Prologue―Lunch on Monday―
あくまでも、主人公の価値観を基準にしたドラマチック加減です。
「未知ちゃん。こっちこっち」
私を見ると、秋田さんは大きく手を振った。
茶色い髪をゆるく巻き、流行の服に身を包んだ華やかな姿は、以前と少しも変わっていなかった。
「遅くなってすみません。アポなしのお客様がいらっしゃってしまって」
「大丈夫よ。私も来たばかりだから。とりあえず、注文しましょう。今の会社で、ここのランチ美味しいって評判なの」
秋田さんは、感じの良い笑みを浮かべると、メニューに視線を落とした。
「サーモンとアボカドのサンドにしようかな。でも、エビとごぼうも捨てがたいわね」
ランチひとつでも真剣に悩むところも変わっていないので、思わず笑ってしまった。
「私がエビの方を頼みますから、ふたりで半分にしましょうよ」
「いいわね。そうしましょう」
秋田さんは、満足げに頷くと、大きな声で店員を呼んだ。
注文を済ませると、秋田さんは私に向き直った。
「未知ちゃんが連絡くれてすごく嬉しかったわ。もう会ってくれないだろうなと思っていたの。私、未知ちゃんにひどいことしてしまったから」
いきなり謝られた私は、驚いてしまった。
こちらこそ、気を遣わせてしまい、申し訳ないくらいだ。
「ひどいことなんて」
「でも、私がプロジェクトを投げ出したせいで、未知ちゃんはすごく苦労したはずよ」
秋田さんの茶色い瞳に罪悪感のようなものが浮かんだ時、私は、自分の正直な気持ちを伝える決心をした。
「正直に言うと、つい先週まで私はまともに仕事に取り組んでいなかったんです。二年前、秋田さんが会社を辞めた時から私ずっと拗ねていました。子供みたいに。でも、それはプロジェクトの途中で抜けたからだとかそういうことではなくて、ただ秋田さんがいなくて淋しかったからです」
一気に言い終えると、秋田さんは、きょとんとした顔をした後、ぷっと吹き出した。
「未知ちゃん、変わっていないね」
「金曜日までは別人みたいだったらしいですよ。でも、先週は、本当に色々な事があって、逃げてばかりいる自分が嫌になりました。だから、これから頑張ってみようかと思って」
「手始めに私と話そうと思ったわけね」
秋田さんはそう言いながら、運ばれてきたサンドイッチをナイフで二等分にした。
私も秋田さんに倣って、自分のサンドイッチを二等分にした。
「正直な気持ちを話してくれてありがとう。私ってば、未知ちゃんにすごく好かれていたんだね。なんだか感動しちゃった」
秋田さんは、切り分けたサンドイッチの大きい方を私の皿に乗せた。
私のサンドイッチはどちらも同じくらいの大きさに切ったけれど、少しだけ大きく見える方を選んで、秋田さんの皿に乗せた。
「秋田さん。今の仕事は楽しいですか」
「すごく楽しいよ。でも、未知ちゃんがいたら、もっと楽しいかもしれない。未知ちゃんの方はどう?」
「私は随分ひどい仕事のやり方をしてきてしまったから、まだ分からないけれど、楽しめるようになるまで頑張ります」
私達は微笑みを交わした後、ひたすら食事に集中した。
サンドイッチを片づけた後、アイスティーを飲んでいると、秋田さんが何か思いついたようにニヤリと笑った。
「さっき先週色々あったと言っていたけど、どんなことがあったの?」
私は、先週起きた突拍子もない出来事のいくつかについて話し始めた。
実のところ、誰かに話したくてたまらなかったのだ。