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婚約破棄の翌日から、辺境で簿記を教えてきた三年後——「戻ってきてくれ」と言われても、もう王都の帳簿は動きません

作者: 歩人
掲載日:2026/05/05

辺境ルヴィエールの朝は、羊毛の匂いから始まる。


 三年前に初めてこの町に着いたとき、石畳は湿っていて、犬は痩せていて、門は半分しか開いていなかった。

 今朝は違う。街道口に積まれた麻布の束から、昨夜の夜露がほどけていく。パン屋の煙突からは、もう三度目の煙が上がっている。荷車を曳く男が片手を上げて挨拶し、軒先の女たちは前掛けを直しながら、お互いの通帳つうちょうを交わしている。

「先生、おはようございますの」

「おはようございます」

 わたくしは会釈を返した。指先に、まだ冬の残りがにじむ朝だった。

 町役場の二階。窓から差し込む薄い日が、机の上の税務報告書しんこくしょの上に折れている。四半期末。商家三十二軒分の合計欄を、わたくしはもう三度目に検算している。

 階下で、馬車の車輪の音が止まった。

 石畳の上で止まる、重くて高い響き。辺境では滅多に聞かない音だった。

 わたくしはペン先を置いた。

 窓枠に手を添え、下を見る。


 黒漆塗りの四頭立て。車体の側面に、金糸の双頭獅子——王都ラファイエット公爵家の紋章。

 三年前、わたくしを公の場で捨てた、あの家の紋章だった。


 足音が役場の階段を上がってくる。二段飛ばし。あせりの混じった足音。

 木の扉が叩かれる前に、わたくしは席に戻っていた。四半期末の帳簿に、もう一度目を落とす。手は震えなかった。

 扉が開く。

 三年ぶりの顔だった。金の髪、仕立てのいい紺の上着、磨かれた黒い革靴——ただし、靴の爪先にだけ、辺境の道の土がついている。

「……フェリシテ」

 バルドゥイン・ド・ラファイエットは、扉の前で息を整えた。役場の狭い廊下と、簡素な机の列と、わたくしの地味な麻のワンピースに、少し戸惑う顔をした。

「迎えに来た。戻ってきてくれ。……あの件は、誤解だった」

 わたくしはペン先を置いた。

 静かに立ち上がり、前掛けのインク汚れを布でぬぐう。

 それから、丁寧に礼をした。

「ようこそ、ルヴィエールへ」

 バルドゥインの表情に、安堵の色が浮かんだ。

 わたくしはその色を見ないふりをして、応接のほうに手を差し出した。

「まずは、この町をご案内いたしますわ」


---


 三年前の夜会のことを、わたくしはまだ覚えている。


 王都の大広間。天井の水晶すいしょうの光。弦楽器げんがっきの余韻。

 大勢の貴族の前で、婚約者のバルドゥインは、酒杯さかずきを持ち上げたまま、ふと口を開いた。

「——もう結構だ」

 周囲の会話が一段低くなった。わたくしはそのときワインの脚を持って、氷解する氷の音を聞いていた。

「陰気な帳簿女ちょうぼおんなは、もう結構だ。僕にはもっとふさわしい女がいる」

 笑い声が上がった。半分は同意、半分は遠慮の笑い。

 わたくしは顔色を変えなかった。ただ、氷がもう一度崩れる音を聞いた。

 そして杯をテーブルに置き、静かに一礼した。

「承知いたしました」

 それだけだった。


 帰りの馬車の中で、父が一度だけ、わたくしのほうを向いた。

 王家会計局顧問ヴィクトル・ド・モンテスキュー侯爵。わたくしに幼い頃から数字を教えた人。

「フェリシテ。おまえはどうしたい」

「……辺境に参ります」

 父は眉を一度だけ動かした。

「誰を連れていく」

「誰も」

「荷物は」

「これだけ、持っていきます」

 わたくしは膝の上に置いた革鞄かばんを指した。

 中身は——父が王家会計局のために私的にまとめた、分厚い『モンテスキュー式会計手引』が一冊。着替え。インク壺。羽根ペンの予備三本。紙束。

 それだけ。

 父は何も言わなかった。馬車の車窓の外、王都の夜のあかりが流れていく。

 しばらくして、父は一度だけうなずいた。

「——いってきなさい」


 翌朝、夜明け前の侯爵邸の裏口から、わたくしは出た。

 馬車は乗合いの交易便こうえきびん。供はなし。

 門番の老人が一礼したので、わたくしも一礼した。

「お嬢さま、どちらまで」

「ルヴィエールまで」

「——遠うございますね」

「ええ。それくらい遠いほうが、ちょうどよろしいのです」

 老人は、それ以上は何も言わなかった。代わりに、自分の上着の内側から、布で包んだ小さな包みを差し出した。

「奥さまから、お持たせするように、と」

 包みの中は、湯気の冷めかけたパンが二つだった。母が、夜明け前に焼いてくださったものだろう。

 わたくしは礼を述べ、包みを胸に抱えた。

 振り向かなかった。振り向くつもりがなかった。

 馬車は六日かけて辺境に向かった。

 一日目の夕方、王都の城壁が地平の向こうに沈んだ。乗合いの客たちは皆、振り返って城壁を眺めた。わたくしだけが、進行方向の窓を見ていた。

 二日目の夜、宿屋の二階で、わたくしは暗闇くらやみの中で一度だけ目を覚ました。

 自分がなぜ泣いていないのか、自分でもわからなかった。

 ただ——天井のはりを見上げたまま、わたくしは声に出さずにつぶやいた。

 わたくしは、振り返らない方ですの。

 それは悲しみではなく、約束だった。自分自身への、たった一つの約束。

 四日目、馬車は山の峠を越えた。窓から差し込む光が、王都のものとは違う角度になっていた。気温も湿度も、確かに変わっていく。

 六日目の朝、街道の向こうに、ルヴィエールの低い屋根並みが見えた。

 馬車の御者ぎょしゃが、振り返らずに言った。

「お嬢さん。あんたが降りる町だ」

 わたくしは、革鞄かばんの持ち手を握り直した。


 辺境ルヴィエールに着いたのは、六日目の朝だった。

 馬車を降りると、石畳は湿っていて、空気は麦畑と湿った木の匂いがした。痩せた犬が一匹、尻尾を振らずにわたくしのほうを見上げた。

