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強盗に入ったら犯罪者の巣窟だった  作者: 二上たいら


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8/8

リスタート 01 スタートライン

 太陽はもう昇りきった。

 俺はパイプ椅子に座り、保温器に置きっぱなしで不味くなったコーヒーをゆっくりと味わっている。

 にしたって雑味が多すぎる。

 きっと元からそれほど美味しいコーヒーではない。


 さっきまで慌ただしかった周囲は、今は落ち着いていて、それぞれが休息を取っているようだ。

 大きなターフの下に設置された簡易テーブルに突っ伏して寝ているスタッフの姿も見える。


 そこは壁がある以外は見渡す限りの荒野だった。

 乾いた風がターフを揺らしている。

 季節が良いので直射日光は苦ではなく、むしろ心地良い。


 なんでこんなことになっているのかは俺にもわからない。

 というか、なにもわからない。


 とにかく赤子が助かる可能性を少しでもあげようと、包み込むように抱きしめて落下した俺を受け止めたのは巨大なエアクッションだった。


 歓声を上げながら俺をエアクッションから引っ張り出した人々は、赤子を連れて行って、俺には休息を取らせた。

 で、その後は放置だ。


 あー、コーヒーが不味い。


「賭けだったが、うまく行ったな。メッセージがちゃんと伝わったようでなによりだ」


 一人の男性がマグカップを手にやってきてそう言った。

 空を見上げ、日差しに目を細めている。


「朝日に向かって跳べなんて滅茶苦茶だろ……」


 俺が嘆息すると、男性は目を丸くする。

 そして呆れたように言った。


「地面からLEDライトで落下すべき地点を示していたんだが、見ていないのか」


 なんだそれ!

 俺の覚悟はなんだったんだ!


「うっそだろ、おまえ。だったらそうメッセージをくれよ」


「メッセージは監視機関に読まれている。あまり直接的な表現は避けたかった」


「だからってなあ……」


 助かったからいいようなものの、運が良かっただけだ。

 俺はぺちゃんこになるはずだった。


 でもまあいいよ。結果が全てだ。

 俺はここで今こうして苦くて不味いを味わっている。


「それであの子は?」


「元気にミルクを飲んでいたよ。安心したまえ」


 それを聞いて、どっと疲れが押し寄せてきた。

 重荷を下ろしたはずなのに不思議なもんだ。


 脱力した俺を見て、男はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。

 そんな顔をされるいわれはないが?


「それで俺はこれからどうなる?」


「君たちは新しい生活を始めることになる」


 単数形を複数形に言い換えられたことには当然気付いた。

 俺は男を睨むが、男は意に介した風もない。


「五等市民だった俺にまともな職があるのか?」


「ここには職業選択の自由がある。どの職を目指しても構わない」


「ははっ、俺が弁護士になりたいって言ったらなれんのか?」


「試験に合格すればね。若い頃の適性で将来が固定されるということはない」


「それは、ひどく難しい、つまり突き放されたような気分になるな」


 何を選んでもいいということは、つまり何を選んでも俺の責任ということだろう?

 おまえにはこれが向いていると指示をもらったほうがよほど楽だ。

 うまくいかなかったら指示した側の責任にできるしな。


 壁の外側には秩序が無いと聞いていたが、あながち間違いでもないらしい。


「君はパートナーを得ることもできる。人は誰かと助け合って生きていくべきだ」


「人生に余計な負担を負え、と?」


「一緒に背負う、という話だよ」


「はぁ~」


 価値観が違いすぎて酸欠でもないのに頭がクラクラする。


 誰かと生活を共にするなんて、とんでもなく面倒臭いことになる予感しかしない。

 例えば俺より先にそいつが起きて物音を立てられるのは嫌だし、俺が先に起きて気を遣うのも嫌だ。

 そんな負担を背負って生きるのは普通じゃない。


「生殖器官の再生手術を受けることもできる。君は男性機能を取り戻せる」


「そういうのは考えられないな。グロ趣味はないんだ」


「まあ、そういう選択肢もあるという話さ。ほら、あの子が来たよ。抱いてあげるといい」


「いや、俺には関係ないし、おい、ちょっと、押しつけるな」


 ぎゃあぎゃあと泣き喚く赤子を女性スタッフが俺に押しつけてくる。


 仕方なく俺は赤子を抱き上げた。

 すると不思議なもんで、俺の顔を見上げた赤子は泣き止むと、俺に顔に向かって手を伸ばした。


「その子は君がいいようだ」


 だからニヤニヤと笑うな。

 俺の顔に何か面白いものでも付いてるのか?


「だが俺にはそんな余裕はねぇし」


「しばらくは国から支援がある。結果的にどうしても無理だというのなら、その子を施設に預ける選択肢もある」


「俺はやり直せるのか?」


「いつだって、どこでだってね」


 男はそう言ってマグカップを呷った。


「うわ、まずっ」


 男がマグカップをひっくり返して、荒野をコーヒーで潤しているのを横目に、俺は腕の中の温もりに目を向けた。


 どうして俺は赤子を抱いているんだ?


 その重みが、温もりが、どうしようもなく手放せないからだ。


 人生はハードル走に似ている。

 そして失敗しても次のレースに挑めばいい。


 蹴躓けつまずいても最後まで走り切っていいし、途中棄権して次に向かってもいい。


 走れ!

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