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既に声をかけられてしまったわたしは、二人を無視することもできず、作り笑顔がその場で曖昧に笑ってみせた。だいぶひきつっている自信がある。
話しかけられたはいいものの、何を話せばいいのか、わたしの中で定まっていなくて、どう言葉を出したものか困ってしまう。言うことに困っていたから、この場からこっそり逃げようと思っていたのだから。
わたしが戸惑っていると、シディール様が、じい、とわたしの方を見てくる。青い瞳が、まるでわたしを射貫くかのように。
「――……顔色は悪くないようで安心した」
シオンハイトとは違う、低くて落ち着いた、見た目とのギャップが激しい声。感情が読み取りにくい。
出会ったときから、彼はそうだった。冷静、というか、大人しい、というか。
無表情で淡々としている感じ。シオンハイトとはとことん正反対なタイプ。
表情からも、声のトーンからも、感情が読み取りにくいので、逆に安心したものだ。わたしを騙そうとしているのか、そうでないのか一切分からないから、全部適当なことを言っているのだろうな、と勝手に決めつけていたら、これが意外と上手くいってしまったのだ。
たぶん、シディール様も、わたしのそういうところを分かった上で、行動していたのだと思う。わたしの人間不審っぷりは少し接すれば分かるものらしいから。レギーナ様の耳に届くまで有名だとは思わなかったけど。
今思えば、彼にとって、随分とわたしは失礼で面倒な女だったのだろうな、なんて考えてしまう。
「……お姉さまはどうしてこちらに? お茶会のあった庭園から、ここに来るまで随分と時間がかかったようですけれど」
レギーナ様の部屋にお邪魔していたから、とは流石に言えない。いくらわたしが他人を信用するようになろう、と、人間不信の悪癖を改善するつもりになったからといって、この話題はそう簡単に他人へと話す内容ではない。しかも、誰が来るかも分からない、こんな廊下で。
人を信じると決めただけで、疑わない馬鹿になろうとは思わない。
どう誤魔化したものかな、と思っていると、スノーティアに溜息を吐かれてしまった。
「――……別にいいですわ。お姉さまが言わないのを分かっていて、聞いたわたくしが馬鹿だったわ」
キッとわたしを睨んでからそっぽを向くスノーティア。
彼女のことが信用できないからではない。他人に話してはいけないないようだから、話さないのだ。
なんて、今更わたしが言ったところで説得力の欠片もない。
怒っている様子のスノーティアとは逆に、シディール様はいつもと変わらなかった。
「もういいです。行きましょう、シディール様」
そう言って、スノーティアがシディール様に声をかけたとき。
――ドォォンッ!
王城にふさわしくないほど、派手な音が聞こえてきた。音の衝撃か、がたがたと廊下の窓ガラスが震えている。
聞いたことない音だったが、妙に、不安をかき立てるような音。
そんな音に聞こえたのはわたしだけではないらしい。スノーティアはシディール様にくっついていたし、彼も彼で、スノーティアの肩を抱き、周囲を警戒するように見ている。