 門の前に、若い男が一人立っていた。

 灰色を帯びた黒髪。黒に近い紺の地方官制服。袖口にインクの汚れ。

「ようこそ、ルヴィエールへ」

 その人は一礼した。深すぎず、浅すぎず、綺麗きれいな礼だった。

「シルヴァン・ド・カサールと申します。お越しいただき、ありがとうございます」

 わたくしは、そのときようやく気づいた。

 三年間の社交界で、誰一人として、わたくしに『ありがとう』と言った人はいなかったのだと。

 鞄の持ち手を、もう一度だけ握り直した。

「よろしくお願いいたしますわ」

 低い声で、わたくしは答えた。


---


 最初の生徒は、町長グレゴール・ヴァッサールだった。


 五十五歳。パン屋の三代目。字は書けるが、数字は苦手。いや正確に言えば、一桁ひとけたの足し算なら頭の中でできるが、二桁以上になると紙と鉛筆がいる。

 朝三時のパン焼きがまの前。赤く燃えるまきの揺らぎ。粉の舞う光の筋。

 わたくしは、パン台の端のまな板に、チョークで二本の縦線を引いた。

「ここが借方かりかた、ここが貸方かしかたですわ」

「先生。……この『貸方』ってのは、俺が貸した金のことじゃねえのか」

 グレゴールが、頭をいた。粉まみれの手のまま。

「いいえ。お店から見て、お金がどこに流れていったかを書く欄ですの」

「わけがわかんねえなあ……」

 わたくしは笑わなかった。

 代わりに、店先の今日の売上を例に挙げた。

 パン一斤いっきん、二十五リーヴル。小麦粉の仕入れ、十リーヴル。薪代、三リーヴル。

「パンを売って銭函ぜにばこに二十五リーヴル。増えたお金は左、借方ですの。売上そのものは右、貸方に書きます」

「……左が増えた金、右が売れた中身、か」

「はい。仕入れのときは逆ですの。小麦粉が十リーヴルぶん増えて左、銭函から十リーヴルが出ていって右。左と右が、必ず同じ金額で釣り合うようになっておりますの」

「……それで、毎晩ぴったり合わねえと、どっかに穴があるってことか」

「ええ。その穴を、ひと月ためると店がつぶれますわ」

「……先生。今夜は寝ねえで覚える」

 グレゴールは真面目な顔で、まな板をひっくり返した。


 三ヶ月で、パン屋の帳簿が揃った。

 半年後、パン屋の原価計算は、麦ひと粒の値段まで追えるようになった。

 夏の祭りの前、グレゴールは店の裏でわたくしに一枚の紙を差し出した。

「先生。今年の夏、俺ん家、三十二リーヴルの黒字が出た」

 紙の端は粉で白く汚れていた。数字の列は震えていたが、正しかった。

「良うございますね」

「いやあ——先生のおかげだ」

「いいえ。あなたの手が書いた数字ですわ」


 次の生徒は、織物商のベルタンだった。

 毎年春に破産寸前になる店だった。理由は単純だった——在庫がどこにどれだけあるか、誰も正確に把握していなかったからだ。

 わたくしは棚札たなふだを作らせた。麻布、羊毛、綿——仕入れた日付、入荷枚数、単価、そして出ていった日付、出荷枚数、単価。

 最初の一ヶ月、ベルタンは『面倒くせえ』と言いながら、毎日棚札をめくった。二ヶ月目には、わたくしに見せる前に自分で計算するようになった。三ヶ月目には、わたくしが来る前に棚札を並べて待っていた。

「先生。春の前に仕入れを止めりゃ、破産しねえんだな」

「はい。夏の祭りの二週間前から、少しずつ増やしていきましょう」

 半年後、ベルタンは赤字を脱した。

 一年後、ベルタンは店の軒先に小さな看板を一枚足した。『モンテスキュー式会計・取扱店』——わたくしはその日、その看板の前で、初めて少しだけ笑った。


 三番目は、葡萄ぶどう商のモロー。四番目は、塩商のパンクラス。五番目は、革細工のルフェーヴル。六番目、七番目……七軒までは、わたくしが一軒ずつ回って教えた。

 モローは葡萄の収穫量を畑単位で管理できていなかった。わたくしは畑ごとに帳簿を分け、たるに番号を打たせた。一年後、モローは『今年は東の畑の二番樽が一番出来がいい』と数字で言えるようになった。それは商人の言葉が、かんから証拠に変わった瞬間だった。

 パンクラスは塩の仕入れ価格を、塩湖の天候によって毎月変動させていた。わたくしは過去三年分の塩の単価を月次で並べ直した。並んだ数字は、塩湖の天候よりも、王都の祝祭日のほうにずっと正確に反応していた。パンクラスは、頭を抱えて笑った。『先生。おれぁ三十年、勘違いしてた』

 ルフェーヴルは革を仕入れるときに、いつも『目方』で買っていた。実際に数えてみると、十枚買って八枚しか戻ってこない月が三回続いていた。受払帳を作ると、仕入先の問題が即座に見えた。ルフェーヴルは仕入先を一軒変え、半年で三十リーヴルを取り戻した。


 もちろん、全員がすぐ受け入れたわけではなかった。

 鍛冶かじ屋のボワイエは、四代続いた店のあるじで、六十二歳だった。わたくしが店先に通帳を広げると、ふん、と鼻を鳴らした。

親父おやじもじいさまも曾祖父ひいじいさんも、みんな頭で覚えてやってきた。おれの頭じゃあ足りねえとでも」

「足りないのではございません。覚えておく必要が、ないだけですの」

「——書いとけば、忘れていいってことかい」

「はい。忘れてよくなった分、明日の鉄の温度を覚えていてくださいまし」

 ボワイエは二ヶ月、わたくしを店に入れなかった。三ヶ月目の朝、彼は自分でくぎの一本ずつの原価を紙に書き出して、店先にわたくしを呼んだ。

「——先生。釘一本、思ってたより三リーヴルも安く打てることが、わかっちまった」

 彼は、その日以来、注文台帳を欠かさなくなった。四代分のかんが、初めて一冊の帳簿の上に降りた夜だった。


 八軒目からは、グレゴールが隣の商家を連れてきた。ベルタンが友達を連れてきた。生徒が生徒を呼ぶようになった。

 わたくしは町役場の一階の隅に、机を一つ置いた。朝八時から夕方四時まで、そこで書き方を教えた。四時からは各商家に出向く。夜は役場の二階で、町全体の帳簿の整理を続けた。

