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強盗に入ったら犯罪者の巣窟だった  作者: 二上たいら


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ハードル 06 テイクオフ

 個人端末が示したこのトラックの次なる障害ハードルは行き止まりの壁だった。

 見上げるほどに高いコンクリートの絶壁だ。


 後ろからはサイレンの音が追いかけてくる。


 深夜の壁を、回転する赤色灯の光が、まるで上映の終わったフィルム映画のスクリーンのように揺らしている。


 腕の中で赤子がぐずり始めた。


 いよいよ持って終わりらしい。

 殺人犯ともなれば更生施設送りは免れない。

 それで済めば御の字だ。

 きっと五等の等級ですら奪われるだろう。


 終わりだ。


 ハードルを蹴飛ばしながら始まったこの惨めなレースは、俺の途中棄権で終わるらしい。


 走り続けた足は乳酸が溜まり、棒のようになってしまった。

 心臓は激しいロックサウンドのドラムのようにビートを刻んでいる。

 疲労で甲高い耳鳴りが止まらない。

 脇腹は刺されたように痛く、目の奥がチカチカとした。


 それでも俺はまだ走れる。

 だが、どこへ?


 腕の中で赤子がついに泣き出した。

 排泄して気持ちが悪いのか、単に腹が減ったのかはわからない。


 でも、わかっていることがある。


 捕まればこの子は処分されるということだ。

 非合法市民を処置して労働力として使うことはあっても、非合法な赤子をわざわざ育てるようなコストをかけるとは思えない。

 将来性のわかっている優秀な遺伝子のみが育てるコストに見合う価値がある。


 政府はそう言っているし、俺だってそう思うよ。


 この価値のわからない、リスクしかない赤子がいなければ、俺一人なら逃げ切れたかもしれない。

 子どもなんて人生の重み《ウエイト》だ。

 余計な重荷でしかない。


 だけどさあ。


 俺は赤子をぎゅっと抱きしめる。

 落とさないように、潰さないように。


 暖けぇんだよ。


 この温もりを失いたくないって思っちまったんだ。


『光に向かって跳べ』


 メッセージはそう送られてきた。


 俺は足りない頭で必死に考える。


 光。光だ。

 光ってなんだ?


 俺はハッとして空を見上げた。

 夜が終わろうとしている。


「もう逃げられないぞ! 両手を上げて地面にうつ伏せになれ!」


 俺に銃を向けた警官がそう叫ぶ。

 ライトで照らされる。

 眩しくて、片手で目を覆った。


 この光ではない。


 俺は振り返り、壁に向かった。


 この壁は外からの不法移民を排除するために建造されたものだ。

 だから内側には階段がある。


 俺は金属の階段を上り始める。


「無駄な抵抗は止めるんだ!」


 轟音と共にヘリが現れて、サーチライトで俺を照らす。


 眩しい。その光じゃねぇんだ。すっこんでろ!


 赤子を絶対に取り落とさないようにしっかりと抱きしめながら、俺は階段を駆け上がる。

 カンカンカンカンと金属が音を鳴らす。


 耳に届く俺が鳴らしたものではない音で警官隊が追ってきていることがわかる。


 まだ、まだ、まだ、まだだ!


 足を止めるな。走れ!

 走れ! 走れ! 走れ!


 息が上がる。

 足が重い。

 頭が回らなくなる。


 ぐらりと揺れた体を、手すりを掴んで立て直す。


 うるせぇ、現実。

 そんなもんは、俺は飛び越えて逃げてやる。


 上へ!

 もっと上へ!


 光がいち早く見える場所へ!


 上がりきる。

 ずっと足元を確認していた顔をあげる。


 昇ってきた朝日の光が目に飛び込んできた。


 ああ、光だ。

 明日を迎える希望の光だ。


 今日に絶望しかないというのなら、人はもう跳ぶしかないのだ。


 明日に向かって、跳べ!


 俺は壁の転落防止柵に向けて助走をつけると、その障害ハードルに向かって全力で地面を蹴り飛ばした。


 踏み切れ(テイクオフ)

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