13話
一時間ほど前、酒場にて。
ロンドはグラスに入った氷を転がしながら、酒をグイッと飲んだ。
「巻き込んじまって悪かったな」
「いや、こちらこそなにも出来ずすみません」
「そう畏まらないでくれ。 背中が痒くなる。 それにむしろなにもしないでくれて助かった。 ありがとう……あんたら良い奴だな」
鉱夫たちはアルマと共に散らばった酒やガラスの破片を掃除していた。
ロンドはそれを眺めてため息を吐いた。
「また、あいつにカッコ悪いところを見せちまった」
リゼルはミストレアの隣からひょこっと顔を出して訊ねた。
「あの子は誰なんですか?」
「ん? ああ〜難しい質問だな。 俺たち鉱夫の子かな?」
「鉱夫の子?」
「名前はララティア。 俺たちの前に突然降ってきた宝だ」
ロンドは街のことを話し始めた。
「この街は俺たち鉱夫と職人たちで築き上げ、それはもう栄えていた」
四年前。
ガジャルドの近くには五つの鉱山があり、鉱夫たちは毎日のように街で必要な資源を掘り出していた。
職人が物を作り、鉱夫が裏で支える。 決して、表には出ない役者だが、それでも立派な街の一員だった。
ある日、鉱夫たちが昼食を取っていた時、林の中から一人の子供が現れた。
「おい、お前迷子か?」
一人の鉱夫がその子供に話しかけると、ザッと野生動物のように草の中に隠れた。
しかし、数秒後にはゆっくりと顔を出し、指を咥えてなにかをジッと見つめていた。
白みがかったブロンド髪に、宝石の如き美しい大きな翡翠色の瞳を向けて。
鉱夫は子供の視線が昼食の弁当に向けられていると理解した。
「食うか?」
「──そんなガキほっとけ」
鉱夫の後ろからロンドが声を掛けた。
「でもよぉなんか可哀想じゃんか」
「可哀想な奴はこの世界にたくさんいんだろ。 いちいち拾ってたらきりがねぇぞ」
鉱夫たちはロンドに視線を向ける。
「な、なんだよ……」
「人でなし」
「悪魔」
「ゴブリン顔」
「──お〜してめぇらかかってこい! 全員まとめて相手してやる!」
ロンドは立ち上がり腕を捲る。
すると、子供はクスクスと両手で口を隠しながら笑った。
「おい! 笑ったぞ!」
「天使じゃねぇか!」
その声に子供は草の中にまた隠れてしまった。
鉱夫たちはニヤニヤと笑いながら再度ロンドに視線を向けた。
「あ〜もう! わーたよ! 勝手にしろ! でも俺はぜってぇ面倒見ねぇからな!」
ロンドは不貞腐れたような表情で、腰を下ろし、弁当を手に持った。
「お〜いでておいで。 なにもしないから〜」
鉱夫が呼びかけるも、警戒しているのだろう子供は出てくる素振りすら見せなかった。
しかしその時、草むらの中から大きな腹の虫が鳴いた。
「腹減ってんだろ? 一緒に食べようぜ!」
鉱夫たちは弁当を差し出して誘った。
すると、子供はゆっくりと草の中から顔を出し、テクテクと鉱夫たちの間を通り、ロンドの前で止まった。
「──んだよ? 俺のはやらねぇぞ」
子供はなにも言わず、ただロンドを見つめ続けた。
「あー! もうしょうがねぇな! そんな見てたら食いづれぇだろ!」
ロンドは子供を隣に座られ、アルマが作った弁当を渡した。
しかし子供はスプーンの持ち方が分からず、上手く掬えなかった。
その姿を見かねたロンドは、ため息を一つ吐き捨て、子供からスプーン取り上げると、一口ずつ食べさせてあげた。
子供は頬を膨らませながら一口食べると、腕をブンブンと上下に振って目を輝かせた。
「ん? 美味いか? アルマの料理は世界一だからな」
「あ〜〜」
子供は大きく口を開き、もう一口催促するようにロンドにねだった。
鉱夫たちはその様子を温かい瞳で眺めた。
「──そんな目で見るな!」
「良い親子じゃねぇかよ〜」
「ガキなんかいらねぇよ!」
「おい!」
あっ、とロンドは口を押さえて子供を見る。