 一年半が経ったある朝、地方官シルヴァンが町長グレゴールの前でこう言った。

「町の税務書式を、先生のもので統一しませんか」

 グレゴールがうなずいた。

 わたくしは頷かなかった。

「わたくしの書式ではなく、この町の書式にしてくださいまし」

 シルヴァンが顔を上げた。

「……先生がいなくなっても、使い続けられる書式として、ですか」

 わたくしは静かに頷いた。

 教師は、いつか去る人。道具だけが残る。それが、わたくしの仕事の流儀だった。

 シルヴァンは静かに目を伏せた。そして、はい、と低く言った。

「そのように、整えます」


 その夜、役場の二階で、わたくしが最後の帳簿を閉じたとき、扉が一度ノックされた。

 シルヴァンが湯気の立った茶碗を二つ、盆に載せて入ってきた。

「——先生、手が冷たいでしょう」

 わたくしは何も言わずに、茶碗に指を添えた。陶器の熱が指先に戻ってくる。

 シルヴァンは向かいの椅子に座り、自分の茶碗に息を吹きかけた。

「町長が言っていました。先生が来てから、この町の空気が変わったと」

「空気ではなく、書式ですわ」

 シルヴァンが小さく笑った。

「先生は、そういう方ですね」

「……そういう方、とは」

「褒められたときに、正確な言葉で返す方です」

 わたくしは茶碗の縁に視線を落とした。

 茶の湯気の向こうで、シルヴァンの指先のインク汚れが、わたくしの指先のインク汚れと、よく似た色をしていた。

 しばらく、二人とも黙っていた。

 窓の下、夜更けの町は静かだった。風の中に、葡萄畑の若い葉の匂いがかすかに混じっていた。

「シルヴァン地方官」

 わたくしは、茶碗を両手で包んだまま、低く言った。

「はい」

「この町には、最初から、わたくしを呼ぶ予算など、なかったのではございませんか」

 シルヴァンの肩が、かすかに動いた。

「——どうしてそれを」

「町の四半期の予算書、二年分を整理いたしました。先生の招聘しょうへい費用が出る欄が、どこにもございません」

「……」

「あなたが個人で、出してくださっていたのですね」

 シルヴァンは、しばらく茶碗を見つめていた。

 それから、いつもの落ち着いた声で言った。

「町を立てるためには、必要な投資でした」

「投資の計上は、正規の予算書に書いてくださいまし。次の四半期から、わたくしの俸給ほうきゅうは、町の予算に書き換えます」

「先生」

「数字は、正直なほうがよろしいのです。あなたにとっても、わたくしにとっても」

 シルヴァンは、ゆっくりうなずいた。

 彼の目尻が、わずかに下がった。

「——承知しました」

 その夜から、彼の名前を、わたくしの帳簿の中で、わたくしは一文字ぶんだけ大きく書くようになった。


---


 二年目の冬が終わる頃、町の商家は三十軒を超えていた。

 わたくしは毎朝、三十軒分の通帳を順番に点検して回った。朝市あさいちの空気の中で、女たちが通帳を差し出し、『先生、これで合ってますか』といてくる。

 合っている帳簿に、わたくしは静かに朱印を押す。

 合っていない帳簿に、わたくしは赤いインクで丸を一つ書く。

 翌日、その家の女主人は、必ず新しい紙を持って戻ってきた。

 帳簿が間違っていることを恥じる人は、いつのまにかこの町からいなくなっていた。間違いを直して持ってくる人だけが、増えていった。

 冬の終わり、シルヴァンが町長グレゴールの前で、初めて公式の数字を読み上げた。

「ルヴィエール町、本年度の徴税完了率——九十八パーセント」

 グレゴールは、しばらく口を開けたまま固まっていた。

「先生……二年前は、五十パーセントだった町でしたよ」

 わたくしはうなずかなかった。

 ただ、九十八という数字を、頭の中で次の四半期の予算に振り分けていた。


 三年目の春、商家は三十二軒になった。

 四半期末、町全体の税務報告書を、シルヴァンが王都商務省に送った。

 シルヴァンは送り状の写しをわたくしに見せた。

「——王国で、四半期の税務書式が完全に揃っている町は、ここだけだそうです」

 わたくしは、写しの余白に、次の四半期の予定欄を書き足した。

 終わりではなく、次がある。数字というのは、そういうものだった。


 半年前、王都の大商館から一枚の手紙が届いた。差出人は、ラファイエット公爵家の取引窓口。

 『当家の仕入れ台帳の整合性のため、貴町の麻布商・織物商・葡萄商との取引履歴の写しを、貴地方官印で証明していただきたい』

 王都のうわさは、シルヴァン経由でわたくしにも届いていた——ラファイエット公爵家では、次官補バルドゥインが王都商務省に提出すべき四半期税務報告を、ここ半年ほど組み上げられていないらしい。仕入台帳の整合が取れず、代書係も経理官もさじを投げた、と。

