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月見草  作者: 北川瑞山
優子の場合
6/13

名無しの友人

「お待たせ。じゃあ行こうか」

2~3分後、稽古場の玄関にチームメイトが現れた。外を見ると真っ暗である。通り過ぎる車のヘッドライトが暗闇を照らすたびに、大粒の雨が降り注いでいるのが見える。二人は玄関から外に出た。優子は持ってきた折りたたみ傘を開きながら言った。

「すごい雨だ。傘差してても濡れそう」

「ほんと、嫌になっちゃう」

二人は傘を差し、肩を並べて歩き出した。

(まずい)

優子は困ったことに気がついた。

(この子何ていう名前だっけ?)

優子はしばらく考えていたが、どうも思い出せない。優子はレッスンの最中、黙々とダンスの練習に取り組んでいるため、他のチームメイトとはあまり話さないし、他の人の話し声も聞こえてこない。実を言うと優子が名前を知らないチームメイトは他にも数人いるのだが、今までそれで困ったことはなかった。しかし今回はそうもいかない。何とか上手く誤魔化すしかない。優子はいつになく多弁になった。

「あのさ、今日のレッスン難しくなかった?私全然覚えらんなくって、居残りしてたんだけど、まだ自信ないわ」

「だよね。途中でほんとに訳わかんなくなっちゃう。でも優子ちゃんは偉いよ。あんなに出来てるのに居残りで自主練までして」

「出来てないって。顔だけは出来てる風な顔してすましてるけど」

「ふふ。でも優子ちゃんがやるとキレが全然違うよ。運動神経良さそうだもん」

「その分物覚えが悪いから苦労してんだけどね」

二人が談笑しているうちに、もうチームメイトの家に着いた。

(こんなに近いのか)

優子は率直に言って羨ましかった。自分もこれだけの近所に家があったら、どれだけ時間を有効に使えるだろうか。家は普通の一軒家だったが、優子の家と違い洋風な造りであった。

「どうぞ、上がって」

「お邪魔します」

優子はお辞儀をしつつ、中に入った。

「家族いるけど、気にしないで」

「うん」

玄関の扉が重々しく閉まると、よその家の臭いがした。チームメイトが明かりを付けると、玄関のシャンデリアが煌々と輝いた。居間のドアを開けると、チームメイトの母親らしき人物がいる。

「お母さん、ただいま。今日は友達と一緒なんだ。今晩泊まる予定だから、よろしくね」

チームメイトの横から顔を出して、優子は挨拶をした。

「すみません、今晩お世話になります。よろしくお願いします」

優子は頭を下げた。

「あら、いらっしゃい。何もお構いできないけど、ゆっくりしていって頂戴ね」

母親は笑顔をたたえ、上品な口調でそう言った。

「じゃあ、私の部屋に行こうか」

チームメイトはそう言うと、居間の扉を閉めて、階段を上り始めた。優子もそれに続く。家の中は香水の様ないい香りがする。

(立派な家だな)

優子はきょろきょろと辺りを見回しながら階段を上った。間接照明の柔らかな光が、何とも妖しげな雰囲気である。

それにしても、優子はまだチームメイトの名前が思い出せない。家の前に着いたとき、表札を確認すれば良かったと、優子は後悔したが、後の祭りである。

 ドアを開けると、そこがチームメイトの部屋だった。入ると、そこだけ空気が変わったように少女趣味一色の部屋であった。まず基調がピンクである。カーテンやらベッドやら布という布にフリルが付いていて、何やらぬいぐるみが多数おいてある。優子にしてみれば、むせ返るほどのガーリーさである。殺風景な優子の部屋とは正反対の趣味だ。唯一少女漫画が棚に並んでいるところが共通点か。

「可愛い部屋だね…」

優子は異国に来たような心地がする。

「そうでしょ。私がコーディネートしてるの。ちょっと個性が強く出過ぎちゃってるかも知れないけど」

「いや、個性が強いのは良い事だよ。私の部屋なんて没個性だからさ」

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」

そうこうしているうちに、一匹の猫が部屋に入ってきた。しゃなりしゃなりと歩く上品な猫である。それが部屋の雰囲気にぴったりとマッチしていて、何ともお洒落だ。優子は小動物が大好きである。優子も家でウサギを飼っている。早速、優子の足下に猫が絡み付く。

「お、猫がいるんだね。可愛い。なんて名前?」

「ミミちゃん。あんまりよその人には懐かないんだけどね。優子ちゃん気に入られてるみたいよ」

「えーほんとに」

優子が人差し指で猫の頭をなでていると、今度は四、五匹の猫がわらわらといっぺんに入ってきた。優子はあっという間に猫の群れに囲まれた。

「優子ちゃんって動物に好かれるのね」

チームメイトは感心した様子で言った。

優子はその場に座り込むと、猫の一匹を頭の上に乗せ、両脇にも猫を抱え込んだ。

「あはは、大猟大猟」

二人の緊張がこうして解かれていった。どこからが「友人」と言えるのか、その境界はわからないが、二人は友人になったと言っていいだろう。もっとも、優子はまだ名前を知らないが。


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