2話
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受付嬢がギルド長を連れて戻ってくると、目の前でミストレアが十歳の少年に泣きながら抱きついている光景が広がっていた。
「よかった本当に……」
「え!? なんですか!?」
周囲にいた野次馬の冒険者たちでさえ、開いた口が塞がらず、ただ茫然と立ち尽くしていた。
「あ、あのミストレアが……」
「あのガキなに者だよ?」
リゼルは訳が分からず、ミストレアを引き剥がそうとするが、物凄い力で抱きしめられており、ビクともしなかった。
「あ、あの。 一旦離して……」
ミストレアの温かい体温が伝わってくると、リゼルはどこか懐かしい感情が湧いてきた。 しかし、自分の記憶の中に彼女との思い出など一切ない。
きっとこの人は誰かと勘違いをしているのだろう、と自己解釈し、ミストレアが満足するのをじっと待った。
否、自力では離せないので、諦めたのだ。
すると、ミストレアはリゼルを脇に抱え上げた。
「──え?」
リゼルが困惑した表情を浮かべる。
「すまない、急用ができた。 魔物の代金は後程取りにくる」
受付嬢にそう言い残して、ミストレアは破竹の勢いで冒険者ギルドを駆け出していった。
リゼルはミストレアに連れられ、街外れの森の中にいた。
「ここまでくれば人はいないだろう」
そう言って、ミストレアはリゼルを下ろす。
「あ、あの……僕何かしてしまいましたか?」
リゼルは後退りながら、ミストレアの様子をうかがった。
人気のない森の中に連れてこられ、警戒するなという方がおかしな話だった。
しかし、リゼルの予想とは反してミストレアはまるで紳士のように気品のある動きをみせた。
「すまない、怖がらせるつもりはなかったんだ」
ミストレアはリゼルの右手を両手で包み込むと、膝をついて目線を合わせた。
「私はずっと君の事を探していたんだ」
「僕を?」
「自己紹介が遅れたね。 今はミストレアと名乗っている。 呼びやすいようミアで構わない」
「ミアさん。 僕はリゼルと言います」
「リゼル……そうか。 いや、いい名前だ」
ミストレアは一度悲しげな表情を浮かべたが、すぐに微笑んだ。
「ミアさんは何者なんですか?」
「Sランク冒険者をしている。 怪しい者ではないから警戒しないでほしい」
「それで……どうして僕を?」
「その様子だと何も覚えていないみたいだね」
どういう意味だろうか、リゼルは頭の中でミストレアの言葉を反芻した。
ただ分かるのは彼女が自分について何かを知っている口ぶりだということ。
ミストレアは一度俯き、すぐになにかを吹っ切ったように顔を上げた。
「少し、昔話をしようか」
二人は近くの倒木に腰掛けた。
「物語の始まりは、聖獣と魔獣の長い戦いの中にある」
静かな森の中で、ミストレアの美しい声だけが響いた。 物語を語るその声はまるで天女の歌声にも聞こえた。
しかし、その内容は心地良さとは相反するものだった。
「聖獣は神が人々を魔の者から守る為に神界から遣わせた存在だと言い伝えられ、その力はまさに神そのもの。 そして、八体いる聖獣の能力はそれぞれ、選ばれし人間に宿る」
「魔獣と同じ……」
「今からおよそ、十年前。 アルディナス王国に聖獣の力を宿す子供が誕生した。 その体には聖獣の紋様が刻まれ、人々を守る希望と言われていた。 しかし、敵国であるエルドキアス帝国がその力を奪おうと戦争を仕掛けた」
「戦争!?」
ミストレアは静かに頷き、問題はそれだけじゃないと、続けた。
「エルドキアスは密かに聖獣と相対する存在、魔獣の力を宿す人間を操っていた。 魔獣は聖獣の力でしか倒すことが出来ない、強力な化け物。 奴らはアルディナスの万の軍勢に対して、たった五人で軍を滅ぼし、世界中にこう宣言した」
【我々は聖獣を宿す聖騎士。 魔獣を手にする反逆者たちを打ち滅ぼすものなり】
「滅ぼしたなんてそんな……」
「いつの世も目的は手段を正当化するんだよ」
ミストレアは一枚の紙を取り出した。
そこにはリゼルと全く同じ漆黒の紋様が描かれていた。
「これは……」
