ飛ぶんだ。魔法はなくてもいい。側にいてくれるだけで、俺はずっと助かっているんだ」

 側で、笑っていてくれたら。アーク様、と声を掛けてくれたら。それだけで、幸せだった。だから。

「……ごめん、サラン。君のことを気遣えなくて……ごめんな」

 目頭がじんと熱くなる。ぽたり、とサランの手の甲に暖かい涙が落ち、サランは驚いたようにアークを見上げた。

 アークが泣く姿なんて、当然初めて見た。アークが、自分のために泣いてくれる。

 男性が泣くなんて無様だ、女々しいなどと世間では言われる。だが、自分を想って涙をこぼすアークの姿はサランにとって、これ以上なく愛おしく、心を揺さぶられた。

「……アーク様……」

「ごめん……サラン……」

「泣かないで……アーク様」

 サランの手が持ち上がり、いつの間にか髪を掻き撫でる行為をやめていた手を取り、自分の頬に当てた。

「私、幸せです……アーク様が、私を心配してくださったから。幸せなんです」

「サラン……」

「私も、ごめんなさい、アーク様」

 目を伏せ、愛おしそうにアークの大きな手を握るサラン。

「私、アーク様が好きです。好きだから……自分の体を酷使させてしまいました。ごめんなさい……」

 アークが好きだから。

 だからサランは、身を投げ打った。

 ひとつ、息を吐きアークはサランを見つめる。いつにないくらい、優しい眼差しで。

「……それは、俺も同じだ」

 えっ、と声を上げて目を開けるサラン。ふたつの眼差しがかち合い、どちらも反らすことができなかった。

「……俺も、君が好きだ。好きだから……君には無事でいてほしい。元気に笑っていてほしい」

「アーク様……」

 好きだから、自分の身を捧げたい。

 好きだから、相手の身を案じたい。

 二人の、相反した願い。相手を思うがための行為。

「……側にいてくれ。特別なことはしなくていいから、俺の心の支えになってくれ」

 サランの手をしっかりと握って真摯な眼差しで訴えるアーク。その熱い眼差しに、サランの心臓がひとつ、跳ねた。

 しばらくの後、ふっとサランの唇が弧を描いた。

「……はい。私、あなたの側にいます。あなたを……支えます」

 あなたのことが、好きだから。

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