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第5話 魔物はいないのに、死者が出た

 朝、エルヴィンはいつも通りの顔で言った。

「死者が出ました」

 俺は一瞬、言葉の意味が分からなかった。

「……は?」

「魔物による被害ではありません」

 嫌な予感が、はっきりした形を持つ。

「あなたが昨日、判子を押した件です」

 胸の奥が、きしっと鳴った。

 亡くなったのは、村の若者だった。

 夜、家に戻る途中、旧道から転落。即死。

 魔物はいない。

 争いもない。

 誰かに襲われたわけでもない。

 ただの事故だ。

「前は、あの道を通らなかった」

 村人は言った。

「魔物が出るからな」

「夜は危ないって、分かってた」

 だが今は違う。

「最近は、何も起きてなかった」

「役所も“安全”だって」

「だから、大丈夫だと思った」

 誰も嘘はついていない。

 誰も間違ってもいない。

 それでも、人は死んだ。

「補償は?」

 遺族が、震える声で聞いた。

 エルヴィンは、静かに首を振った。

「本件は、魔物災害ではありません」

「国家補償の対象外です」

 空気が凍る。

「じゃあ、誰が責任を取るんだ!」

 怒鳴り声が上がる。

 俺は、何も言えなかった。

 何もしていないのに、

 俺のせいだという視線が集まる。

 エルヴィンは、淡々と続けた。

「規定通りです」

「誰も処分されません」

「誰も裁かれません」

 村人の怒りは、行き場を失った。


 その夜、俺は眠れなかった。

(討伐していない)

(判断もしていない)

(全部、規則通りだ)

 それでも、人は死ぬ。


 翌朝、俺はエルヴィンに言った。

「……一つ、提案があります」

 彼は少しだけ眉を動かした。

「内容次第です」

「旧道一帯を、魔物注意区域に指定してください」

「魔物は出ていませんが」

「分かってます」

 沈黙。

「実態は不要です」

「表示と制限だけでいい」

 エルヴィンは、しばらく考えた後、言った。

「可能です」

「理由は?」

 俺は答えた。

「人は、危険が“ある”場所では慎重になります」

「危険が“ない”場所では、勝手に死にます」


 数日後。

 旧道には柵が立ち、札が下げられた。

『魔物注意区域

 夜間立入禁止』

 魔物はいない。

 一匹も。

 だが、誰も通らなくなった。

「魔物がいるなら仕方ないな」

 村人はそう言った。

 それで、事故は止まった。

 業務記録には、こう残った。

『当該区域、再発防止完了』

 俺は、その文字を見つめて思う。

(俺は、魔物を倒さなかった)

(でも――

 “魔物がいること”を、

 利用してしまった)

 エルヴィンが、隣で言った。

「これが、この国のやり方です」

 俺は答えなかった。

 この国で一番怖いのは、魔物がいる場所じゃない。


 魔物がいないのに、人が安心してしまう場所だ。

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