「エルドキアスは人々を騙す為に魔獣の紋様と偽りこの紙を交付した。 つまり、エルドキアスは魔獣を宿す騎士を聖獣だと偽り、本物の聖獣を世界の敵だと認識させ、民衆の力を利用した」
「そ、そんな……」
民衆が紙に描かれた紋様を発見すれば、魔獣だと認識し、兵士に報告する。 弱者の防衛本能を利用した画策だった。
世界中にいる聖獣の宿主は民衆の目から隠れる必要があり、エルドキアスは躍起になって捜索しているという。
「奴らの狙いは、本物の聖獣を手中に収め、世界を支配しようとしている」
「じゃあ、アルディナス王国は今魔獣を宿す騎士が支配しているってことですか? 人々はそれを聖獣だと勘違いして」
「そう言う事だ。 しかし、この真実はほんの一部の人間しか知らない。 知れば、エルドキアスに消されるからな」
「ええ! 僕も消されちゃうじゃないですか!」
「大丈夫。 君は私が守るから」
ミストレアはリゼルの手をそっと握り、巻かれている布を剥がした。
「君に刻まれたこの紋様は、本物の聖獣の証。 リゼル、君がアルディナスに生まれた聖獣を宿す子なんだ」
「僕の中に……聖獣が」
「私の目的は全ての聖獣の宿主を見つけ出し、エルドキアス帝国を滅ぼすこと。 そして、世界に真実を告げることだ」
ミストレアが言っていることが真実かどうか判断することは出来ない。 しかし、嘘を言っているようには見えなかった。
「リゼル、君にお願いがある。 私に君の力を貸してくれないか? 私には君の力が必要なんだ」
ミストレアの言葉にリゼルの心臓は強く脈を打った。
「僕なんかが役に立てるでしょうか? こんな僕でも……」
リゼルの言葉を遮るのようにミストレアは手を握った。
「君じゃなきゃダメなんだ。 他でもないリゼル、君が必要なんだ」
リゼルは自分の腕に刻まれた紋様を見て考える。 今まで、この姿のせいで誰からも愛されず忌み嫌われてきた。 呪われた子だと蔑まれ、自分が生きている理由すら分からなかった。 役立たずだと言われ続けてきた。
この世に生まれてきてはいけな存在なのだと思っていた。
しかし今、目の前には自分を必要としてくれる人がいる。 それは凄く嬉しい。
それでも、未だ半信半疑の中、信じきることが出来ない。 また、役立たずだと言われ一人ぼっちになるかもしれない。 自分は騙され、利用されるだけなのかもしれない。
こんなことを思うのは失礼だと理解しているが、どうしても首を縦に振れなかった。
「ぼ、僕は……」
「すまない。 君を困らせる気はなかったんだ」
「ごめんなさい。 僕怖いんです……また捨てられるんじゃないかって」
「良かったら聞かせてくれないか? その理由を」
首を少し傾け、優しく微笑むミストレアの姿にリゼルは目を奪われた。
森の中に咲く一輪の花のように美しいミストレアに今更ながら照れ臭くなり、俯きながら自分の過去を話した。
「──なんだそれは!」
ミストレアはリゼルから村の話を聞くと、怒鳴り声と共に立ち上がった。
「お、落ち着いてください! ミアさん!」
「これが落ち着いていられるか! 今からその村に説教しにいって──」
「僕は大丈夫ですから! 確かに村での生活は辛かったですが、今はもう吹っ切れてます。 だから大丈夫なんです」
ミストレアの怒りを納めるが、納得できていないと言わんばかりの表情で腰を落とした。
「リゼルがそう言うなら仕方ない。 今は我慢しておいてやろう」
「そ、そうしてください」
だが、とミストレアはリゼルの頭に腕を回し自分の身体へと引き寄せた。
「ちょ、ミアさん!」
「もう、絶対君を傷つけさせない。 辛いことも苦しいこともすべて私が受け止める。 どんな敵からも君を守ってみせる。 だから、我慢なんてしなくていいんだよ」
頭を撫でる優しい手と心地い音色を刻む心音に、リゼルの瞳から自然と涙が零れだした。
「あ、あれ……なんで? 僕はだいじょうぶ……う、うっ」
「大丈夫。 私がそばにいる」
ずっと聞きたかった言葉であり、ずっと求めていた温もりをミストレアはくれた。
会ったばかりであるはずなのに、どうしてここまでしてくれるのか考えようとしたが、張り切ってしまった情動の針を戻すことが出来ず、今はただ、思いっきり泣きたいと思ってしまった。
