父親の存在
「優子、いい加減起きなさい」
父の声がする。
「・・・ん?」
優子は寝起きが悪い。いくつになってもこればかりはどうしようもないらしい。
「疲れてるのは分かるけど、頑張って。今日は金曜だから、今日を乗り切れば学校も休みだ。さあ、頑張って起きな」
「んー、はいはい」
優子はあくびをしながら伸びをして、ゆっくりと身支度を整えだす。体は動いているものの、頭はまだ働かない。何も考えずに惰性だけで身支度を整えると、すぐさま父のいる階下に下りていく。
「おはよう」
「おはよう、優子、朝ご飯できてるから、食べていきなさい」
優子の父は、優子にとってこの上ないサポーターであり、理解者である。優子が中学生の時に離婚して以来、父親は男手一つで優子を育ててきた。片親で育つ事になった優子を不憫に思ったのか、それを補って余りあるくらいの愛情を父は注いできた。優子がやりたいと言う事は何でもさせてきたし、優子の夢も理解し、賛同し、惜しみない支援をしている。優子はきっとすごい女優になるぞ。そう信じて疑う事がない。優子はそんな父親が好きである。年頃の娘は父親には懐かないものであるが、優子の場合逆である。普段は孤独な心を明るく振る舞う事でひた隠し、仮面を被ったような日常生活を送っている優子であるが、父親にだけは素の自分を見せられる。絶対の信頼を寄せているのである。少し話が横道にそれるが、優子の男性観というのは、相当に偏っている。筋肉だったり、髭だったり、あるいは運動部のかけ声だったり、あくまで男性的な部分にのみ魅力を感じるのである。中性的な男性にはあまり魅力を感じないらしい。そればかりか女性である自分自身も、あまり女性的になりたいとは思わない。とにかく自分を飾ったり、可愛らしく振る舞ったりするよりも、自然体でいることが性に合っているようだ。アイドルという立場でありながら、後に女性からも絶大な支持を受ける優子の魅力はこういうところから派生していると考えられるだろうが、それはもしかすると父親に育てられた影響であったのかもしれない。
優子は朝食をとりながら、父親と話す。
「優子、学校はどうだ?順調か?」
「まあどうってこともないよ。程々にやってるよ」
「この間の試験の結果見たぞ。あれで卒業できるのか?」
「あれね、向いてないんだよね、ああいうの」
「そんなこと言って、留年なんてことになったら大変だぞ。仕事の方にも影響するだろうし…」
「そうなったら中退するよ。今だって何で高校に行かなきゃいけないのかよくわからないし」
「あのなぁ、今時高卒の資格ぐらい取ってないと、後々つぶしがきかないぞ。このご時世、備えがあるに越したことはないんだから」
「そんな保険かけてるみたいな生き方したくないの。私は将来を決めてるんだから、もうそれしか考えられないの。」
優子の進路は、今や芸能一本に絞られている。優子の表情に迷いは欠片も見当たらない。
「そりゃあ、お父さんだってそうなれば一番いいと思うよ。けどな…」
「ごちそうさま。じゃ、行ってくる」
優子は鞄をひっつかむなり、足早に出て行ってしまった。父親の作ってくれた弁当も忘れずに鞄に入れていったようだ。優子の父親は、そっと優子の後ろ姿を見送った。優子の一本筋の通った生き方が、父は実のところ大好きである。親として不安ではあるものの、同時に、さすが我が子だ、思うのである。