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公子様と魔女の日常  作者: 瀬尾優梨
誰がために
12/17

想うゆえに2

 すぐに、タローが呼ばれた。医者よりも彼の方がよいだろうと、公爵が提案したのだ。

 サランは自室に寝かされ、部屋にはアークとタローのみが入ることを許された。

 血相を変えて部屋に入ってきたタローはサランの様子を見るなり、鬼人のごとき形相でアークをにらみ上げた。

「貴様……サランに何をしてくれた!」

「俺にも分からないんだ! 頼む、タロー。サランを治してやってくれ!」

 土下座しそうな勢いのアークを見、タローは忌々しげに一つ鼻を鳴らし、死んだように眠るサランの側に立った。

 「かわいそうに、サラン。こんなにやつれて……」と声を掛けながら、タローはサランに手をかざした。アークには分からないが、きっと魔力で彼女の容態を見ているのだろう。

 息の詰まるような、数分間。やがてタローは手を下ろし、振り返ることなく言う。

「……最近、サランに重労働をさせたことはないな」

「ああ。誓って、ない」

 それだけはあり得ないと、ユイが来たときから断言できた。

「長時間書物を読ませたり、同じ姿勢でイスに座らせたことは?」

「……ない」

「では……貴様はどうだ?」

 くるりと振り返り、タローは嫌に落ち着いた表情で問う。

「今わしが言ったことを、貴様自身はしていないか? 重労働、長時間の読書、同じ場所での体の固定は?」

「俺は……もちろんある。書類整理や接待の毎日だから……」

 それとこれと何の関係があるのだろうかと、いぶかしげにアークが問うと、タローはすっと目を細め、猛禽のようにアークをにらんだ。

「では……その貴様のために、サランが何か魔法を施したことは?」

 彼が言いたいのは、サランが毎晩かけてくれた回復魔法のことだろう。なぜ、そのことが分かったのだろうかと口を開いたとたん。

「……まさか……?」

 かちりと、頭の中でバラバラになっていたピースが回転し、填った。

 アークに科された労働。

 サランのかけた回復魔法。

 意味不明の疲労に悩まされたサラン。

 アークが真実を悟ったことに気付いたのだろう。タローは目を反らし、眠り続ける愛弟子に目を落とした。

「……貴様には回復魔法と偽ったのじゃろう。だがあれは、疲れを飛ばすわけではない。対象者の肉体的疲労を術者に移すものなのじゃ。術者に移動した疲れは、術者が休むことによって解消される。だが、毎日のように……しかも、慣れない種類の疲労を体にため込めば、いつか爆発する。効率は決してよくない魔法なんじゃ」

 つまりサランは、本来アークが負うべき疲労を全て自分の体に取り込んでいた。最初のうちはなんとか、自己解消できていたが、書類整理や接待の疲れなんて、今までサランは経験しなかった部類の疲労だ。それが日に日にたまり、そして昨夜、アークと別れて部屋に鍵を掛けたとたん、限界が来てしまった。

 一気に顔が青くなり、自分のしでかしたことの重大さに気付いたらしきアークを一瞥し、タローはわずかに表情を緩めた。

「……サランにも非はある。サランは貴様を助けたいと思うあまり、自分の身を蔑ろにしたのじゃからな。だが、貴様は気付くこともできたはずじゃ。もう魔法を使わなくてもいいと、止めることもできたじゃろう?」

 全くもって、その通りだった。もう結構だと言えば、それ以上サランは魔法を使おうとしないだろう。だが、彼女の好意に甘えすぎていた。懸命に自分の力になりたいと願うサランを、気遣ってやれなかった。

「……俺は……取り返しのつかないことを……してしまったんだな」

 フラフラの足取りでサランのベッドに歩み寄り、眠り続けるサランを見つめる。

「……ごめん、サラン……俺、君を大切にできなかった……」

 大切にしたいと、傷つけたくないと言ったのに。こうして、彼女を傷つけた。辛い思いをさせてしまった。

 タローはサランとアークを交互に見、もう一つ鼻を鳴らして持ってきた薬箱をごそごそと漁った。

「……大体の薬は、昨日ユイが作ったので大丈夫じゃろう。後は……この、体調回復薬。それと、何よりも毎日体を休め、自己犠牲魔法をさせないことじゃな」

「……じいさん」

 どんと薬瓶をテーブルに置き、タローは確かめるように、アークを見る。

「よいか。今回の行いを許すか許さないかは貴様とサランの問題じゃ。リンリンたちは怒り狂っているが、サランが貴様を許すというならリンリンたちもそれ以上何も言うまい。だが、二度は許されぬことじゃ。サランは優しい。優しすぎるくらいじゃ。だからこそ、貴様がしっかりせねばならん。貴様は……サランのことを好いているのじゃろう?」

 淡々と、諭すようなタローの言葉が身にしみる。アークは表情を引き締め、一つ頷いた。

「……ああ。俺はサランのことが好きだ。小さい頃からずっと、好きだ」

 だからこそ、彼女を本気で妻に迎えようと思った。彼女が嫌がるなら、屋敷に連れ帰った後でも家に帰してやろうと思っていたが、サランが思い出の少女だと気付かされ、もう二度と離したくないと思えた。

 タローは一気に表情を和らげ、ゆっくり頷いた。

「……ならわしから言うことはない。サランを頼むぞ、アーク公子」

 そうつぶやくように言い、タローは軽いつむじ風を起こして姿を消した。

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