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語り盗り(カタリドリ)  作者: 肉球ぷにぷに


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第4話

 ヨミ師匠に会いに行く前に、やらなきゃいけないことができた。


 竜殺しの話。あたしが酒場で盗んだ物語。あれが、問題を起こした。



 知らせはハクが持ってきた。


 朝、パンを買いに行ったハクが、真っ青な顔で戻ってきた。ハクが青い顔をするのは珍しい。普段は何があっても冷静で毒舌だ。


「どうしたの」


「おまえが盗んだ竜殺しの話。市場で売ったよね」


「うん、仲買に渡した」


「仲買がさらに別の語り部に売った。その語り部が、東区の広場で語った。大勢の聞き手の前で」


「うん。それで?」


「変異した」


 ハクの声が低い。


「変異して、聞いた人のひとりが倒れた」



 東区の広場に駆けつけた。


 人だかりができている。広場の隅で、若い女が倒れている。目を開けているけど焦点が合っていない。周囲の人間が介抱している。


 あたしは人だかりの外から見た。ハクが隣にいる。


「何が起きたの。詳しく」


「語り部が竜殺しを語った。でも核が変異していた。『竜の血から草が芽吹く』……これが変わってた。『竜の血が大地を焼く。何も芽吹かない。焼け跡だけが残る』に。死から生が生まれる話が、死だけが残る話に変異した」


「……」


「聞いた女性が……たぶん身近な人を亡くしたばかりだったんだと思う。変異した物語のビジョンが、彼女の喪失感と共鳴して、感情が制御できなくなった」


 あたしは立ち尽くした。


 あたしが盗んだ物語だ。あたしの手を離れて、仲買を通って、別の語り部の手に渡って、その語り部の中で変異して、人を傷つけた。


「——あたしのせい?」


「直接は違う」


「間接的には?」


「……」


 ハクが黙った。黙ったということは、そうだということだ。



 あたしは倒れた女性のそばに行った。


 介抱していた人たちが道を開けた。女性は地面に座り込んでいる。目が赤い。泣いたんだろう。体が震えている。ビジョンの後遺症だ。強い感情を伴うビジョンを浴びると、体が反応を止められなくなる。


「大丈夫ですか」


「……誰?」


「通りがかりの者です。何かできることは」


 女性があたしを見た。目が合った。


「あの物語……竜が死んで、何も残らなかった。何も……」


 声が途切れた。また泣き出した。


 あたしの胸が痛い。物理的に痛い。心臓のあたりが締まっている。


 この痛みは、あたしが盗んだから生まれた痛みだ。


 元の語り部の手にあったまま語られていたら、核は変わらなかった。死から生が生まれる話のままだった。あたしが盗んで、市場に売って、別の人間に渡ったから、核が変異した。物語が壊れた。


 壊れた物語が、人を傷つけた。



 安宿に帰った。


 テーブルの前に座った。何も食べる気がしなかった。


 ハクが向かいに座っている。何も言わない。


「あたしが盗まなきゃよかったんだ」


「……」


「盗まなきゃ、あの語り部はあのまま酒場で語ってた。竜の血から草が芽吹く話を。聞いた人はあったかい気持ちで家に帰ってた。でもあたしが盗んだから……」


 声が震えた。


「盗んで、売って、知らない人の手に渡って、壊れた。壊れた物語が人を——」


 泣いた。


 泣くつもりじゃなかった。でも泣いた。テーブルに突っ伏して、声を上げて泣いた。ハクの前で泣いたのは初めてだった。


 ハクが動かなかった。何も言わなかった。慰めもしなかった。突き放しもしなかった。ただそこにいた。


 五分くらい泣いた。泣き止んだ。鼻をすすった。顔を上げた。


「……みっともない」


「みっともなくないよ」


 ハクが静かに言った。


「泣けるだけ、まともだよ。おまえが泣かないやつだったら、おれはとっくに離れてる」


 ハクの声がいつもと違った。毒舌じゃない。冷静でもない。ただ、正直な声。


「ありがとう」


「別に。事実を言っただけ」


「それが嬉しいの」


 ハクが目を逸らした。照れてるのかもしれない。



 翌日。


 あたしは東区に行って、あの女性に会いに行った。


 名前はミナさん。二十五歳。半年前に弟を病気で亡くしたばかりだった。弟の口癖が「死んだ土からも草は生えるよ」だった。


 変異した物語、「何も芽吹かない」は、弟の言葉の否定だった。だから壊れた。


「すみませんでした」


 あたしは頭を下げた。


「あの物語の元は、あたしが持ってきたものです。あたしが盗んだ物語が巡り巡って変異して、あなたを傷つけた」


 ミナさんはしばらくあたしを見ていた。怒りの目ではなかった。困惑と、少しだけ安堵の目。


「語り盗りの子?」


「はい」


「……あなたが盗まなくても、いつか同じことが起きたかもしれない。物語は変異するんでしょ。誰の手を通っても」


「でも——」


「盗む人を責めても仕方がない。物語は……生き物だから」


 ミナさんの声は穏やかだった。弟を亡くした人の声。怒りの向こう側にいる声。


「ただ、ひとつだけ」


「はい」


「元の物語を聞かせてもらえる? 竜の血から草が芽吹く話。あなたが盗んだ元の形を」


 あたしは語った。核をそのまま。変異しない語りで。


 竜の血が大地を焼く。焼かれた土から、新しい草が芽吹く。


 ミナさんが目を閉じて聞いていた。涙が流れた。でも今度の涙は、壊れた涙じゃなかった。


「……弟が言ってたのと同じだ。死んだ土からも草は生える」


 あたしは泣かなかった。今度は堪えた。堪えたけど、胸の中でずっと、何かがぎしぎし音を立てていた。



 帰り道。


「ヨミ師匠に会いに行く」


「明日?」


「うん。先延ばしにしてる場合じゃない。『鳥の花嫁』を探すのもそうだけど、あたし、このまま盗み続けて、また同じことが起きたらどうするの。盗んだ物語がまた壊れて、また誰かを傷つける」


「やめるの? 盗みを」


「……わからない。やめられるかどうかもわからない。でもヨミ師匠なら、何か知ってるかもしれない。『自分の物語を作れ』って言ってた人だから」


「その師匠が『鳥の花嫁』を語った最後の人間でもある」


「うん」


「矛盾してない? 『盗むな、自分の物語を作れ』って教えた師匠が、禁忌物語を語って追放された」


「してる。だから聞きに行くの」


 ハクが黙った。少し歩いて、言った。


「おれも行く」


「止めないの?」


「おまえが泣くのを二度見たくない。師匠に会えば何か変わるかもしれない。変わらなくても、おまえが一人で行くよりまし」


 あたしはハクの横を歩いた。夕暮れの石畳。長い影がふたつ。


 竜殺しの核がまだ胸の中にある。焦げた土の匂い。草が芽吹く感触。


 あの物語は、壊れた。でもあたしの中では、まだ生きている。

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