第4話 勇者が来たので、受付票を渡しました
その勇者は、堂々とやって来た。
赤い外套。
煌びやかな剣。
背中に大きな紋章。
村の入口で、誰もが一目で分かった。
「あれは……勇者様だ」
ざわめきが起きる。
子どもが目を輝かせ、大人が一歩下がる。
――分かる。
俺も、数日前までなら同じ反応をした。
勇者は馬を降り、剣の柄に手を置いたまま言った。
「聞いたぞ。この国では魔物が暴れているそうだな」
エルヴィンは、一歩前に出た。
「現在、当該地域での人的被害は確認されておりません」
「ならば良い!
被害が出る前に、俺が討ち払おう!」
勇者は笑う。
自信に満ちた笑顔。
悪くない人間だ、というのが分かるのが逆につらい。
勇者の常識、この国の非常識
「どこに向かえばいい?」
「許可証をお持ちですか」
エルヴィンの一言で、空気が止まった。
「……は?」
「魔物討伐に関する行動には、事前の申請が必要です」
勇者は俺を見る。
助けを求める目だ。
「冗談だよな?」
「割と本気です」
俺が答えると、勇者は眉をひそめた。
「魔物を倒すのに、許可がいる国なんて聞いたことがない」
「俺も来たばっかりの頃はそう思いました」
勇者は、少し苛立った声を出す。
「時間が惜しい。
スタンピードが起きるかもしれないんだろう?」
「起きました」
「なに!?」
「昨日、通過しました」
「……被害は?」
「ゼロです」
勇者は言葉を失った。
書類で止まる最強戦力
「冗談はやめろ。
俺は魔王軍と戦ってきた。
この剣で――」
「では、こちらにお名前を」
エルヴィンは、紙を差し出した。
魔物対策行動申請書(個人)
「……書けと?」
「はい。所属国、目的、活動範囲、
討伐の要否を選択してください」
勇者はペンを持ったまま固まる。
「討伐の……要否?」
「“要”に丸を付ける場合、理由と想定被害軽減率の記載が必要です」
「……倒すからだ!」
「“倒したい”は理由になりません」
俺は心の中で、前世の会議を思い出していた。
勇者、初めての敗北
「ふざけるな!」
勇者が声を荒げる。
「俺は人を守るために来た!
紙切れ一枚に止められると思うな!」
空気が張り詰める。
村人が一歩下がる。
だが、エルヴィンは一切動じなかった。
「分かります」
「……は?」
「あなたのような方は、これまで何人も来ました」
静かな声だった。
「そして皆さん、同じ結果になっています」
「どういう意味だ」
「――何もする必要がなかった、と」
書類の威力
エルヴィンは、別の紙を取り出した。
近隣地域環境調整結果報告書
「昨日の時点で、危険要因はすべて“通過済み”です」
「……つまり?」
「あなたが剣を振るう場所は、もう存在しません」
勇者は、剣を見た。
自分の誇り。
これまで幾度も人を救ってきた刃。
だが、その刃を振るう対象が、この国にはいない。
「……俺は、無駄足だったのか?」
「いいえ」
エルヴィンは首を振る。
「あなたが来てくれたことで、村人は安心しました」
「なら――」
「ただし」
きっぱりと言い切る。
「あなたが戦わなかったからこそ、この安心は、来年も続きます」
勇者の選択
長い沈黙の後、勇者は剣を鞘に収めた。
「……信じられない国だ」
「よく言われます」
勇者は、俺を見る。
「お前は、それで納得しているのか?」
俺は少し考えた。
「正直、最初はムカつきました」
「だろうな」
「でも――
剣を抜かなくて済むなら、
その方が楽です」
勇者は、苦笑した。
「俺は、剣を抜くために生きてきた」
「ここでは、抜かない方が評価されます」
「……向いてないな」
そう言って、勇者は笑った。
勇者が去った後
勇者は、申請書を書かずに去った。
誰も引き止めなかった。
村は、いつも通り。
畑も、道も、空も。
俺は、ぽつりと言った。
「……勇者って、必要なんですかね」
エルヴィンは答えた。
「必要な国もあります」
「この国では?」
「制度の方が強い」
俺は、深く息を吐いた。
どうやらこの国では、
勇者ですら――
受付で止まるらしい。