その刹那、子供はロンドの膝に頭を乗せるように倒れた。
「──おい、なんだ? 眠いのか?」
子供は息苦しそうに呼吸が荒くなり、顔を真っ赤にして汗を流していた。
「違うぞ! これ、熱があるんじゃないか!?」
鉱夫の言葉にロンドは、ハッと気付いて子供を抱き抱えた。
「どどどこにいけば良いんだ!?」
ロンドはあわあわと、爆弾でも抱えたように焦り始めた。
「落ち着け!」
「でも、隣町の医者のところまで馬車でも二日はかかるぞ!?」
鉱夫たちは頭を抱えて考えた。
「アルマならどうだ? あいつ物知りだろ?」
「それしかない! アルマちゃんの所に運べ!」
ロンドは子供を抱え、アルマのところへ急いだ。
アルマに事情を話し、子供を看病した。
「とりあえず熱を冷ますために出来ることはしたけど、子供は体が弱いから薬がないと危ないかも」
アルマがロンドに伝えると、ロンドは頭をかいて子供を抱えて店を出ようとする。
「──ちょっと! どこ行くのよ!?」
「薬がいるんだろ!? 俺が先生のところまで連れて行くんだよ!」
それからロンドは、馬に乗り一睡もせずに走り続けた。 途中馬を休憩させるために休んでも、自身は休まずに水だけで急いだ。
その甲斐あってか、二日は掛かるところを一日で医者のところに到着した。
それから子供は回復した。
その後、鉱夫たちと話し合い、ララティアと名付け子供を全員で育てることになった。
元々人懐っこい性格なのだろう、すぐに鉱夫たちと馴染み家族の一員となった。
特に、最初は嫌がっていたロンドだったが今ではまるで本当の親子のような関係になった。
そして、一ヶ月ほど前。
帝国軍がこの街にやってきた。 帝国軍の目的は鉱山の独占、物資の提供、武器の供給だった。
もし、逆らえば──
「お願いします! どうかお母さんをお許しください!」
アルマが帝国軍の兵士の足に縋り付く。
「──黙れ!」
兵士はアルマを蹴り飛ばした。
「うっ!!」
ラティや鉱夫たちは倒れたアルマに駆け寄る。
「帝国軍に逆らったこの者には罰を与える!」
兵士はアルマの母親を見せしめに、街の人たちの前でその首をはねた。
「いやー!! お母さんー!!」
アルマは倒れる母親に駆け寄り、慟哭を上げた。
「くっ! なんて……奴らだ」
「いいかお前ら! 帝国軍に逆らえばどうなるか、その身にしっかりと刻み込め!」
ロンドはミストレアたちに話し終えると、酒をグイッと口に運んだ。
「アルマちゃんはみんなに心配かけまいと気丈に振る舞っているが、一番辛い思いをしてるんだ」
「そんなことが……許せない」
リゼルは拳を震わせた。
「奴らの狙いは?」
ミストレアは訊ねた。
「兵士の話を耳にしたんだが、近々大きな戦争を仕掛けるらしい。 なんでも、魔獣を宿す男が国を治めているとか」
「どこの国か聞いてないか?」
「ん? なんだったかな? ハ、ハラ?」
「ハラザールか……」
「そうそう! それだ!」
「ミアさん知ってるんですか?」
「少しだけ。 独立国家で他者を寄せ付けない類稀なる戦闘力を誇り、ハラザールの民一人に対し、千の兵士が必要だと言われている。 国自体謎に包まれていて、超武力国家として他国から恐れられている」
「そんな国があるんですね……」
なんにせよ、とロンドは話題を切り替えた。
「今じゃこの国は帝国の支配下だ。 どうにも出来はしないんだよ」
リゼルはそれでも自分になにか出来ることはないのかと考えた。
なにより、帝国が好き勝手やっている状況に腹が立った。
ミストレアからは事前に帝国について少し聞いていたが、こんなにも残虐で血も涙もない国だとは想像もしていなかった。
「あの! ララティアはどこに行ったんですか?」
「ん? あ〜たぶん、近くの赤い煙突の上にいるよ。 あいつのお気に入りなんだ」
「ちょっと、探してきます!」
