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強盗に入ったら犯罪者の巣窟だった  作者: 二上たいら


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ハードル 02 クラッシュ

 ぐらぐらと意識が揺れる感じは、炎天下のグラウンドで練習をしすぎて熱中症になりかけたときに似ていた。

 あるいは質の悪い合成酒を飲み過ぎた後の宿酔い(ふつかよい)だ。


 意識は朦朧もうろうとしているが、自分が硬い床にうつ伏せに倒れているのはわかった。


 起き上がろうとした手に違和感がある。


 なにかが手に触れていた。


 床に倒れたまま、それを目の前に持ってきて、俺は倒れているのに腰を抜かした。


 それが赤黒い血で染まった調理ナイフだったからだ。


「ひっ」


 喉の奥が引き攣って音が鳴った。

 思わず取り落としたナイフが大理石の床でカラカラと音を立てた。


 血だ。

 鉄臭い血の臭いが、それがなにかのジョークグッズではないことを証明している。


 起き上がろうと床に突いた手がぬるりと滑る。

 俺の手にはまだ乾いていない血がべったりと付いている。


「ちがっ、俺じゃない」


 誰に言うとでもなく言い訳が口から漏れる。

 救いを求めて視線を彷徨わせ、そして自分のすぐ傍に倒れた人間がいることがわかる。

 俺が金を奪おうと追いかけていた男性と、もう一人は服装からすると女性だろうか。


 どう見ても死んでいる。

 血の気が完全に失せており、死後、ある程度時間が過ぎているのだとわかる。


 意味がわからない。


「俺じゃない」


 確かに俺は金を奪おうと思って男性を追いかけていた。


 だけどそれは男性にとって端金はしたがねだと思ったからだ。

 彼の人生にとって大きな痛手ではないだろうと思ったからだ。

 命まで奪おうと思っていたわけじゃない。


 だけど状況はどう見ても俺が金目当てに男性宅に押し入り、一緒にいた女性ごと殺害した現場だ。

 本当のところを言ったところで誰が信じる?


 この時代、防犯カメラは自分の身を守るためのライブカメラとしての役割が主だ。

 何故ならコンピューターの作る映像を偽物だと見分ける手段が追いついていないからだ。

 今の時代、映像はもはや証拠にならない。


 この室内にカメラが設置してあったとして、俺が殴り倒される映像があっても、俺が捏造ねつぞうしたと疑われるだけだ。


 心臓が掴まれたみたいに痛い。

 ずっと耳鳴りがしているようだった。

 わんわんわんわぁん。


 違う。

 これは耳鳴りではない。


 古い記憶にあった。

 まだ育児施設にいたころの記憶だ。


 そんな、まさかと思いながら、音の出所を求めて、俺は物が散乱し、激しい抵抗の痕跡が残る室内を出て、廊下から階段を昇る。

 音はどんどん大きくなる。


 疑惑は確信へと変わる。


 二階の分厚いドアの向こうから、音はくぐもって聞こえてくる。

 本格的ではないにしても、防音室のようになっているのだと思う。

 楽器を嗜むような等級の高い市民はそういう部屋を欲しがるという動画を見た記憶がある。

 重いドアを開けると、その音ははっきりと耳に届いた。


 一般成人ふつうサイズのベッドに、おそらく手作りで作られた落下防止柵が設置されている。

 その中で泣き叫んでいる小さな体躯。


 人間の赤ん坊だ。


「なんてこった」


 俺はその場で膝から崩れ落ちた。

 血に濡れた手で床を掻く。


 最悪だ。最悪だ。最悪だ。


 厚生労働省の公的な施設以外での育児は法的に認められていない。

 個人が妊娠し出産し育児するその全てがこの国では反社会的な重犯罪だ。


 俺は不快感から胃の中のものをすべてぶちまけた。


 確認したくもないが、つまり死んでいた男女は生殖器を切除されていないということだ。


 考えるにもおぞましい話ではあるが、男の生殖器を、女の生殖器に挿入し、吐精したということだ。


 なんて不潔で、けものじみた、非人間的な連中なんだ。


 彼らに対する同情は消え失せた。

 死罪も当然であり、警察が知れば直ちに逮捕され、裁判所は即刻判決を出しただろう。

 主文後回しでだ。

 あまりにも重大な社会に対する罪だから。


 問題は、問題は、問題は、つまり、この場に俺がいるということだった。


 関係者だと思われる。

 死罪に相応しい犯罪者を殺害したのだとしても、殺人犯は殺人犯であり、また殺害に至る関係性があったと思われる。


 最悪だ。


 なのに、どうして俺は赤ん坊を抱き上げてしまったんだ。


 いや、これは証拠品だ。

 俺が違法行為に関わっていたと疑われる違法な品だ。

 だから隠さなければならない。

 どこか遠いところで処分しなければならない。


 赤子を抱いたまま階段を降りた俺は、大理石の床でチカチカと光る個人端末に気が付いた。

 俺のものではない。

 死んでいる二人どちらかのものだ。


 通知が表示されていた。


『警察に通報があったらしいぞ。すぐに逃げろ』


 赤ん坊の泣き声に気を取られていたが、甲高いサイレンが近付いてきている。


「最悪だ!」


 俺は無意識にその端末を拾い上げて、自分で割った窓から外に飛び出した。


 失敗は連鎖する。

 俺は二つ目のハードルを破砕クラッシュした。

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