第三章 「よっ、今朝ぶり~」
「うはー、やーっと終わったー」
「今回は長かったね…………」
「ねー。全く、しつこいっての。いつまでも同じことを何度も何度も何度も何度も繰り返して」
放課後。二人揃って仲良く生徒指導室へ向かうと、しかめ面の担任、無言で圧力をかけてくる生徒指導担当、無表情の学年主任が待っていた。担任の指示に従って着席した後は、三人の教師からお説教をされる。呼び出された生徒に出来ることは、ひたすら平身低頭して、教師の気がすむのを待つのみである。
しかし、校則破りで有名な友人は、大人しくはいはいと聞き流すことが出来ない性格だった。
「君、どうして髪なんて染めたの? 制服もそんなにしちゃって。校則で禁止されてることぐらい知ってただろ?」
「髪を染めたのはそうしたかったからです。制服も同じ」
「でも校則では」
「なんで髪染めたり、制服改造が禁止なんですか?」
「それは」
「不良になる前兆? 先生、私の成績ご存知ですよね? 不良の成績に見えます?」
「あのね、君、僕が言ってるのはそういうことじゃなくって」
「じゃあ何なんですか。私は不良なんかじゃありませんし、先生方が妄想してるようなこともしてません」
「だ、だからな、そういう格好をしていると、誤解されても仕方ないだろう。そういうことを避けるためにね」
「それって差別って言いません? だったら、差別する方が悪いと思いますけど」
「いい加減にしなさい。今はそういう話をしてるんじゃない!」
一方、灯は凛々子ほど反抗的ではない。非が自分にあるのは充分にわかっている。ひたすら猛省して嵐が過ぎるのを待つだけである。
「速水、君、遅刻するの何回め?」
「…………すみません」
「別に謝って欲しいわけじゃないんだけどね。こっちももういい加減にして欲しいんだよ。君も、こんなところに何度も呼び出されたりしたくないだろう?」
「ええ、まあ…………はい」
「朝起きるのが大変ってのはよくわかるんだけどさ。もうちょっと頑張れないのかな。早めに寝るとか、目覚ましを一杯かけるとか」
「努力します」
「それももう何度も聞いてる気がするなあ。今度こそ本当にやってくれよ。僕もこんな話何度もするの嫌だからさあ」
しかし、遅刻常習犯のために、いくら教師の前で猛省してみせても、あまり信用されないのであった。
ともあれ、教師たちの長々とした説教も終わり、灯たちは自由の身となったのである。
校門をくぐり、並んで歩く。教育熱心な教師たちのおかげで、既に空は赤く染まっていた。
「これからどうする? 暇ならどっか遊びに行かない?」
「あー、ちょっと待って」
鞄から携帯電話を取り出す。メールが来ていた。確認してみると、
『本日午後8時集合。遅刻厳禁。もし何だったら迎えに行ってやろうか?』
送り主はカズだった。凛々子の方を向いて、両手を合わせる。
「ごめん、今日は無理」
「またバイト?」
「えーと、あー、まあ、そんなとこ」
ギルドでの活動は、表ではアルバイトということにしている。犯罪者を捕まえられれば、その賞金を得ることができるので、間違ってはいないと思う。ただ、時給があるわけではないし、失敗すれば収入はゼロだが。
灯がそうやって誘いを断るのはいつものことなので、凛々子も慣れている。軽く肩をすくませて、
「あんたも頑張るねえ。まあ、身体壊さない程度にしときなよ」
まるで幼い子ども相手にするように、灯の頭をぐしゃぐしゃとかき回してきた。大人しくされるがままになりながら、苦笑する。
「ああ、うん。ありがとね」
人に心配されるのは、正直に言えば嬉しい。だが、少し複雑な気持ちにもなる。それが何故なのか、説明することはできないが。
『学校から直接そちらに向かいます。迎えに来て頂かなくても大丈夫です。ありがとうございました』
凛々子と別れてから、カズの携帯に返信した。
指定された時間まではまだ大分あった。一度家に帰っても良かったのだが、そうすると今度は不良のゴールデンタイムに突入する。今朝みたいなことは避けたかった。時間厳守ともあるし、多少早めに行ったところで怒られはしないだろう。
「なあにーちゃん、ちょっと金貸してくれよ」
「俺たち今貧乏でさあ」
「なあ良いだろ? 人助けだと思ってさ」
(…………あいつらは他の日本語を知らないんだろーか)
多分知らないんだろうな、見るからに頭悪そうだし。偏見とは承知でそう付け足す。
大通りから少し外れた小さな路地。金髪をハリネズミのように逆立てた不良、二メートル近い巨体の坊主頭、中途半端に長い茶髪で、へらへらと笑っている男。見覚えのある――――というか、今朝絡まれたばかりだ―――三人の不良が、同じ場所でまた誰かに絡んでいた。
哀れな被害者の姿は、坊主頭の背中に隠れて、灯の位置からでは見えない。三人の言葉から、どうやら今度は少年に絡んでいるらしいことはわかった。
知らない振りをして通り過ぎた方が良いのはわかっている。わざわざ厄介事に自分から首を突っ込む趣味はない。
だが――――
――――結局、見て見ぬ振りをしただけじゃないですか
(…………あー、もう!)
自分の言葉を思い出す。先輩相手に偉そうにそんなことを言っていた。気づかなければ良かったのだが、気づいてしまったのだから仕方がない。
辺りを見回す。青済女子高校の生徒のほとんどは既に下校している時間帯ではあるが、万が一ということもある。
(誰も見ていませんように!)
胸中で祈ってから、不良たちの方へ向かう。
どうやら今回の被害者も、それなりに頑張っているらしい。近づいてみると、不良たちの苛立ちが伝わってくる。
「てめえ、耳イカれてんのかよ! いい加減なんか言えってんだよ! ああ!?」
坊主頭の肩を、ぽんぽんと叩く。振り返った坊主頭がこちらを認識する前に、その脇腹に拳を突き刺した。痛みによろめいた坊主頭の足を蹴飛ばし、転倒させる。痛みに呻く坊主頭は無視して、灯は残りの不良たちに向きなおった。
「よっ、今朝ぶり〜」
にこやかに手を振ってみせる。こうなったらもう自棄である。
「てめえ、今朝の!」
「何のつもりだよ!」
「何のつもり? んー、正義の味方とか?」
安い挑発だったが、不良たちはあっさりと乗ってくれた。顔を真っ赤にさせて、殴りかかってくる――――というよりは、腕をでたらめに振り回して向かってくる。
半歩身を引いて最初の一撃を避けて、お返しに掌底をお見舞いする。顎にまともに食らった茶髪は、後ろにいたハリネズミを巻き込んで仰向けに倒れた。巻き込まれたハリネズミが、起き上がろうともがきながら罵声を上げる。
「今のうちに…………っ!」
それまで壁に貼り付くようにしていた被害者に向き直り――――灯は硬直した。
小柄な、可愛らしい顔立ちをした少年である。身長は灯より少し高い程度。もしかすると、中学生なのかも知れないと思った。どこにでもいる少年である――――その両目が、赤く光っていなければ。
(まさか)
反射的に思い出した話を、首を振って強引に打ち消した。今は、それよりも優先することがある。
「この野郎!」
茶髪の下からようやく這い出て来たハリネズミを肘打ちで沈めて、少年の腕をつかんだ。そのまま少年を引きずって、大通りへと飛び出す。
大通りにいる通行人など当てにできない。それは、今朝思い知らされていた。
(じゃあ、どこまで行けば)
わからないまま、とにかく走り続けるしかなかった。