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月見草  作者: 北川瑞山
優子の場合
2/13

優子の夢

 「優子、そろそろ起きなさい」

父親の声がする。優子の実家は寿司屋である。父親はネタを仕入れたり、仕込みをしたりで、朝早くから忙しい。優子はそんな父親とは打って変わって朝が苦手である。

(もうこんな時間か)

まだ昨日の疲れが残っている。が、学校を休むわけにはいかない。眠い目をこすりながら、優子はゆっくりと起き上がった。

(今日も学校終わったら、レッスンに行って…)

身支度をしながら今日一日のスケジュールを思い浮かべる。

 優子は今、高校二年生、十七歳である。この歳の女子高校生にしては、かなり多忙な毎日を送っている。近所の壬生高校に通いながら、東京で芸能活動もしているのである。一日の流れとしては、朝早く学校に行き、学校が終わればその足で東京へ一時間以上かけて出向く、そしてその日のレッスンや公演をこなし、それが終わると、また壬生の自宅に帰るというスケジュールである。自宅に着く頃には、すっかり夜も更け、電車を降りて駅を出ると、もう殆ど人影もないほどに町は暗く静まり返っている。もしかすると普通に働くサラリーマンよりも忙しいかもしれない。自分の足音だけが響くような寂しい町の路上、街灯の明かりの下で、優子は今日一日を振り返る気力もないほどに疲労困憊である。これがほぼ毎日である。

 これだけのハードスケジュールこなす気力・体力が、この小さな体のどこに宿っているのであろうか。恐らく、それは彼女の価値観、あるいは行動原則というべきものに起因しているのだろう。優子には、長年抱き続けた夢がある。世界に通用する女優になるという夢である。そしてその夢のためならどんな労苦も厭わない。これが彼女の行動原理であり、心のよりどころであった。だからこそ、どんなに過密なスケジュールでも、体力が底をつきそうでも、優子は前だけを見据えて歩き続ける事ができた。もっとも、こういった精神面での強さを、優子は一朝一夕で手に入れた訳ではない。夢を追い続ける人の強さ。それは優子がまだ幼い頃から、現在に至るまで徐々に積み上げられてきたものである。

 優子の俳優としてのキャリアは、彼女が七歳の頃から既に始まっている。子役として役者人生をスタートさせたのである。優子の夢の萌芽は、この頃に起こったと考えるべきだろう。しかし、その後様々な形でメディアに出演するも、これと言って大きな役柄を与えられず、優子自身「女優としての芽が出なかった」との諦念を抱くようになる。

 諦めかけた夢。一旦はそれを振り切るようにして、優子は日常生活に埋没していった。だが何故だろう。諦めようとすればするほど、日増しに夢への想いが強くなっていくではないか。優子は、まだ夢を諦めきれない自分が、心のどこかで息づいている事に気がついた。しかしそうは言っても、これからどうすれば良い?日常に生きる優子にはなす術も無く、しばらくの間優子には夢と現実の狭間で彷徨っているような日々が続いた。優子という人は元々、夢に向かって邁進しているときに最も輝く人物である。そういう優子にとって、目標の定まらない毎日はさぞ辛かったに違いない。

 2000年、優子は十二歳の頃より、ジュニアアイドルとしての活動を行っている。目指していた女優の道から少し外れるが、ひょっとすると何らかの足がかりになるかもしれない。何より夢に近づくための努力を続けていきたい。一歩でも前に進んでいたい、という想いによるものである。結局、優子は約六年間ジュニアアイドルとして活動を続ける。これはさして表立った活動ではなかったが、この時期に培った実力が後の栄達に繋がっている事を考えれば、優子という人はつくづく努力の人である。

 ところが、高校二年生になった頃、優子は再び自身の進路に悩む事になる。この時期における進路の悩みとは、それまでのキャリアを問わずして起こりうるものらしい。優子のジュニアアイドルとしての活動は順調であったが、その先が見えない。永久にアイドルとしてやっていけるはずもない事は優子自身分かっていたし、それどころか現時点でも満足に仕事のオファーは来ていないのである。正に五里霧中と言って良い状況下で、努力をしようにもその方向性すら掴めない。優子の懊悩はこうした状況を鑑みれば当然と言える。そんな事もあり、一度優子は手話通訳士かあるいは介護福祉士になろうと、福祉の専門学校に進学する事を決意する。

 が、そんな時に、現在優子が所属するアイドルグループのオーディションの話を耳に入れるのである。未だ夢への未練を断ち切れずにいた優子は、そのオーディションを最後にその未練を断ち切ろうとする。つまりこのオーディションに落選したら、二度と夢を振り返る事はせずに新たな道を進む事を心に誓うのである。ところが、乾坤一擲で臨んだオーディションに、優子は見事合格する。恐らく凄まじい倍率の競争であったに違いないが、運命は優子に微笑んだのである。

 そして2006年4月、優子は当該アイドルグループに加入する事になり、現在に至るという訳である。


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