そう言ってリゼルが出ようとした時、ミストレアに腕を掴まれた。
「待ってリゼル。 約束してくれ、絶対に力は使わないこと。 どうにも出来ないと思ったら私の元まで逃げてくること。 これだけは約束してくれ」
「はい、分かりました!」
リゼルは頷き、店を飛び出して行った。
そして、現在。
ラティは作戦があると言ってリゼルを連れて鉱山の近くまで訪れていた。
すると、岩陰に隠れていた二人の子供が現れた。
「この二人は俺の協力者だ。 この四人でアイツらに一泡吹かせてやるぞ」
リゼルより少し幼い女の子のリンと、男の子のトムと知り合い、あれよあれよと連れて来られたリゼルは不安を隠さなかった。
「ラティちゃん私怖いよう」
リンはウサギのぬいぐるみを抱きしめ、ラティを大きな黒い瞳で見つめた。
「心配ないって! 大人には頼れないんだ。 それなら俺たちがやらないと」
ラティの表情には覚悟が浮かんでいた。
「それで一体なにをしようとしてるの?」
リゼルは三人に訊ねた。
来て! とラティはリゼルの腕を引っ張り、岩陰に潜んだ。
ラティが指差す方向には人気のない鉱山があった。
「あれが第四鉱山。 あそこには強力な魔物が棲んでいて、帝国軍でさえ寄りつかないんだ」
「強力な魔物?」
リゼルの問いにトムが答えた。
「大蛇だよ。 今まで百人以上の鉱夫があの中にいる大蛇の餌食になったって噂だよ」
「大蛇……」
ラティは立ち上がり、自信に満ち溢れた表情をする。
「あの大蛇を誘き出して、帝国軍の兵士にぶつけるんだ! そうすれば、帝国軍もタダでは済まない! 兵士に被害が出れば奴らはきっと軍を撤退させるはず!」
「そんな上手くいくかな?」
「絶対大丈夫だよ! もしもの時は俺がなんとかする! だからお願いリゼル! 手伝ってくれ!」
仮にリゼルがここで投げ出したとしてもきっと彼らは行動する。 むしろ、ラティ一人でもやりかねない。
その時、守ってあげられる人物がいなくなる。
それなら、自分がついているのが一番安全かも知れない、いざとなれば彼らをなんとしても守る、とリゼルは考えた。
不承不承ながら、リゼルは頷いた。
「分かった手伝うよ」
「──ありがとう!」
ラティは喜びの余りリゼルに飛びつき、押し倒した。
「いてて……」
仰向けの状態でリゼルが目を開けると、ラティの屈託のない笑顔があった。
美しい翡翠色の瞳がキラキラと輝き、リゼルはその笑顔に魅入ってしまった。
誰かに押し倒されたのが初めてだったからか、頭の中が空っぽになった。
「エヘヘ〜ごめん、つい」
気恥ずかしそうに耳を赤く染めるラティに、なぜかリゼルも恥ずかしくなった。
どんな反応をするのが正解なのだろうか? そんなつまらない考えが脳裏を過る。
トムは咄嗟にリンの両目を手で覆い隠した。
「トム君。 エッチだよこれ絶対エッ──」
トムは片手で両目を隠し、もう一方でリンの口を塞いだ。
それから四人はそれぞれ二人組になって分かれ、作戦を開始した。
リゼルとラティ組が、鉱山から魔物を誘き出す。 トムとリンは連絡係を担当し、帝国軍の位置を把握する。
連絡には専用の魔道具を使用する。
魔道具──予め魔法の術式を組み込んだ道具で、魔法が使用出来ない人間でも使用可能な便利道具だ。
トムとリンの連絡、合図をもとに作戦は開始された。
「「──うわぁぁぁ!!!」」
ラティとリゼルは死に物狂いで走った。
「──シャラララ!!」
背後から追いかけてくる漆黒の鱗を纏った巨大な蛇。 家を丸ごと飲み込んでしまいそうな大きな口でリゼルたちを威嚇する。
金色の瞳でリゼルたちを捉え、鋭利な牙で噛みついてきた。
リゼルたちはギリギリのところで回避する。
ガチンッ! と牙がぶつかり合う音が耳元で響いた。
「こんな大きいなんて聞いてない!!」