 シルヴァンはその手紙を、わたくしの前でしばらく持っていた。

 わたくしは一瞥いちべつして、視線を戻した。

「正規の手続きです。発行いたしましょう」

「……先生」

「はい」

「この名前を、見ましたか」

 手紙の末尾に、バルドゥイン・ド・ラファイエットの署名しょめいがあった。

 わたくしは視線を上げなかった。

「発行してくださいまし。正確に」

 シルヴァンはゆっくり頷いた。

「先生」

 彼は、もう一度だけ言葉を選んだ。

「もし、この署名の主が、この町に来ることになったら——」

「ラファイエット様が直接、辺境までお出ましになるとは、想像しがたいですわ」

 わたくしは、机の上に証明書の白紙を一枚、用意した。

「ですが、もし来られたら、その時はその時で、正確にお迎えいたしましょう」

 シルヴァンは、それ以上は何もかなかった。

 彼の優しさは、いつも、訊かないところに置かれていた。

 その日からちょうど半年。バルドゥインは馬車で、この町に来た。


---


 わたくしは町役場を出た。

 バルドゥインはわたくしの半歩うしろを歩いた。

 石畳の朝の光。パン屋の煙突から、朝三度目の煙。

「——まずは、こちらのパン屋から」

 グレゴールが店の奥から顔を出した。粉まみれの手を前掛けで拭き、軽く一礼する。

「お越しいただき、光栄でございます」

 バルドゥインは手を軽く振った。社交辞令の笑み。

 グレゴールは、店の棚の下から分厚い通帳を取り出した。

「今年の四半期、売上百二十八リーヴル。仕入れ六十二リーヴル。薪代十八リーヴル。職人一人の給金、四半期で二十リーヴル。差引で、二十八リーヴルの黒字でございます」

 バルドゥインがまばたきをした。

「——ずいぶん……細かいな」

「先生に教わりましたもんで」

 グレゴールは、わたくしのほうを見ずに、誇らしげに笑った。

 わたくしは小さく会釈を返した。


 織物商ベルタンの店に入った。

 棚札。受払帳。在庫一覧。ベルタンは自分の店の在庫を、小麦粉を量るように正確に説明した。

「春の仕入れを止めた年から、赤字は出てません。夏の祭り前の三週間で、去年は七十二リーヴル稼ぎました」

 バルドゥインは相槌あいづちを打った。数字を聞き流す貴族の、軽いうべない方だった。

 わたくしは、気づいていた。

 この人は、数字が読めない。読めないまま、次官補じかんほまで出世した人。


 葡萄商モローの店先で、モローは帳簿を開いたまま、バルドゥインに顔を向けた。

「公子様。うちの葡萄の買い付け先、ご存じで?」

「——いや」

「王都のラファイエット家の大商館でございます。三年前から、うちが一次仕入先」

 バルドゥインの笑みが、半拍はんぱく遅れて固まった。

「……そうか」

「台帳の照合のため、先生の地方官印を半年前に頂きました」

 モローは店の壁に貼った一枚の写しを指さした。

 シルヴァンの署名。そして、モンテスキュー式の整然とした数字の列。


 穀物商サンテール。塩商パンクラス。革細工ルフェーヴル。鍛冶かじ屋のボワイエ。陶器商のアルヌー。木工のヴァロン。十軒、十五軒、二十軒——全ての店で、同じ書式の通帳が開かれた。

 どの店でも、店主はまず深く一礼した。次に通帳の最初のページを開いた。最後に、四半期末の差引欄を指で示した。

 全員が、同じ手順だった。

 バルドゥインは最初、貴族の余裕の笑みで応じていた。それが八軒を過ぎた頃から、笑みが半拍はんぱくずつ遅れるようになった。十軒を過ぎた頃には、店の軒先で『ほう』と声を漏らすだけになった。

