Episode1―Last Monday―
月曜日の朝、私は、かなり頭にきていた。
だって、横入りされた上に熱いコーヒーをスーツにぶちまけられたのだ。
ぶっかけろジャネット!じゃあるまいし。
私はオオカミじゃないし。
横入りをして、コーヒーを私にかけた男は、よっぽど急いでいたようで、床に転がったコーヒーを一瞥しただけで、カフェを出ていってしまった。
残された私は、コーヒーまみれだった。
これから、会社に行かなきゃいけないのにだ!
どうにも腹の虫がおさまらなかった私は、男を追いかけて、信号待ちをしているところをつかまえた。
背が高くて、顔の良い男だけど、この際どうでもいいというか。
格好良いからといって何をしてもいいというわけではない。
「人にコーヒーかけた後、謝りもしないなんて、失礼ですよ。大体、あなたは横入りもしたんですよ」
一年と半年ぶりに大声を出した。
ちなみに前は、母親から再婚すると聞かされた時だった。
男は、私を上から下まで眺めてから、口を開いた。
「失礼しました。急いでいたので、あなたにかけてしまったことに気付きませんでした。順番を守らなかったことも謝ります。クリーニング代をお支払いします」
男は、連絡先を、と言いながら胸元を探ったが、名刺が見つからなかったようで、携帯電話を取り出した。
「あいにく、名刺もペンも持ち合わせていないようです。アドレスと電話番号を教えていただけますか」
「謝っていただければ結構です。クリーニング代は必要ありません」
そう言って、立ち去ろうとしたら、腕をつかまれた。
「そういうわけにはいきません」
男はクリーニング代を払うと言い張った。
追い掛けてきて怒鳴るような女を放っておけば、後で恨まれると思っているのだろうか。
さっきのカフェにはほぼ毎日行くし、鉢合わせした時のためにもお互い後腐れしない方がいいかもしれない。
結局、私が折れて、会社で支給されている携帯電話のメアドと番号を教えた。
男は爽やかに去っていき、私は汚れた上着を脱いで会社に向かった。
月曜日は、伊原さんと同じく独身男子の渡部さんが外出する日なので、女の子達がわりと早く帰る。
人気のないフロアで一人残業に集中していたら、突然声をかけられた。
「藤野さん、携帯が鳴ってますよ」
顔を上げると、伊原さんが立っていた。
忙しかったのか、髪の毛がくしゃくしゃになっていて、心なしかくたびれて見えた。
外回りの日は直帰してもいいはずなのに、どうしたんだろう。
頭をよぎったコーヒーをいれてあげるという考えを私は慌てて消去した。
「遅くまでお疲れ様です」
にこりともせず言った私は、私用の携帯電話を片手に廊下に出た。
電話は母親からだった大事な話があると言われ、次の日に会うことになった。
戻ると、伊原さんの姿はなかったけれど、デスクの上には、スティックタイプのチーズケーキが置いてあった。
私は、嬉しいような、後ろめたいような気持ちでチーズケーキを頬張った。
よく冷えていて、美味しかった。
わざわざ買ってきてくれたのだろうか。
最悪で始まった月曜日は、最高で終わった。