07
なんの情報もないままこっちに嫁がされてしまったから、リンゼガッド王国が――シオンハイトがわたしの『異能』のことを知っているのかどうかすら、わたしには分からない。
一度死んだ身だから、と思いはするものの、逆に一度死んでいるからこそ、今、このボーナスステージのような世界での生を手放すのが惜しくもある。……戦争の渦中に、自由のない貴族令嬢に生まれ変わって、人質同然の結婚をさせられているのが、果たしてボーナスステージなのかどうか怪しいが。
情報収集をしたいが、部屋から出る勇気はない。せめてわたしがオアセマーレにいた頃の侍女と一緒だったら多少は違ったのかもしれないが、わたしは身一つで来た。文字通り、何一つ持たされていない。
こんな状況で平然と一人で城の中を歩き回るほど、図太い神経を持ち合わせていない。不幸中の幸いなのが、この世界は共用語というものがあり、世界中どこでも一つの言語を使っているので、会話には困らない、というところだろうか。まあ、方言はあるけれど。
そもそも、城の中をたいして案内されたわけじゃないから、歩き回ったら確実に迷子になってしまうだろう。そんな自信だけはある。
「……はあ」
わたしは、ぼす、とそのままソファへ寝そべった。何にもすることがないのだ。何もすることはないのに、周りへの警戒だけは解くことができないから、気を紛らわせることもできない。
「絵が描きたいな……」
わたしの唯一と言ってもいい趣味。前世の頃から絵を描くのが好きだった。それを仕事にしたい、と思うことはなかったけれど。趣味は趣味、というタイプなので。
……それでも、こんな場所でのんきに絵を描いている場合ではないのは、分かっている。というか、多分、今の呟きをシオンハイトに聞かれて、「じゃあ画材を用意するね!」と、キャンバスと筆、それから絵具を渡されたとしても、結局はさっきのお菓子のように、手を伸ばすことはできないだろう。口に入れるものでなくとも、毒を仕込むことができるのだから。安全だと確証できないなら、わたしは手を伸ばしたくない。
絵が描きたい、というよりは、警戒しないでいい状況になりたい、というほうが、正しい。気を抜きたい。
――それでも、わたしとて、ずっと警戒をしているわけにもいかない。うとうとと、眠たくなってきてしまった。
結婚したのだから、と寝室どころかベッドまで一緒なのがいけないのだ。シオンハイトは、ガチガチに警戒して緊張するわたしに手を出すような男ではなかったが、同じ空間にいるというだけで、わたしの眠りは一気に浅くなる。睡眠時なんて、一番無防備なのだから。冗談抜きで、シオンハイトが寝返りをうつたびに、目を覚ましていた。
でも、わたしだって人間なので。しかもわたしの『異能』は、寝なくても大丈夫、というような類のものじゃない。
気が付けば、わたしは一人でいるのをいいことに、眠ってしまっていた。