 わたくしは、その変化を横目で見ていた。

 貴族の社交辞令は、十軒で破綻する。けれど商人の通帳は、三十軒並んでも揺るがない。それは、わたくしがこの三年間で覚えた、もっとも静かな知識だった。

 バルドゥインの歩調ほちょうが、少しずつ遅くなった。

 十八軒目の店で、彼は初めて自分から足を止めた。

 わたくしは、止まらなかった。

「こちら、三十軒目になりますわ」

 彼が振り向いた。

「フェリシテ」

「はい、ラファイエット様」

「——この町の商家は、王都のどこに売っている」

 わたくしは立ち止まった。

 町長グレゴールが、ちょうど朝の配達を終えて追いついてきた。粉まみれの手を前掛けで拭きながら、朗らかに笑った。

「若様。先生がいなくなったら、うちの町、来月から税務報告ができなくなるんですよ」

 バルドゥインが、へらっと笑った。

「——なんとかなるだろう、町ひとつくらい」

 グレゴールは、笑顔のまま言った。

「そうですかね。うちの織物商はあんたの家の大商館の一次仕入先ですが」

 バルドゥインの笑みが止まった。

「葡萄商も。穀物商も。塩商も。——王都三大商館、どこも仕入先はうちの町ですで。先生の書式で整えた帳簿を、半年前から王都に送っております」

 グレゴールは、わたくしのほうをちらりと見た。

 わたくしは、何も言わなかった。言う必要がなかった。


---


 役場の応接間に戻った頃、バルドゥインは額に汗を浮かべていた。

 三月さんがつの辺境は、まだ涼しい日のはずだった。

 わたくしは机の上に、一枚の帳簿を広げた。

「ラファイエット様、こちらを」

 それは、王都商務省が今年の春に扱った穀物取引の一覧写しだった。

「今年の春、王都商務省が扱った穀物取引、二十三件。そのうち十四件の仕入元は、この町の商人の帳簿を通過しております」

 バルドゥインが、帳簿の上の数字を目で追った。読めていない、とわたくしにはわかった。

 でも、彼にも察しはついた。

 顔色が、石畳の湿った色に変わった。

「……フェリシテ」

「はい」

「戻ってくれ、頼む」

 その声は、三年前、夜会で『もう結構だ』と言ったときの声と、同じ人の声だとは思えなかった。

「——戻ってくれ、頼むから」

 わたくしは、湯気の立った茶碗を彼の前に置いた。

 ルヴィエールの井戸水でれた、この町の茶だった。

「ラファイエット様」

 わたくしは、自分の椅子に座った。

「わたくしが王都に戻れば、この町は月末の税務報告ができません」

「……」

「この町が税務報告できないということは、王都の三大商館の仕入台帳が、三ヶ月で整合性を失うということですの」

 バルドゥインが顔を上げた。

「それは、つまり——」

「ラファイエット様のお家の大商館も、その三つのうちの一つでございます」

 応接間の窓の外、朝の市が、もう昼の準備を始めていた。町の子供が一人、麻袋を抱えて駆け抜けていった。

 わたくしは、もう一枚、別の帳簿を広げた。

「こちら、王都の三大商館それぞれの、過去四半期の仕入れ一覧の写しでございます。シルヴァン地方官印で、正式に発行いたしましたもの」

 帳簿の写しには、商館ごとの仕入れ品目と仕入れ先が、銘柄めいがらごとに整然と並んでいた。

 ラファイエット商館——麻布の七割、葡萄酒の四割、塩の半分、革製品の三割。仕入れ先の欄に、ベルタン、モロー、パンクラス、ルフェーヴルの名前が、繰り返し並んでいる。

 ヴェルニエ商館——穀物の六割、陶器の九割。仕入れ先、サンテール、アルヌー。

 ボルジア商館——羊毛の五割、木工品の七割。仕入れ先、ラフィット、ヴァロン。

 全部、ルヴィエールの商家の名前だった。

 わたくしは、茶碗の縁をそっと押した。

「ラファイエット様。『戻ってくれ』とおっしゃるのは——王都経済を、終わらせてくれ、とおっしゃるのと同じですの」

「……フェリシテ」

 バルドゥインが、両手で顔を覆った。

 金の髪が、指の間から乱れて落ちた。

 わたくしは顔色を変えなかった。変える理由がなかった。

「ラファイエット様」

 わたくしは、三年ぶりに彼の名を、正面から呼んだ。

「わたくしは、振り返らない方ですの」


 バルドゥインは、しばらく顔を上げなかった。

 茶碗の湯気が、ゆっくりと天井に溶けていった。

 やがて、彼は立ち上がり、深く一礼した。

 夜会のときよりも、ずっと深い礼だった。

「——お邪魔した」

 それだけ言って、彼は応接間を出ていった。

 扉が閉まる音を、わたくしは聞いた。


---


 夕暮れだった。


 役場の窓から、葡萄畑の向こうに陽が落ちるのが見えた。赤銅色しゃくどういろの光が、町の屋根瓦やねがわらを一枚ずつなめていく。

 シルヴァンが階段を上がってくる足音が聞こえた。いつもの落ち着いた足音に戻っていた。

 扉が開いた。

 盆の上に、湯気の立った茶碗が二つ。

「——お疲れさまでした」

「ありがとうございます」

 シルヴァンは向かいの椅子に座り、自分の茶碗に息を吹きかけた。

 わたくしたちは、『戻るかどうか』の話は、しなかった。

 窓の外で、町の子供たちの声がした。夕餉ゆうげの支度のために、母親が呼ぶ声。パン屋の夕方の最後の窯出し。葡萄畑から戻る荷車の車輪。

 シルヴァンが、茶碗を両手で包んだ。

「先生」

「はい」

「——もし差し支えなければ、ですが」

 彼は、いつもより少しだけ、言葉を選んでいた。

「来年の春、この町の土地を一区画、先生の名前で買っていただけませんか」

 わたくしは顔を上げた。

「それは、仕事のご提案ですか。それとも」

 シルヴァンの目尻が、ゆっくりと下がった。笑うときの、いつもの顔だった。

「両方です」

 わたくしは、茶碗を少しだけ傾けた。茶のおもてが、夕陽を一瞬だけ映した。

 自分の口元が、かすかに緩んでいた。

 三年ぶりに、自分の顔が笑っていることに、わたくしは気づいた。

「——考えさせていただきますわ」

「はい」

「けれど、シルヴァン様」

 わたくしは、丁寧に付け足した。

「わたくしは、振り返らない方ですの」

 シルヴァンは、ゆっくりうなずいた。

「——存じております」

 わたくしは、最後に、一度だけ窓の外を見た。

 王都に続く街道のほうではなく、葡萄畑の向こうの、明日の朝市の方角を。

 陽が、ゆっくりと落ちていった。

 遠くで、町長グレゴールのパン屋から、夕方最後の窯出しの声が聞こえた。荷車の車輪が石畳の上できしみ、誰かが誰かの名を呼んだ。

 三年前、馬車を降りたあの朝、犬は痩せていて、門は半分しか開いていなかった。

 今夜、町は丸ごと、明日の朝市の準備の音で満ちている。

 わたくしが、一冊の教本で持ってきたのは、書式だった。

 町が、自分の手で、それを暮らしに変えた。

 残ったのは、わたくしの居場所だった。

「——前だけ、見ております」

 わたくしは、茶碗をそっと置いた。


---


【あとがき】


最後まで読んでいただきありがとうございました。


 「立場逆転型×交易型」のざまぁです。剣も魔法も、法律も、使いません。フェリシテが持っていたのは、簿記の教本一冊と、父から受け継いだ数字の読み方だけ。

 「追放された瞬間」ではなく、「追放された後の時間」が、彼女を救いました。三年という時間をかけて、通帳を一冊ずつ整え、商家を一軒ずつ増やし、町の書式を統一していく——復讐ではなく、ただ目の前の仕事を正確に積み上げた結果が、気づけば王都経済の土台になっていた。

 「戻ってくれ」が「王都経済を終わらせてくれ」と同義になる瞬間。バルドゥインが自分の手で手放したものの大きさに気づく瞬間。——これは、フェリシテが仕組んだ復讐ではなく、彼が自分で作った結末でした。

 「振り返らない」という言葉を、彼女は三年間、自分への約束として持ち続けました。最後に「前だけ、見ております」と付け足すことができたのは、振り返らないだけの女ではなく、見たい景色ができた女になれたから。

 辺境の静かな一日と、通帳の整った一冊。そこに、たしかな逆転があります。


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・「偽物の聖女は要らない」と追放された私、隣国で本物の奇跡を起こしたら元の国が滅びかけていた件

