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わたしがレギーナ様の部屋から出ると、アデルとフィアが扉の両脇に立って待機していた。
「では、頼むぞ」
レギーナ様がそう言うと、わたしが返事をするより先に、二人が頭を下げる。レギーナ様曰く、アデルかフィアをリンゼガッドに行かせることは、戦争の原因を究明する策の一つとして考えていたらしく、わたしじゃなくても、リンゼガッドに嫁いだ令嬢が一度戻ってきたら、誰であろうと声をかけると決めていたらしい。故に、この二人には既に話が通っている、ということだ。
部屋に戻るため、廊下を歩いていると、夕日が差し込んでいることに気が付く。すっかり夕方になってしまった。レギーナ様と結構話し込んでしまったようだ。手短に、と言っていたのに……。内容が内容だから仕方がないけれど。
夜には護衛を交代して戻ってくるとシオンハイトは言っていたけれど、具体的には何時くらいに交代なのか、聞いていない。終わる時間くらいは聞いておいても良かったかな、なんて思っていると――。
「――あ」
わたしは思わず足を止める。とある部屋から出てきた男性の顔に、見覚えがあったからだ。
――シディール様だ。
別に彼に未練がある、というわけではないが、シディール様に出会うことを全く想定していなかったので、思わず立ち止まってしまったのだ。
驚きに頭が追い付いて行かなくて、黙って見てしまっていると、部屋からスノーティアも出てくる。そこで、ようやく納得した。お茶会に出席したスノーティアを迎えにきたらしい。なるほど。
ということは、ここの部屋は迎えを待つための客室だったのか。
状況を飲み込めたわたしは、ばれないうちにここを去るか、挨拶をしていくかで迷う。
と言うのも、養母であるお母様から「婚約破棄が決まりました」と伝えられてから、ろくに彼と会話もせずに、リンゼガッドへと向かうことになってしまったのだ。多分、わたしがシディール様に泣きついて、婚約破棄をなかったことにさせないため、時間的余裕がないタイミングで、お母様は事後報告をしたのだと思う。
特別仲が良かった、というわけでもないけれど、険悪な仲でもなかったので、曖昧なまま別れることになって、どういう反応をするのが正解なのか、分からないのだ。
このままここで話をしなければ、今後、一生会わないままかもしれない。
そう思ったら、なんだか黙って去る方がいい気がしてきた。どう声をかけても気まずくなる未来ばかり想像できてしまうので、いっそのこと逃げてしまおう、と思ったのだ。
――思ったのだが。
「……あら、お姉さま」
わたしが逃げるより早く、シディール様より先に、スノーティアがわたしの存在に気が付き、しかも、声をかけてきた。
……これは逃げられないなあ。




