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SAI  作者: T.K
絡まれ娘の騒ぎ唄
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第六章 夕暮れの決闘

「待てよ、おい、待てっば!」

 夕暮れ。人気のない路地裏で、二人の少年が言い争っていた。

 ひとりは、まるで少女のような可愛らしい顔立ちをした少年。もうひとりは、身に纏っている学ランの襟まで掛かるほどの長髪に、眼鏡を掛けた少年。いずれも十代半ばほどだが、二人の間には、高校生同士の喧嘩とは思えないような、不穏な空気が漂っていた。

「もう何度も言ったはずだよ、陣ちゃん」

 可愛らしい顔立ちの少年が、冷たく告げる。『陣ちゃん』という言葉には、親しみなどは全くなかった。

「僕はもう、君に守られるほど弱くない。それに君は、もう僕と関わらない方が良いんだ」

「だから、何でだって聞いてるんだ!」

 眼鏡の少年が叫ぶ。

「俺だって何度も言ってるぞ。何で居なくなったりした。どうして俺たちを避けるんだ。…………俺が当てにならないって言うんなら、竜飛崎さんをどうして頼らない。どうして一人で全部やろうとする!?」

 少女のような少年は、何も言わなかった。変わりに、暗めの茶色だった瞳が、徐々に紅く染まっていく。

 それを見て、眼鏡の少年が息を飲んだ。それから、呻くように呟く。

「そうかよ――――結局力ずくかよ」

 眼鏡の少年の右腕にも、赤い光が灯った。指の先から肩の方へ、赤い光が昇っていく。腕の付け根まで達すると、赤い光が弾けた。少年の白い腕があるはずの場所には、獰猛な蛇の頭があった。

 返事はない。話し合いができる雰囲気でもなかった。

 睨み合う。緊張が高まり、少年たちは同時に動きだそうと――――

「夕暮れの路地裏で少年同士の喧嘩かあ。いやあ、青春だね」

 場違いに呑気な声が、眼鏡の少年の後ろから響いた。赤い目の少年の表情は変わらない。眼鏡の少年が、振り向きもせずに不機嫌に言う。

「またお前かよ…………邪魔するなよ、ピエロ」

「夕暮れの決闘。君にしてはなかなかロマンがあるじゃないか。感心感心」

 白い燕尾服にシルクハット。白塗りの顔の右目には、大きな赤い星が、左頬には青い涙が描かれている。眼鏡の少年が呼んだように、まさしく道化師のような格好をしていた。右手に持った淡い桃色の扇子を軽く開いて、ぱたぱたと振っている。

「でも、観客は僕だけじゃないようだよ」

 道化師が、何かを示すように扇子を真っ直ぐ突き出した。赤い目の少年が、半歩身を引いてそちらを見る。眼鏡の少年も、一瞬後に気付いた。

 赤い目の少年の後ろに、呆然とした表情の男子高校生がいた。

 薄い緑色のブレザーに、オレンジに臙脂色のラインにチェックが入ったネクタイ、灰色のズボン。派手な制服と高い偏差値で有名な、雛見学園高校の制服である。

 男子高校生の目は、眼鏡の少年の右肩から生えている蛇の頭に釘付けになっていた。それから道化師、赤い目の少年へと視線を移す。

「目を合わせるな!」

 眼鏡の少年の警告と同時に、赤い目の少年が動いた。呆然としたままの男子高校生へ向かって手を伸ばす。

 道化師の右手が赤い光を帯びた。扇子を開き、大きく右から左へと振るう。本来ならそよ風程度しか起こせない道具から、まるで台風のような強風が産み出された。

 後退りをしようとしていた男子高校生は、暴力的な強風に押し倒されて仰向けに転倒した。赤い目の少年の手は空を切る。

 赤い目の少年が、道化師と眼鏡の少年に視線だけを投げる。眼鏡の少年はそれをまっすぐに受け止め、道化師は苦笑と共にシルクハットを引き下げて視線から逃れた。男子高校生は転倒した時に頭でも打ったのか、起き上がる気配はない。地面に倒れたままの男子高校生に一瞬だけ視線を落とした後、赤い目の少年は眼鏡の少年と道化師に背を向けて走り去ろうとした。

「…………っ、待て!」

 眼鏡の少年が赤い目の少年に向かって、右腕を突き出した。蛇の頭が遠ざかる少年の背中に向かって伸びていく。そのまま赤い目の少年の肩に噛みつくように見えた蛇の頭は、何を思ったのか急に進路を変更して、コンクリートの壁に激突した。壁に叩きつけられた蛇の頭が悲鳴を上げる。赤い目の少年の背中は、既に見えなくなっていた。

「あーあ。逃がしちゃったね」

 右腕を押さえてうずくまった眼鏡の少年に、道化師が声をかけた。眼鏡の少年は答えない。地面をのたうつ蛇の身体が、淡い赤い光に包まれた。徐々に光が薄れ、蛇の身体も消えていく。眼鏡の少年の腕が蛇に変化した時と同じように、赤い光は少年の肩にまで昇り、やがて弾けた。光が消えた後には、元の白い腕に戻っている。

「彼と目を合わせたら、彼の世界に引き込まれる。ルールも審判も全部彼。だからあの子と戦うつもりなら、まず絶対に目を合わせちゃいけない。それは君が、一番よくわかってたと思うんだけど? 陣野友喜君」

「…………うるせえよ」

 道化師が歌うような口調で言う。陣野は喉の奥で唸り声を上げて道化師を睨みつけた。殺気に満ちた視線を受けても、道化師は動じない。無意味に扇子を閉じたり開いたりしながら、口元にうっすらと笑みを浮かべている。

「まあ、正々堂々と戦いたいという気持ちはわからなくもない。あの子の世界の中であの子に勝てなければ、君にとっては意味なんてないんだものね?」

「うるせえって言ってんだろ!」

 からかうように言う道化師に向かって、陣野は左の拳を突き刺そうとした。道化師は大きく後ろに跳んで、それを避ける。

「あー、怖い怖い。蛇野郎君をこれ以上怒らせるとちょっと面倒だ。僕はここでさよならさせてもらおう」

「てめえ…………」

「あ、そうそう。そこの気絶してる高校生君をどうするかは君に任せるよ。まあ、君たちのギルドのリーダー、あの電気野郎にどうにかしてもらうのが一番だろう。と、アドバイスはしたよ。じゃあね」

 ひらひらと閉じた扇子を振って、道化師は去って行った。

「おいこら! 卑怯だ! それは!」

 抗議したところで、道化師が戻ってくるわけがなかった。後には、陣野と気絶したままの男子高校生が残された。

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