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強盗に入ったら犯罪者の巣窟だった  作者: 二上たいら


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ハードル 01 ヒット

 人生はハードル走に似ている。

 一度ハードルに激突ヒットするともう記録は出ない。


 そして一度ミスると雪崩のようにミスを連続でしてしまうものだ。


 そうだ、俺は金が欲しかっただけなのに。

 どうして血に汚れた手で赤子を抱いて走っているんだ?




 走るのは好きだ。好きだった。

 ハードル走が俺の生きる意味であり、生まれてきた理由だった。

 だが一度の事故、怪我でそれは終わった。

 五等市民に降格した俺は日雇いからしか職を選べない。


 今日は昨日の稼ぎを遊技場で使い切り、わずかな蓄えを引き出すために駅のATMに並んでいた。

 俺の前にいた男が操作を終え、驚くほどの大金を紙袋に詰めて鞄に入れている。


 キャッシュレス化が進んだ時代にこれだけの現金を?


 疑問に思うのと同時に思った。


 男が引き出した現金は、俺が一ヶ月に稼ぐ額より遥かに多い。

 着ている服も上等だし、靴、鞄、時計、どれも高級品に見える。

 おそらくはスコアの高い二等か、もしかしたら一等市民だ。

 いま引き出した現金など男からすれば大した金額ではない。


 そして怪我で現役を引退したとは言え、俺は走りに自信がある。

 少なくともただの市民に負けるはずがない。


 あの鞄を引ったくる隙さえあれば……。


 俺はATMを操作し、すぐに首を振ってカードを抜いて立ち去った。

 さりげなく男を追いかける。

 駅は流石に人が多くて犯行には及べない。

 定時を過ぎて明るい顔の連中がうろうろする中を縫うように進む。


 男は駅を出て高級住宅街の方に向かった。

 マンションではなく一軒家が建ち並ぶ区域だ。

 やはり等級の高い市民で間違いない。


 人通りは少なくなったが、高級住宅街には防犯カメラが多い。

 そのことが俺に二の足を踏ませる。


 行け。行くんだ。

 いや、止めておけ。絶対に足が付く。

 それがどうした。俺にはもう失う物なんてなにもないだろう。


 五等市民は、市民の中でもっとも低い等級だ。


 ひったくりで刑務所にぶち込まれたところで、等級が奪われたりはしない。

 つまりやり得だ。

 逃げ切れなくとも、捕まるまでの間は楽しめるだろう。


 ドッ、ドッ、ドッと心臓が早鐘を打っている。

 スタートの合図を待っているあの時みたいに。


 足は疼いた。

 怪我を恐れたのではなく、走ることへの期待に。


 だがここには号砲が無い。

 自らの意思でスタートを切らなければレースは始まらないのだ。


 行けよ! 勇気を出せ! 諦観を燃料に燃え上がる火だってあるだろ!


 だがどこまで行っても俺は落伍者だった。

 結局スタートを切ることもできずに、男だけがゴールへと辿り着く。


 男は鞄から鍵を取り出し、豪邸のドアを開けて、そしてドアは閉まった。


 俺は阿呆アホみたいにデカい家の前で立ち尽くしていた。


 なにをしているんだ、俺は。

 余計にみじめになっただけじゃないか。


 感情の重力に負けてこうべれる。


 自分の服装が目に入った。

 着古してシワだらけのTシャツに、薄汚れたジーンズ。

 靴だけは未練を表すようにピカピカのランニングシューズだ。


 みすぼらしい。

 俺のような服装の人間がきていい場所ではなかった。

 ただうろついているだけで通報されるに違いない。


 俺はきびすを返し、駅へと戻ろうとした。


 その時だった。

 ガタゴトと日常では聞かないような物音が家の中から聞こえてきた。


 それは人が争う音だ。

 安普請のアパートで住人同士が喧嘩した時に聞こえてくる音と同じだった。


 いや、だからどうしたって話だ。

 あの男が誰と喧嘩をしていようが俺には関係が無い。


 なのに気が付くと俺は玄関のドアを開けようとしていた。

 しかし当然ながら鍵が掛かっていて開かない。


 俺は庭に回り込んだ。

 物音は聞こえなくなっていた。

 庭に面した大きな窓から中を覗き込むと、奥の方で人が倒れているのが見える。

 うつ伏せで、ピクリとも動かない。


 窓に手をかける。

 開かない。


 俺は庭にあったプランターを窓に投げつけて割ると、ガラスの穴から手を突っ込んで鍵を開けて中に入った。

 飛び散ったガラスを踏みながら室内に入る。


 近寄ると倒れているのは、さっき俺が追いかけていた男性だとわかった。

 うつ伏せだが、服装がそうだ。


「お、おい、あんた」


 そう言った瞬間、後頭部に強い衝撃が走って俺は気を失った。


 俺は過ちという競技で、スタート一個目のハードルに激突ヒットした。

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