第五章 「今回は、ちょっと手強いぞ」
通常、ギルドというのは十人前後で構成されているらしい。賞金を山分けするなら、少ない人数の方が良いからだ。それを考えると、二十人以上いる星月夜は変わっていると言える。
(そんなに他のギルドのことなんて知らないから、よくわからないけど)
その名の通り女性のみで構成されている「アマゾネス」、所属しているのが全員能力者との噂の「エデン」、犯罪者を捕らえるのではなく、各ギルドに情報を売ることを主としている「情報屋」、それから灯が所属している「星月夜」。灯が知っているのは、これくらいである。
「今回は、ちょっと手強いぞ」
永江クリニックの地下は、星月夜全員が入れるほどの広間になっている。パイプ椅子が適当に置かれており、灯はそのうちのひとつに座っていた。一番奥のスクリーンには今回の獲物が映されており、その脇にはカズが立っている。カズの横には小さな机があり、その上にはノートパソコンが置かれていた。操作をしているのは、白衣を着た二十代半ばと思われる女性だった。永江友香。この診療所の医師である。
いつも穏やかな笑みを浮かべているような印象を受けていたが、今は眼鏡の奥の瞳はノートパソコンの画面を睨み付けていた。何となく見ているうちに、こちらの視線に気付いたのか、友香が灯の方を見る。目があった。にっこりと笑って、友香がスクリーンの方を指差す。「ちゃんと見ないと怒られちゃうわよ」と言われたような気がした。軽く頭を下げて、スクリーンの方へ視線を戻す。
スクリーンには、二人の男性が映されていた。一人は大柄で顔や腕などに大きな傷跡が残っている男。もう一人は、色白で何となくひ弱そうな印象を受ける青年だった。
「最近出るようになった通り魔だ。被害者は中学生から高校生。学生を中心に狙って来ていると予想される」
(二人組?)
人がたくさん集まり過ぎた結果、青済市の治安はお世辞にも良いとは言えなくなった。朝のホームルームでは毎日のように通り魔についての警告がされるほどである。それでも、二人組の通り魔というのは珍しかった。
「それと、もうひとつ気になることがあるわ」
ノートパソコンから顔を上げて、友香がカズの捕捉をする。
「情報屋によると、被害者の共通点はdoorsを使用してたみたいね。この二人、ただの通り魔じゃなくて何か目的があるのかも知れないわ」
「おまけに、能力者らしいとの話もある」
カズの言葉に、灯は顔をしかめた。能力者が相手というのは今までも何度か経験している。普通の人間を相手にするのとは訳が違う。それは身を持って知っていた。
「今回は、二人組で行動しようと思う。草馬と亮平、千春と利恵、涼と透、それから灯と俺だ。残りは友香と一緒に援護を頼む」
現役の学生と、能力者相手でも引けを取らない者が選ばれた。その中には灯もいる。
実働隊に選ばれた者も、援護するように言われた者にも不満を言う人間はいなかった。星月夜のリーダーはカズである。リーダーが決めたことには――――実際には、友香など成人しているメンバーに相談しているのだろうが――――基本的には口を挟まない。星月夜の中の暗黙の了解だった。
「とにかく、今回はちょっと厄介だ。全員、無理はするなよ。深追いは禁物だ」
「みんな、如月君がくれたバッチは持ってるわね? それでみんなの位置は常に把握してるわ」
「もし危なくなったら、すぐに連絡してくれ。助けに行く。――――以上だ」
カズの言葉と同時に、全員が一斉に立ち上がる。実働隊はカズの周りへ、援護隊は友香のところへと集まった。
「まあ、その、何て言うか…………よろしくな」
「よろしくお願いします」
カズに向かって頭を下げる。他でも、ペアになった者同士で挨拶をしていた。
「今回、手強いみたいですから、強化お願いしても良いですか?」
カズにそう頼んでみると、顔をしかめられた。いつものことである。
カズの能力は肉体強化――――正確には違うらしいが、具体的に何と言えば良いのかわからないので、こう呼ばれている―――である。人間は限界を感じても、生命維持のためにある程度は余力を残している。その残った力を使うことができるようになる能力だ。
生命維持のための力を使うため、本人が元々持っている以上の力は出せないし、調子に乗って乱用すれば死ぬこともあり得る。使用者のカズが加減を調整できるので、灯が調子に乗ったところで、数日間筋肉痛に呻く程度で済むが。
それでもカズは、他人に能力を使うことをあまり良しとしていなかった。
「あ、僕もお願いします」
カズが何かを言う前に、何故か紺色のブレザーを抱えた草馬がそう言ってきた。制服の持ち主は、草馬の後ろで不貞腐れたような表情を浮かべている。だというのに、彼の方が草馬よりも年上に見えた。
「あれ、それ亮平の?」
「非常に不本意ですが、亮平君より僕の方が高校生っぽいって意見を頂きまして。仕方ないから制服を借りることになったんです。サイズは問題ないし」
「ああ」
「どうせ俺は老け顔です」
拗ねたように亮平が言う。カズや草馬と並ぶほどの長身で、外見だけならば二十代後半で通じるが、彼は灯よりも年下の高校一年生である。
「まあまあ。ガキに見られるよりはマシだよ。この前なんて『何あの小動物!』だったしね」
少しは慰めになるかと思って自虐的に言ってみたが、無意味だったらしい。地を這うようなうめき声が聞こえてくる。
「…………スーパーでワインの試飲を押し付けられた時の俺の気持ちがわかりますか?」
「…………。あー、それは嫌かも」
「周りに大人なんていないんですよ? お酒は二十歳からなんですよ? パートのおばちゃんに俺まだ未成年ですー、とか言っても何故かにこにこ笑ってるだけなんですよ!?」
いつも実際の年齢より年下に見られてばかりなので、考えてみたこともなかったが、年上に見られるのもそれなりに大変なのかも知れない。
落ち込んでいる亮平の肩を、宥めるようにぽんぽんと叩く。そんなやり取りをしているうちに、カズに能力を使って欲しいと言う希望者が増えていた。カズが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「カズさん、お願いします」
「こっちは女の子二人なのよ。万が一があったら困るでしょ? だから、お願い」
「ほらほら、みんなそう言ってるんだし、やっちゃいなってー」
口々に勝手なことを言われて、カズは盛大にため息をついた。
「筋肉痛になったりしても、俺を恨むなよ」
低い声でそう前置きしてから、一番近くにいた灯の肩に右手を置く。その手が薄く赤い光に覆われた。
「――――さあ、覚悟は良いな?」