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公子様と魔女の日常  作者: 瀬尾優梨
誰がために
11/17

想うゆえに1

 外が騒がしい。

 朝の仕度をしていると、部屋の外から足音やメイドの声が忙しなく聞こえてくる。

「……何かあったのか?」

 部屋を出、ちょうど廊下を曲がろうとしたメイドに声を掛けると、まだ年若い彼女は立ち止まり、困ったように口元に手を遣った。

「おはようございます、アーク様。実は……サラン様がまだ、起きてらっしゃらないようで」

「サランが?」

 昨晩は確か、サランに疲れを取ってもらい、書類整理をしながらしばらくたわいもない話をし、それからサランを部屋まで送ったはずだ。もう夜中はとうに過ぎていたから、まだ眠いのかもしれない。

 一応、確認する必要があるだろう。

 アークはメイドを仕事に向かわせ、廊下を曲がった先にあるサランの部屋に向かった。

戸の前にはサランの世話係であるメイドが困ったように立ちすくんでいた。腕には、換えのタオルやシーツらしき布束を抱えている。

「おはよう。まだサランは起きないのか?」

 メイドは軽く会釈し、頷いた。

「先ほどから声を掛けているのですが、返事がなく……今まで、このようなことはなかったので」

 確かに、サランはまめな性格なので眠くてもメイドの声に返事は寄越す可能性が高いだろう。

 メイドをよけさせ、アークはサランの部屋のドアを三度、ノックした。

「サラン、起きているのか。体調はどうだ」

 アークの声なら返事をするかと思いきや、部屋からは物音一つ返ってこない。試しにドアノブを回してみたが、当然のこと、鍵が掛かっていた。夜中に出て行くとは思えないので、中にいるのは確かだろう。

 悪いとは思いつつ、アークは腰をかがめ、小さな鍵穴に目を当てた。縦長の、小指の爪ほどの大きさもない穴だが、小さく部屋の中の様子が見えた。

 部屋の窓が見える。ガラス戸は、開いていない。ベッドも見える。誰も横たわっていない。

嫌な予感がする。目をこらし、限界まで鍵穴に目をねじ込むように凝視する。

 赤い絨毯が敷かれた床が見える。そして、ほんのわずかに目に入った、白っぽい布。

一瞬、目の前が真っ暗になった。

 がばっと身を起こし、いきなりのことに悲鳴を上げるメイドを振り返り見るアーク。

「君、今すぐ下から合い鍵を持ってきてくれ!」

「え、な、……?」

 公子の怒声に驚いて持っていたものをぼとぼと落とす彼女に構うことなく、アークは舌打ちしてだっと廊下を駆けだした。

 ……見間違いであってくれ!

 居間のテーブル。屋敷中の合い鍵が入った引き出しを引っかき回しながら、アークは冷や汗を額に浮かべていた。

 一瞬見えた、白い布。あれは、昨夜見たばかりのサランの寝間着だ。

 最悪の事態は避けたい。

 サランの客室の鍵を引っ張り出し、引き出しを閉める間も惜しんで再び二階に駆け上がる。

 先ほどのメイドはまだ、同じ場所に突っ立っていた。彼女を脇にどけ、鍵穴に鍵を突っ込む。

 がちゃがちゃと派手な音を立てながら鍵を外し、壊さんばかりにドアを開ける。

 赤い絨毯の上。今は血の海のようにさえ見えるそこに、白い塊が横たわっていた。人の形をした、それ。

「っ、サラン!」

 全身の血の気が一気に引いた。鍵を放り投げ、力無く横たわるサランに駆け寄り、その体を抱き上げる。体を両腕で抱えるとぐったりと喉が仰け反り、慌てて彼女の首の後ろを支える。

 その、死体のような仰け反り方と異様に冷たい体に、アークの心臓が一瞬、止まった。

「サラン! どうした、大丈夫なのか、サラン!?」

 体を揺さぶり、懸命に声を掛けても返事は返らない。緩く閉ざされた目は開かず、いつもなら、「私は大丈夫ですよ、アーク様」と言ってくれる唇は妙に青い。


 アーク様。

 そう言ってくれたのが、遙か昔のようにさえ思えた。

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