・「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている

・「愛される価値がない」と言われ続けた伯爵令嬢、無口な騎士団長に拾われて初めて「おかえり」を知る

・「『お前の取り柄は計算だけだ』と笑った公爵家が、私を追い出した翌月に財政破綻した件」

・「毒が効かない体になるまで毒を盛られた令嬢は、復讐なんて望まない——ただ、助けもしないだけ」

・公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました

・『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした

・「証拠なら全て記録してあります」——記録魔法しか取り柄がないと捨てられた令嬢、婚約破棄の場で三年分の不正を読み上げる

・「鑑定しかできない令嬢」が追放された辺境は、実は世界最大のダンジョンの上でした

・「存じ上げませんが、どちら様ですか?」——忘れることが、最も残酷な復讐になった

・公爵令嬢は知らなかった——婚約者の贈り物が、全て別の令嬢から奪ったものだと

・「お前の代わりはいくらでもいる」と笑った婚約者が、翌日から報告書一枚書けなくなった件

・「当たらぬ占いなど不要だ」と追放された令嬢の最後の予言——「一年以内に、あなたは全てを失う」

・「お前は妹の身代わりにすぎなかった」と捨てられた養女——でも領民が選んだのは、血の繋がらない姉の方だった

・「その薬草は毒かもしれぬ」と追放された令嬢薬師——領地に疫病が広がったとき、彼女の薬草園はもう枯れていた

・「女に商いの真似事をさせるな」と追放された交易令嬢——王都への道が閉ざされたとき、彼女は隣国に新たな街道を拓いていた

・「争いごとに首を突っ込むな」と追放された令嬢仲裁人——三つの領地同盟が崩壊したのは、彼女が去って一月後だった

・「婚約破棄だ。お前がいなくても何も困らない」——翌日から王子の醜聞が止まらなくなったのは、偶然ではありません

・乙女ゲームの悪役令嬢として断罪されました——シナリオ通りのはずなのに、攻略対象が全員ついてくるのは想定外です

・『婚約破棄だ』と王子が告げた瞬間、王城の花が枯れ、泉が涸れ、空が曇った——令嬢に宿る精霊の加護を、誰も知らなかった

・婚約破棄された回数、五回。すべて同じ令嬢の策略だったと気づいたとき、王国の貴公子たちはもう手遅れだった

・「黙れ」と一度も言わなかった令嬢が、正論だけで公爵家を詰ませた件

・婚約破棄を告げられましたが、私はあなたの婚約者ではございません——妹ですけれど?

