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なんとか船に乗ることはできた。
……できた、ものの。
「な、なんだお前ら!」
船と桟橋を繋げるタラップを引き上げるときに無理やり乗ったため、当然、引き上げる人がいるわけで。思い切り目撃されてしまった。
わたしは、最後の悪あがき、とでも言わんばかりに、持っていた紙類を全部、わたしたちを目撃した男から見えないように隠す。
「……一人かあ」
ぼそっとシオンハイトが低い声で呟く。えっ、このままこの人気絶とかさせちゃうの? 大丈夫? 大事にならない?
シオンハイトにおろされたわたしは、少し慌てながら様子をうかがう。
「お前ら、まさか逃げ出してきた奴隷じゃ――」
「はい、これ」
今にも仲間を呼び出そうと大声を上げそうだった男の手に、シオンハイトが何かを握らせる。これは――宝石?
「あげるから、黙ってね」
男は、自分自身の手に握らされた宝石と、シオンハイトを交互に見ている。なかなかのサイズ。
パッと見た感じでは、何の宝石か、わたしには判断できない。わたしは宝石には疎いのだ。お母様がわたしには必要ないと、宝石のついたアクセサリーは一つとして用意せず、触らせてもくれなかったから。元より、装飾品にそこまで興味がある性格でもないし。
そんな宝石だが、結構な大きさがある。捕まった後、拘束をされるときに身体検査のようなものを軽くされるだけだったけど、それにしたって、よく隠し持っていたものだ。多分、城を出るときに持ち出したんだろうけど……。
「もう一つ、ティアの分」
そう言って、シオンハイトがもう一つ、男に宝石を握らせる。先ほどと変わらない大きさの宝石。
二つも宝石を握らされた男の顔は、すっかり陥落していた。
「ま、まあ、仕方ねえ。俺はタラップ上げるのに必死だったからな。ねずみが一匹二匹、もぐりこんだかも知れねえが、仕事してたら気が付かねえもんよ」
白々しい言い分だった。まあ、でも、見なかったことにしてくれるのは助かる。なんとか逃げ出せそうだ。
船が動き始めても、わたしたちが見つかった様子はない。まだ港から出たばかりだから、全く気を抜くことはできないが。
「――この船は、どこに向かうの?」
駄目押し、とばかりに、シオンハイトは三つ目の宝石を男の手に握らせた。
「それは流石に何を渡されても言えねえな。こっちも命が惜しいんでね」
男は首を横に振った。
確かに、今回の件、関わっているのは国のトップばかりだ。ライレグーン、という隠された国の情報は、一つとして、簡単に漏らせるものではないだろう。
正直、わたし自身、これから先、うまくやれるか不安なところなのに。明らかに平民の装いをしている、しかも下っ端っぽい風貌の彼の安全が保障されている可能性は限りなくゼロに近いだろう。
「……まあ、向こうの扉は港につくまで誰も開けねえ荷物置き場だ。隠れるならそこだぜ」
男は、せめてもの情報、というつもりなのか、一つの扉を指さした。




