08
――人の気配がして、意識が浮上する。
どのくらい寝てしまったんだろうか。目を開けようとして、全然まぶたが動かないことに気が付く。よっぽどの寝不足だったのか、起きようと思っても、体は全然動かない。
わたしが、なんとか起きようと格闘しているうちに、さら、と頬が撫でられたような気がして、体が余計にこわばった。……わたしの意識としては固まったけれど、多分、実際には動いていない。でなければ、こうして頬を撫で続けられているわけがない。
「随分と苦労しているようだな、シオンハイト」
……知らない男の声。それでも、王子であるシオンハイトにここまで砕けた言葉遣いで話せるのだ。シオンハイトの血縁に違いない。
まぶたも体も動かせないわたしは、狸寝入りをして、会話を盗み聞くことにした。体が動かないので、完全に寝たふり、というわけでもないけど。
「ディナーシャはすぐに俺に心を開いてくれたぞ。実に分かりやすい娘だった」
ディナーシャ。その名前には聞き覚えがある。たしか、オアセマーレ王国の伯爵家、ライヒスト家の三女の名前だったはず。彼女の名前が出る、ということは、この聞き覚えのない男は、わたしの予想通り、王子の誰かということか。そしてディナーシャ嬢と結婚した、というわけか。わたしとシオンハイトのように。
ディナーシャ嬢は、お金を造りだす『異能』を持っている。ただし、それは誰の目から見ても偽札だと分かる、クオリティの低いものしか造り出せない。
ライヒスト家の当主や彼女の姉二人はかなり有用な『異能』持ちで、だからこそ、偽札造りの『異能』を持つ彼女を酷く冷遇していたように記憶している。
そんな彼女が、こちらにきて、わたしのように甘やかされたら。それはもう、夢のような生活だと感じたに違いない。彼女が、姉や母親からどんな扱いを受けていたか、正確には知らないが、わたしが知っている噂通りのことをされていたのなら、オアセマーレでの暮らし抜け出せて、彼女的には幸せだったのかもしれない。
……まあ、わたしは人一倍疑り深い正確だから、能天気には考えられないんだけれど。
「でも、可愛いじゃないですか、兄上」
可愛い。誰が?
まるで心の底から言っているような、シオンハイトの声音。
また、頬を撫でられる。……まさか、わたしのこと?
もしかして、わたしが狸寝入りしているの、バレてそんなことを言っているの? 耳障りのいい言葉を並べれば、わたしが警戒を解くと思っているんだろうか。
完全に起きるタイミングを失ったわたしをおいて、二人の会話は続いていく。