・嘘をつくたびに頭上の数字が増える世界で、婚約者の数字だけが一万を超えていた

・「お前のことは忘れる」と婚約破棄した王子が、本当に令嬢の記憶だけを失ったら、残ったのは空っぽの日常だった

・『お前の針仕事など誰でもできる』——なら社交界のドレスの裏地を、めくってごらんなさい

・『教育係など誰でもできる』と私を捨てた婚約者だけが、誰にも教わらなかった

・追放されたお茶係の令嬢ですが、辺境で開いた茶館が『本音で話せる唯一の場所』として大繁盛しています

・追放された宮廷花師が辺境の荒野に花を咲かせたら、王都の庭園だけが枯れ続けているようです

・「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

・「お前がいると息が詰まる」と追放された令嬢——翌週から公爵家の予定が全て狂った

・「子守唄しか能がない女は要らぬ」と追い出された令嬢——3日後、王宮から眠りが消えた

・辺境の食堂が王都一番の行列店になりました

・「帳簿しか見えぬ女は要らぬ」と追放された令嬢——赤字の額が頭上に浮かぶようになったのは、偶然ではありません

・四千三百八十回の夜を「余計なこと」と呼んだ王太子が、三日後に誰にも看てもらえなくなった話

・「僕たちはフィオナ先生を選びます」——書き置きを残して、公爵家の子供が全員いなくなった朝

・薬も祈りも届かない千八百グラムの命を救えたのは、「泣く子を黙らせるだけの女」だけだった

・王立学院の入試首席は、鬼ごっことお店屋さんごっこで育った辺境の平民だった

・「お前の仕事は掃除だけだ」と笑った公爵家が、3日で屋敷から異臭がし始めた件

・「側妃ごときが口を出すな」と言われた翌日、後宮の全ての予算が止まった

・「お前は婚約者にふさわしくない」と言われたので、私の頭の上に見えている数字これについて話します

・「お前のような愚鈍な女は要らない」と追い出した夫が、翌月から領地経営の書類を読めなくなった件

・地図は嘘をつきません——落書きと呼ばれた測量師がいなくなったら、街道は崩れ、軍は迷い、国境が消えた

・政略結婚の道具に恋心は不要だと言われた側妃が、夫に一度も笑わなかった3年間の理由

・『香水係など犬でもできる』と追放された令嬢——匂いで嘘がわかる鼻は、王宮の全ての秘密を知っていた

・「『お前のような鈍い女は要らない』と追放された令嬢——夫の借金の保証人から、私の名前だけが消えていた」

・『お前の演奏は雑音だ』と追放された宮廷楽師令嬢——王城の舞踏会から音楽が消えた夜、隣国の演奏会場は満席だった

・『お前には剣の才能がない』と追放された令嬢剣士——5年後、大陸剣術大会の決勝で元婚約者を3秒で倒した件

・『お前の字は汚い』と婚約破棄された写本令嬢——3年後、国宝級の禁書を読めるのが彼女だけだと判明した件

・『お前の仕事は終わった』と捨てられた令嬢——だが婚約破棄の書類を作ったのは私で、無効にできるのも私だけだった

・『お前の絵は壁の染みだ』と塗り潰した婚約者が、3年後に国宝を壊した罪で裁かれた件

・『お前のためを思って言っている』が千回記された日記帳が、社交界に流出した件

・『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

・『お母様のような完璧な妻になれない女は要らない』と言った婚約者が、翌月の夜会で母親に土下座させられていた件

・『脇役のお前には用がない』と追い出された令嬢が、実は乙女ゲームの攻略対象全員のフラグを管理していた件

・「病弱な幼馴染を置いていけない」と言った婚約者に、最後の処方箋を置いてきました——彼女の病気は、3年前に治っています

・「お前との契約結婚は今日で終わりだ」と言った公爵が、離婚届の裏面を読んでいなかった件

・「お前を許してやりなさい」と言われ続けた令嬢が、許した回数を数えていた——千二百回

・「お前の声は耳障りだ」と追放された令嬢——彼女の子守唄がなくなった夜、王宮の誰も眠れなくなった

・「織物など下女の仕事だ」と蔑まれた令嬢——舞踏会の朝、王都中の仕立て師が匙を投げた

・「孤児の世話など令嬢の仕事ではない」と追い出された養育係——国中が探した勇者は、彼女が名づけた子供だった

・婚約破棄を告げられた翌日、兄王子が跪いて契約結婚を申し込んできた——弟が捨てたのは、王国の鍵だったらしい

・「花の匂いしかしない女は要らぬ」と追放された調香師令嬢——魔物除けの香を失った王都が、三日で包囲された

・「馬の面倒を見るだけの女は王宮にふさわしくない」——騎士団の軍馬が、一頭残らず戦場で倒れた

・悪役令嬢の妹ですが、お姉様は悪くありません——だって全部、私がやりました

・「子守唄なんて歌ってないで働きなさい」と追放された令嬢——彼女がいなくなった孤児院で、子供たちが夜ごと叫び始めた

・「たかが産婆の娘が、公爵家に嫁ぐなど」と追放された令嬢——三ヶ月後、領地でお産のできる者が誰もいなくなった

・「口下手な子供を甘やかしているだけだ」と追放された令嬢——社交界デビューの夜、緘黙だった公爵令息が国王の前で名を名乗った

・「遊んでいるだけの女に用はない」と追放された令嬢——彼女が設計した『遊び』がなくなった日、騎士団の子供たちは剣を抜いた

・「お前の泥だらけの手で触るな、気持ち悪い」と追放された令嬢——王宮の食器が一枚も焼けなくなった

・「虫に話しかけてるお前が気持ち悪い」と追放された令嬢——領地の蜂蜜が消え、薬も蝋燭も作れなくなった

・「慰謝料? そんな概念はこの国にない」と笑った王太子——翌月、令嬢が作った新しい法律の第一号適用者になりました

・「三番以下を取りなさい」と五年言われ続けたので、公開試験で本気を出しました

・「お従妹様の看病で五年、夜会に出ておりませんの」


毎日19時、新作更新中!

☆評価・ブクマ・感想をいただけると次作の励みになります!

最後まで読んでいただきありがとうございました。


 「立場逆転型×交易型」のざまぁです。剣も魔法も、法律も、使いません。フェリシテが持っていたのは、簿記の教本一冊と、父から受け継いだ数字の読み方だけ。

 「追放された瞬間」ではなく、「追放された後の時間」が、彼女を救いました。三年という時間をかけて、通帳を一冊ずつ整え、商家を一軒ずつ増やし、町の書式を統一していく——復讐ではなく、ただ目の前の仕事を正確に積み上げた結果が、気づけば王都経済の土台になっていた。

 「戻ってくれ」が「王都経済を終わらせてくれ」と同義になる瞬間。バルドゥインが自分の手で手放したものの大きさに気づく瞬間。——これは、フェリシテが仕組んだ復讐ではなく、彼が自分で作った結末でした。

 「振り返らない」という言葉を、彼女は三年間、自分への約束として持ち続けました。最後に「前だけ、見ております」と付け足すことができたのは、振り返らないだけの女ではなく、見たい景色ができた女になれたから。

 辺境の静かな一日と、通帳の整った一冊。そこに、たしかな逆転があります。


◇◆◇ 「捨てられ令嬢は最後に笑う」シリーズ ◇◆◇


婚約破棄・追放・裏切り——捨てられた令嬢たちが、それぞれの方法で最後に笑う短編シリーズです。


▼ 公開中


・「お前は道具だった」と笑った婚約者が、5年後に物乞いになって戻ってきた件

・「偽物の聖女は要らない」と追放された私、隣国で本物の奇跡を起こしたら元の国が滅びかけていた件

・「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている

・「愛される価値がない」と言われ続けた伯爵令嬢、無口な騎士団長に拾われて初めて「おかえり」を知る

・「『お前の取り柄は計算だけだ』と笑った公爵家が、私を追い出した翌月に財政破綻した件」

・「毒が効かない体になるまで毒を盛られた令嬢は、復讐なんて望まない——ただ、助けもしないだけ」

・公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました

・『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした

・「証拠なら全て記録してあります」——記録魔法しか取り柄がないと捨てられた令嬢、婚約破棄の場で三年分の不正を読み上げる

・「鑑定しかできない令嬢」が追放された辺境は、実は世界最大のダンジョンの上でした

・「存じ上げませんが、どちら様ですか?」——忘れることが、最も残酷な復讐になった

・公爵令嬢は知らなかった——婚約者の贈り物が、全て別の令嬢から奪ったものだと

・「お前の代わりはいくらでもいる」と笑った婚約者が、翌日から報告書一枚書けなくなった件

・「当たらぬ占いなど不要だ」と追放された令嬢の最後の予言——「一年以内に、あなたは全てを失う」

・「お前は妹の身代わりにすぎなかった」と捨てられた養女——でも領民が選んだのは、血の繋がらない姉の方だった

・「その薬草は毒かもしれぬ」と追放された令嬢薬師——領地に疫病が広がったとき、彼女の薬草園はもう枯れていた

・「女に商いの真似事をさせるな」と追放された交易令嬢——王都への道が閉ざされたとき、彼女は隣国に新たな街道を拓いていた

・「争いごとに首を突っ込むな」と追放された令嬢仲裁人——三つの領地同盟が崩壊したのは、彼女が去って一月後だった

・「婚約破棄だ。お前がいなくても何も困らない」——翌日から王子の醜聞が止まらなくなったのは、偶然ではありません

・乙女ゲームの悪役令嬢として断罪されました——シナリオ通りのはずなのに、攻略対象が全員ついてくるのは想定外です

・『婚約破棄だ』と王子が告げた瞬間、王城の花が枯れ、泉が涸れ、空が曇った——令嬢に宿る精霊の加護を、誰も知らなかった

・婚約破棄された回数、五回。すべて同じ令嬢の策略だったと気づいたとき、王国の貴公子たちはもう手遅れだった

・「黙れ」と一度も言わなかった令嬢が、正論だけで公爵家を詰ませた件

・婚約破棄を告げられましたが、私はあなたの婚約者ではございません——妹ですけれど?

