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SAI  作者: T.K
絡まれ娘の騒ぎ唄
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第四章 「君、強いんだね」

 できる限り人通りの多いところを選んで、少年を引きずるようにしながら走る。結局、交番に逃げ込むことしか思いつけなかった。普段何気なく通りすぎているのに、いざ頼りたいと思った時は、どこにあるのか思い出すのも難しい。

 曖昧な記憶を頼りにでたらめに走っているうちに、限界の方が先に来た。道端に座り込み、肩で大きく息をする。辺りは暗くなりつつあったが、道の両脇にあるコンビニやファーストフード店の照明のおかげで、視界に困ることはなかった。仕事帰りと思われるサラリーマンが、顔をしかめて通りすぎて行った。

 念のために後ろを確認する。不良たちの姿はなかった。どうやら上手く撒けたらしい。大きく息をつく。

「…………あの」

「あっ、わっ、すみません」

 不意に声を掛けられた。まだ少年の腕を掴んだままだったのを思い出して、慌てて手を離す。当の少年は、灯と同じ距離を走っていたというのに、息一つ乱していなかった。

(男女差ってやつ? …………冗談じゃない)

 日頃の運動不足が祟っただけだ。これくらいの距離なら、男子にも後れは取らない。無理やりそう決めつける。

「あの…………大丈夫?」

 少年が小首をかしげてそう聞いてきた。目は暗めの茶色である。――――赤く光ってはいない。

「えっと、あの…………大丈夫、です」

 少年の腕をつかんでいた手の方が、震えていた。もう片方の手をで腕をつかむ。なかなか治まりそうになかった。

 それまで無表情だった少年が、ふわりと笑った。

「そう。ありがとう。どうすれば良いかわからなかったから、助かったよ」

「あ、いや、別に…………私もああゆうのによく絡まれるから」

 最初は見て見ぬ振りをしようとしていた、などとは口が裂けても言えなかった。

 少年はにこにこと笑ったまま続ける。

「君、強いんだね」

「え?」

「凄く格好良かったから」

 格好つけたわりには、あっと言う間にばててしまい、安心した途端に震えが止まらなくなる。情けないことこのうえなかった。

 腕を握る手に、力を込める。

「…………私は、強くないですよ」

「そうなの?」

「だから、もっと強くならないと」

「もう十分だと思うけどな」

 少年がこちらに向かって手を差し伸べてくる。ありがたくその手を借りて立ち上がった。

「でも、あんまり無茶はしないようにね。女の子なんだし」

「え? あ、はあ」

「今日はありがとう。助かったよ」

 少年が片手を振って、去って行く。それを見送ってから、灯は思い出した。

(名前とか聞くの、忘れたな)

 また会う機会などそうないだろうし、大した問題でもなかった。



 他のギルドはどうなっているのか知らないが、星月夜の場合、拠点となる場所がいくつかある。この小さな診療所―――永江クリニックも、そのうちのひとつである。

「やあ、灯ちゃん。こんばんは」

「こんばんは」

 入り口から入ってすぐの受付から、男性看護師が挨拶をしてくる。会釈をしながら奥へ向かおうとすると、声を掛けられた。

「カズさんから聞いたよ。今朝、大変だったんだって?」

「ああ……まあ、いつものことです」

「怪我とかしてない? 大丈夫?」

 縁なしの眼鏡の向こうの瞳が、心配そうに揺れていた。

 大きな草食動物を思わせる雰囲気の青年である。カズ程ではないにしろ、長身の部類だが、生まれついての童顔のせいで高校生に間違えられることもあるらしい。実際の年齢は、今年で二十歳になると聞いている。

「怪我とかは全然。この通り元気ですし」

「そっか。良かった。あ、これプレゼント」

 ひらひらと振って見せた手の上に、小さなバッチのようなものが載せられる。銀色で、流れ星のようなデザインのものである。

「何ですか、これ」

「僕の発明品」

「発明品?」

 首をかしげて尋ねると、彼は得意気に胸を張った。

「こんなに小さいけど、いわゆる発信器的なのがついています。太陽光で充電できるから、電池切れの心配もなし!」

「…………はあ」

 穏やかで大人しそう。事実その通りの彼――――如月草馬は、こうした「発明品」を作るのも得意だった。意外なことに殴る蹴るの喧嘩も得意らしく、先日は灯と同じくアマゾネスの足止め役になっていた。結局多勢に無勢で、二人とも気絶させられることになったが。

 制服にそのまま付けるわけにはいかないので――――うっかり外し忘れて教師に見つかりでもしたら、また呼び出しである――――スラックスのポケットに押し込んだ。

「ほら、僕たち結構ばらばらに動くことが多いじゃない。だから、場所を把握しておきたいって、永江先生が言ってたんだよね。ギルドのシンボルみたいなのが欲しいって話も前に出てたし」

「あー、そうだったんですか」

「それがあれば、ここのパソコンで大体の位置がわかるようになってるから。なくさないようにね」

「はい」

 笑顔の草馬に見送られ、奥へと向かう。診察室の脇に、下り階段があった。ここを降りれば、いつも作戦会議を行う広間がある。


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