焼き肉屋の配膳ロボットがサービスで持って来たチゲスープの謎を俺達の友情で解決する件
焼肉屋の店内を入った瞬間、静かだなと思った。前だったら店内を響くくらいの「いらっしゃいませー」と言う声が聞こえていたはずなのに。
そう思っていると店内をマイペースに走る配膳ロボットが見えた。なるほど、こいつがいるから店員が少ないんだろう。
「おーい、辰真! こっち!」
先に着ていた友人たちが手を振っていたので、俺はそこのテーブルへと向かおうとすると配膳ロボットと鉢合わせしてしまった。横に移動したがタイミングよくロボットも同じ方向に動いてしまった。これではトウセンボウである。
「どいてください」
「あ、すいません」
思わず謝ってしまった。結局俺がどく前にロボットの方が澄ました感じですり抜けて行ってしまった。ご迷惑をおかけしました。
友人、龍雅と竜太の方へ行くと「ロボットに怒られてやんの」「ダメじゃん、辰真」と笑われた。
龍雅と竜太三人は小さな頃から一緒に遊んでいた腐れ縁で、三十歳になった今でも飲み会したりして遊んでいる。本日は焼き肉屋で飲み会だ。数年前に何回か訪れたことがあったが、いつの間にか配膳ロボットというハイテク機器が導入されていた。
竜太が「配膳ロボット、見たことある?」と聞かれ、俺は「あるよ」と言った。
「でもファミレスでは見たことあるけど、焼き肉屋では初めてだな」
キュルキュルとモーター音を鳴らして走る配膳ロボットを眺めながら、タブレット端末を手に取った。店員を呼ばないでタブレットで注文するのも、最初は驚いたけど今は慣れて日常になっている。
「なんかSFみたいだな」
「そうだよな。ドラえもんの未来の世界にいるみたい」
「そうか? まだまだSF世界からほど遠いぞ」
俺と龍雅の会話に竜太は懐疑的に言った。そしてどういう事だ? と思っている俺からタブレット端末を取って、何やら操作する。そして俺に返した。
「辰真も来たことだし、そろそろ焼肉の網を変えるか」
すでに二人で焼き肉を食べていたので、網には炭がこびりついていた。そろそろ替えた方がいいだろう。焼き肉が好きで一人でも行く竜太は焼肉奉行なのだ。
すると店員がやってきて「網、替えますねー」と言って炭だらけ網から綺麗な網に取りあえて言った。
店員が去って行ったのを確認して「ほらな」と竜太は言った。
「網を変えるのは人力なんだからSFの世界には程遠いよ。まあ、SFの世界に焼肉なんて野蛮な食事なんて出ないし」
「夢の無い事を言うな!」
龍雅が怒りながら新しい網で肉を焼いて行く。竜太も肩をすくめながら肉を置いて行き、俺はメニューを頼むためタブレット端末を眺める。
そんな時、ギャアギャアと賑やかな声が入り口と奥のテーブルから聞こえてきた。
「おーい! こっち、こっち!」
「よっしゃー、肉食うぞ! 肉!」
「あ、ロボットいるじゃん! ロボット!」
ハイテンションの若者達が入店して来た。
「うるせえな、あいつら」
「昔の龍雅を見ているようだな」
「本当だな。龍雅もあんな感じでうるさくしていたな」
「そこまでうるさくしてねえよ! 若い頃の俺は」
俺と龍太は「どうだか」と言い、若者たちを見る。
確かに俺達も若い頃はうるさいけど、かき消すくらいの「いらっしゃいませー!」の店員の声が響いた気がする。だが店員の少ない静かな店内なので若者の声はよく聞こえた。
*
メニューを頼んで先に頼んであったカルビ肉を焼いて行き、食べていく。
「おい! 龍雅、これは俺が育てていた肉だぞ」
「俺達三人の友情で焼いたら、これは俺のだ!」
「意味が分からないよ、龍雅」
「はいはい、たんとお食べ」
「お祖母ちゃんかよ、竜太」
そんなやり取りをしながら焼肉を食べていったが、やがて無くなってしまった。着てすぐに注文したメニューもまだ届かないので、手持ち無沙汰になってしまった。しかも俺、お酒がまだだし。
俺は「お手洗いに行ってくる」と言って立ち上がる。
「おう、行ってらっしゃい」
「あいよ。あーあ、肉が無いと暇だぜ」
龍雅と竜太は手を振りながら俺を見送ってくれた。
トイレに向かっていると厨房の方で「どいてください」「どいてください」と言うロボットの声が聞こえてきた。
チラッと厨房を見ると三台の配膳ロボットは一列に並んで「どいてください」と言っていた。どうやらここで注文したメニューを配膳ロボットに置いていくのだろうけど、まだ店員がまだ準備が出来ていないので渋滞が起きている。
なんか無機質な声を出しながらロボットが立ち往生しているのを見ていると、切なくなってくるな。どうしてだろう、ロボットには感情無いのに……。
お手洗いが終わると「あー! なんだこれ!」と叫ぶ声が聞こえてきた。声のする方を見ると入り口で騒いでいた若者達だ。