・嘘をつくたびに頭上の数字が増える世界で、婚約者の数字だけが一万を超えていた

・「お前のことは忘れる」と婚約破棄した王子が、本当に令嬢の記憶だけを失ったら、残ったのは空っぽの日常だった

・『お前の針仕事など誰でもできる』——なら社交界のドレスの裏地を、めくってごらんなさい

・『教育係など誰でもできる』と私を捨てた婚約者だけが、誰にも教わらなかった

・追放されたお茶係の令嬢ですが、辺境で開いた茶館が『本音で話せる唯一の場所』として大繁盛しています

・追放された宮廷花師が辺境の荒野に花を咲かせたら、王都の庭園だけが枯れ続けているようです

・「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

・「お前がいると息が詰まる」と追放された令嬢——翌週から公爵家の予定が全て狂った

・「子守唄しか能がない女は要らぬ」と追い出された令嬢——3日後、王宮から眠りが消えた

・辺境の食堂が王都一番の行列店になりました

・「帳簿しか見えぬ女は要らぬ」と追放された令嬢——赤字の額が頭上に浮かぶようになったのは、偶然ではありません

・四千三百八十回の夜を「余計なこと」と呼んだ王太子が、三日後に誰にも看てもらえなくなった話

・「僕たちはフィオナ先生を選びます」——書き置きを残して、公爵家の子供が全員いなくなった朝

・薬も祈りも届かない千八百グラムの命を救えたのは、「泣く子を黙らせるだけの女」だけだった

・王立学院の入試首席は、鬼ごっことお店屋さんごっこで育った辺境の平民だった

・「お前の仕事は掃除だけだ」と笑った公爵家が、3日で屋敷から異臭がし始めた件

・「側妃ごときが口を出すな」と言われた翌日、後宮の全ての予算が止まった

・「お前は婚約者にふさわしくない」と言われたので、私の頭の上に見えている数字これについて話します

・「お前のような愚鈍な女は要らない」と追い出した夫が、翌月から領地経営の書類を読めなくなった件

・地図は嘘をつきません——落書きと呼ばれた測量師がいなくなったら、街道は崩れ、軍は迷い、国境が消えた

・政略結婚の道具に恋心は不要だと言われた側妃が、夫に一度も笑わなかった3年間の理由

・『香水係など犬でもできる』と追放された令嬢——匂いで嘘がわかる鼻は、王宮の全ての秘密を知っていた

・「『お前のような鈍い女は要らない』と追放された令嬢——夫の借金の保証人から、私の名前だけが消えていた」

・『お前の演奏は雑音だ』と追放された宮廷楽師令嬢——王城の舞踏会から音楽が消えた夜、隣国の演奏会場は満席だった

・『お前には剣の才能がない』と追放された令嬢剣士——5年後、大陸剣術大会の決勝で元婚約者を3秒で倒した件

・『お前の字は汚い』と婚約破棄された写本令嬢——3年後、国宝級の禁書を読めるのが彼女だけだと判明した件

・『お前の仕事は終わった』と捨てられた令嬢——だが婚約破棄の書類を作ったのは私で、無効にできるのも私だけだった

・『お前の絵は壁の染みだ』と塗り潰した婚約者が、3年後に国宝を壊した罪で裁かれた件

・『お前のためを思って言っている』が千回記された日記帳が、社交界に流出した件

・『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

・『お母様のような完璧な妻になれない女は要らない』と言った婚約者が、翌月の夜会で母親に土下座させられていた件

・『脇役のお前には用がない』と追い出された令嬢が、実は乙女ゲームの攻略対象全員のフラグを管理していた件

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・「お前を許してやりなさい」と言われ続けた令嬢が、許した回数を数えていた——千二百回

・「お前の声は耳障りだ」と追放された令嬢——彼女の子守唄がなくなった夜、王宮の誰も眠れなくなった

・「織物など下女の仕事だ」と蔑まれた令嬢——舞踏会の朝、王都中の仕立て師が匙を投げた

・「孤児の世話など令嬢の仕事ではない」と追い出された養育係——国中が探した勇者は、彼女が名づけた子供だった

・婚約破棄を告げられた翌日、兄王子が跪いて契約結婚を申し込んできた——弟が捨てたのは、王国の鍵だったらしい

・「花の匂いしかしない女は要らぬ」と追放された調香師令嬢——魔物除けの香を失った王都が、三日で包囲された

・「馬の面倒を見るだけの女は王宮にふさわしくない」——騎士団の軍馬が、一頭残らず戦場で倒れた

・悪役令嬢の妹ですが、お姉様は悪くありません——だって全部、私がやりました

・「子守唄なんて歌ってないで働きなさい」と追放された令嬢——彼女がいなくなった孤児院で、子供たちが夜ごと叫び始めた

・「たかが産婆の娘が、公爵家に嫁ぐなど」と追放された令嬢——三ヶ月後、領地でお産のできる者が誰もいなくなった

・「口下手な子供を甘やかしているだけだ」と追放された令嬢——社交界デビューの夜、緘黙だった公爵令息が国王の前で名を名乗った

・「遊んでいるだけの女に用はない」と追放された令嬢——彼女が設計した『遊び』がなくなった日、騎士団の子供たちは剣を抜いた

・「お前の泥だらけの手で触るな、気持ち悪い」と追放された令嬢——王宮の食器が一枚も焼けなくなった

・「虫に話しかけてるお前が気持ち悪い」と追放された令嬢——領地の蜂蜜が消え、薬も蝋燭も作れなくなった

・「慰謝料? そんな概念はこの国にない」と笑った王太子——翌月、令嬢が作った新しい法律の第一号適用者になりました

・「三番以下を取りなさい」と五年言われ続けたので、公開試験で本気を出しました

・「お従妹様の看病で五年、夜会に出ておりませんの」


毎日19時、新作更新中!

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