数分、ミストレアに抱かれ涙を流したリゼルは今更ながら頬を赤く染めて離れた。
「ご、ごめんなさい! みっともない姿をお見せしてしまい」
「いや、構わないよ。 むしろ私の胸であればいつでも貸すさ」
ミストレアは両手を広げクスッと笑った。
「か、揶揄わないでください! 子供じゃないんですから!」
「揶揄ってなどいないよ。 君の頼みとあらば私はどんなことだって出来る。 試しに何かお願いしてみてくれないか?」
「お、お願いって言われても……」
リゼルは少し考えた後、じゃあ一つだけと続けた。
「聖獣の力の使い方を教えてください!」
すると、ミストレアはクスクスと笑った。 クールで落ち着いた雰囲気のある彼女だが、笑うと少女のような可愛らしさがあった。
リゼルはその笑顔を見て、なぜか少しだけ嬉しくなった。 それと同時に楽しくもあった。
自分が誰かとこんな会話ができる日がくると思っていなかったからだ。
「僕なにかおかしなこと言いましたか?」
「いや、すまない。 なにを言われるかと思ったら、リゼルは真面目なんだね」
「自分の目で確かめてみたくて……ダメ、ですか?」
「もちろん大丈夫、と言いたいところなんだが、あいにく私には聖獣の力がなくてね。 詳しい使い方は分からないんだ」
「そうですか……この力が使えるようになればと思ったのですが」
「確かに使えるようになればそれは大きな戦力になる。 でも、焦らなくていい。 ゆっくりでいいんだ。 人生の道は後ろにしかないけれど、これから創る未来は共に紡げる。 近くで見られなかった君の成長を隣で少しずつ見たい」
ミストレアは優しくリゼルの髪をすくようにして撫でた。
「あ、あの……恥ずかしいです」
「頭を撫でられるのは嫌いかい?」
「分からないです。 今まで撫でられたことがなかったので。 でも、嫌いじゃない気がします」
「そうか、なら良かった」
少し髪が長いようだね、とミストレアは言って細い糸を取り出した。
リゼルは自分の髪型など気にしたことがなかったので、長いかどうか分からなかった。
ミストレアは取り出した糸で、襟足の伸びたリゼルの黒髪を結った。
「これで邪魔にならないと思うよ」
「あ、ありがとうございます」
人に何かをしてもらう感覚に胸の辺りが少し痒くなった。 しかし、そのむず痒さも心地良いと思った。
「さっきの話に戻るけど。 聖獣の力の使い方は分からないが、どうだろう? 一緒に使い方を探ってみるのは? 私も戦闘においては多少の心得がある。 魔物や人間との戦い方なら教えられるし、なにより私の言葉が真実かどうかの確認にもなる」
「ぜひ、お願いします!」
リゼルは食い気味に即答した。
Sランク冒険者の人から直接戦い方を教えてもらえるなんて、と期待に胸を膨らませた。
「それじゃ、少し冒険に出掛けようか」
一方その頃、冒険者組合の調査員の一人が新種のワイバーンが辺境の村で倒されたことを報告していた。
冒険者組合とは、各国に点在する冒険者ギルドを管理する存在であり、その仕事は新種の魔物調査や、ダンジョンの鑑定、素材の研究、大陸の発見と多岐にわたる。
事の発端は、とある辺境の村人が冒険者ギルドに魔物の買取を依頼したことだった。
それは、漆黒の鱗を持つワイバーン。 現在確認されているワイバーンは赤茶色の鱗を持っており、Cランクの魔物だ。
しかし、その漆黒のワイバーンの鱗の強度は容易にAランクの魔物を超え、素材としての利用価値も高かった。
組合員の男は、ワイバーンの報告書を一瞥しながら運ばれてきた死体を凝視する。
「これを倒したのは誰だったかな?」
「なんでも、一人の少年が倒したとか」
男は顎に手を当て部下を見ると考え込む。
「その情報は本当か? このワイバーンを子供が倒したとは思えないんだがな」
「村人の報告ではそのようです」
「ふむ。 たった一撃でAランク超えの魔物を屠ったのか」
男は報告書を部下に渡す。
「一度その村に行ってみる必要がありそうだな」
「村にですか?」
「ああ。 この報告書が事実だとしたら、世界で11人目となるSランク冒険者の実力がありそうだからな」
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