「このキムチ、辛い!」
「何だよ、これ。市販の奴より辛いぞ!」
「水、くれ! 水!」
「何で、先にキムチのメニューを大量に頼んでおいたんだよ」
どうやらこの焼き肉屋の洗礼を受けたようだ。そう、ここの焼き肉屋はキムが異常に辛いのだ。
竜太に教えてもらったから俺は食べたこと無いけど、龍雅は「本当かよ?」とチゲスープを注文して食べた瞬間、悶絶していた。卵やチーズを乗せても際立つ辛さらしい。
でも龍雅はヒイヒイ言いながら完食したので、是非とも未来を担う若者達も頑張って完食ほしい。
そう思いながらテーブルに着くと龍雅が「まだ肉来ていないんだけど」と文句を言っていた。
「さっき厨房を覗いていたら、配膳ロボットは渋滞していたからな」
「ロボットめ。指示待ち人間かよ。メニューが出来るのを待つ以外にやることがあるだろ」
「無理だろ」
そうしていると、ようやく配膳ロボットが料理を運んできた。指示待ちロボットだろうと、こうして動いているとちょっとワクワクする。
そう思いながら見ていたのだが、突然ロボットの車体がガタンっと何かに乗り上げて斜めになった。倒れることは無かったが、車体は大きく傾いていた。
そんな不幸な状況でも配膳ロボットは健気にやってきて、俺達のテーブルに着いた。
あ、なんか嫌な予感がする……。
『料理を取ってください』
「おい、その前にいう事があるだろうが」
「やめろ、龍雅! ロボット相手にカスハラするな!」
俺が諫めるが、龍雅は「カスハラじゃない、真っ当なクレームだ」と力説する。
確かに俺は諫めたが、龍雅がクレームを言いたがるのも無理はない。配膳ロボットのお盆に乗せられたわかめスープがこぼれて、料理や肉の一部がかかってしまった。
俺と龍雅は濡れていない料理や肉を置いて、竜太は冷静に店員を呼んだ。
「申し訳ございません! すぐに新しい料理を持ってきますね!」
店員は配膳ロボットが持って来た料理の惨状を見て、すぐさま適切な謝罪と対応をしてくれた。ついでに乗り上げた原因である床に落ちていた乱切りされたキュウリの浅漬けも回収して、店員に処分を頼んだ。
これでようやく肉も来て網で焼き始められる。ここまで結構長い時間がかかった……。
竜太は肉をひっくり返しながら、口を開く。
「焼き肉店とか居酒屋って配膳ロボットを使うのは無理なんじゃないかな?」
「そうか? ファミレスでは問題なく出来ているじゃん」
「ファミレスって料理を持ってくる回数って一回から二回くらいだろ? だけど居酒屋や焼き肉屋っていろんなツマミとかお酒をドンドン持ってきて、ファミレスよりも持ってくる回数は多いぞ」
「なるほどね。しかも居酒屋や焼き肉屋のメニューは細々しているけど、冷凍食品じゃ無い物もあるからな。焼き肉屋の肉だって切らないといけないし、結構調理作業が多いのかも」
「しかもロボットって一回に持ってくる時に複数のテーブルを配膳できないから滞るんだ。あと酔っ払いが落としたツマミがそのままでロボットが乗り上げる事故も起きて、メニューを零すし」
竜太はため息つきながら「それなのに」と言った。
「配膳ロボットを導入したからなのか分からないけど、ここの店の店員が以前より少なくなっているんだ」
竜太が指摘した直後、厨房から店員が出てきて網を変える道具を持ってあるテーブルに向かってきた。 この店員、俺達の料理を替えてくれた人と同じだ。厨房で料理を用意しているのに、こうして呼ばれて大変そうだ。
「確かにここはロボットを導入しない方がいいかも。それでもって言うなら、人員を減らさない方がいいかもな」
「まあ、人件費削減を考えている本社の奴らにとって聞きたくない意見だな」
龍雅はそう言いながら焼けた肉を食べる。現場を分からない本部と言うのはよくある話だ。
お酒を飲みつつ、肉とわかめスープを食べる。味はうまいし、値段はリーズナブル、キムチなどの辛いメニュー以外は良いんだけどなー……。
そう思っていると前回、来なかったメニューを持って配膳ロボットがやってきた。
「……あの事故があると、保育園時代の姪っ子のお手伝いを思い出すな」
「龍雅、それは姪っ子に失礼だろ。少なくとも姪っ子は『料理を取ってください』なんて言わないで、ちゃんと料理をテーブルに置いてくれるだろ」
「それもそうか。だけど手伝いした後、姪っ子は『龍雅お兄ちゃん、お小遣いちょうだい』って言うから、その点はロボットの方が慎ましい気がする」
「姪っ子、ちゃっかりしているな」
そんな話をしているとロボットは俺達のテーブルに到着して『料理を取ってください』と言ってきた。俺達もそれに従ったが、配膳された物を見ると戸惑った。
「あれ? 俺達、激辛チゲスープを頼んだっけ?」
*
カルビ肉や牛タンなどの肉、竜太や龍雅のご飯やじゃがバターなどの品々の中になぜか頼んでないチゲスープがあった。
「こ、これは、俺のトラウマ! 何でチゲスープがあるんだ? 誰か注文したか?」
「お前じゃないのか、龍雅? 何かゲームやろうぜって負けたら罰ゲームでって感じで」
「いや、それは無い。注文を見たけど、頼んでいないぞ」
タブレット端末を見せながら龍太は答えた。画面は注文履歴が映し出されており、メニューには辛いメニューは無かった。
俺は「じゃあ、注文ミス?」と言いながら、チゲスープも一緒に取った。だが少し冷めている感じがした。そして全部の料理をテーブルに置いて、ロボットを帰らせた。
竜太は「このチゲスープって配膳ロボットの何段目にあったんだ?」と聞いた。配膳ロボットにはメニューを運ぶ三段お盆があるのだ。
「真ん中の二段目。俺のご飯の隣にあった」
「じゃあ、誰かが残して置いた奴じゃないか」
龍雅は「どういう事?」と聞くと、竜太は他の配膳ロボットを指さした。
せっせと料理を運んでいる配膳ロボットだが一番下の三段目には乱雑に置かれた食器が積まれていた。
「三段目は客が食べて空になった皿が置かれているんだ。でも店員は忙しいのか回収しないで、そのままにしていることがあるんだよ」
「……大変だな、店員もロボットも」
「ああいうのを見ると、何で胸が締め付けられるんだろうな」
回収されない食器と一緒にメニューを届ける配膳ロボット。何だか、可哀そう気がしてきた。でもチゲスープは二段目で注文したメニューと一緒にあったから違うだろう。
何も気にしないで竜太はカルビを網に置きながら、「逆はあるんだよな」と話し出す。
「時々、移動している配膳ロボットから他人の料理を取って行く馬鹿がいるんだよ」
「あー、それ、ネットでもやっていたな。ファミレスだけど」
人だとそういう事は起こらないけど、ロボットだとそういう奴が出てくる。よくよく考えると、こういうロボットを使って配膳するって事は客の品位が求められるな。あ、だからSFの理想郷というかユートピアみたいな物語に出てくる奴らって上品なんだ。
俺がアホな考察をしていると、ある事を思い出して後ろを見てハイテンションな若者のテーブルを見る。彼らは入店して来たよりも静かだった。
ちょっと考えながら俺は二人に耳打ちする。
「……あのさ、俺がスマホを向けるから、リモートしているように演技してくれないか」
「はあ? 意味わからないけど」
「お願い。このチゲスープを置いた犯人が分かるかも」
訝し気に俺を見たが、二人は「分かった」と了承してくれた。
早速、スマホを向けると龍雅と竜太は「いえーい、お前の肉を食っちまったぞ」「飲み会行けなくて残念だったな」と言いあう。
俺はこいつらを撮っている振りをしながら、俺はカメラのズーム機能を使ってハイテンションだった若者達を見た。
ちょうど配膳ロボットが若者のテーブルを通り過ぎる。その瞬間だった。
「分かった。チゲスープを置いた犯人」
「何となく、分かった」
「あいつらか」
俺達が話しているとタイミングよく配膳ロボットが通り過ぎた。二段目のお盆にはキムチの小鉢が置かれている。そして到着したテーブルの人たちが不思議そうな顔でキムチを見る。
「え? 誰かキムチ、頼んだ?」
「いや、頼んでないぞ。マジで辛いじゃん、これ」
戸惑っていたが、キムチを配膳ロボットに置いて戻した。そっとハイテンションだった若者達のテーブルを見るとちょっと気まずそうな感じで目があったがすぐに逸らした。
そう、こいつらが犯人である。
恐らく市販の辛いメニューと思って大量に頼んだのだろう。だがここの辛いメニューは数段階レベルが高い。こいつらは無理と判断して、配膳ロボットが通り過ぎた時にそっと置いたのだろう。
「まだまだ伸びしろがあるって事かな?」
そう言いながら竜太はいい焼き加減に肉を食べていく。
「伸びしろってロボット? それとも人間か?」
「さあね」
俺の質問に竜太は肩をすくめて答え、龍雅は「肉、うめえ」と食べながら堪能していた。
実を言うと、この物語は私の実体験で職場近くの焼き肉屋に行くと配膳ロボットがいたんですが、まあまあトラブルが多かったんです。配膳ロボットが厨房前で一列に並んで「どいてください」と言ってメニューを待っていたり、食べこぼした食品に乗り上げて配膳ロボットが盛ってくるメニューの皿が割れたり(現実の方が悲惨)していました……。そんな時に配膳ロボットが注文していないメニューを持ってきたので、店員に確認した時、「注文ミスですね。お金は取らないので食べてください」と言われ、ラッキーと思って食べました。でも焼き肉屋から帰った後、もしかして……誰かが勝手に置いたメニューだったりして……とちょっと背筋が凍りました。ちなみに健康被害は無いです。