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「……なにか」
不機嫌そうなトーンの声。それは、さきほどシシィ、という少年に対しての声音とさほど変わらなかったけれど、無表情でだから、妙な威圧感がある。一重で細い目が、睨んでいるように見える、というのもあるのだろう。
「そ、その……急に来て邪魔じゃなかったかと思って……」
わたしは素直に答えてしまった。ドーベルマン(暫定)の彼は無表情のまま、「特には」と言った。
「座っているだけなら邪魔にはなりません。しかし、作業を中断して、雑談をしろだの、茶を入れろだの命令した途端、邪魔になります」
本音を疑う隙間もないくらい、あけすけな言葉だった。しかも、それ以上言うことはない、と態度で示すように、再び彼は仕事に戻る。
「あっ、フリードずるい! ララに信用してもらうまで僕だって結構時間かかったのに!」
別に彼のことを信用する、とまでは至っていないが、それでも、一言で納得してしまったことをシオンハイトは察したらしい。軽い口調ではあったが、割と本気で拗ねている様子がうかがえる。
「たった今、邪魔になりました」
「わー、嘘、嘘、ごめん、ちゃんと仕事やるから! ララ追い出さないで!」
嫌そうな表情を隠そうとしないドーベルマン(暫定)の彼――フリードさんに、シオンハイトが慌てだした。これじゃあどっちが上司なのか分からないな。
それにしても、シオンハイトはわたしに接するときと、他の人と接するときに、あまり差がないのだな、と気が付いた。元より裏表がない性格なのだろうか。
それでも、こうして仕事をするシオンハイトを見るのは初めてで、あの部屋から出なかったら今後も見られなかった光景なのだと思うと、つい、視線がそっちに向かう。シオンハイトは部屋に仕事を持ち帰ることはなかったから。機密情報とかがあって、書類を執務室から出せないだけかもしれないが。
「まあ、でもそうだね。僕がいないときはフリードを頼るといいんじゃないかな。僕が知る中で、一番考えてることをそのまま口にする奴だから」
「勝手に仕事を増やさないでください。人間の女の面倒なんて嫌です」
シオンハイトの言葉に、フリードさんが間髪入れずに拒絶する。
「他国の文化や生活習慣を学ぶ時間はありませんし、女相手に力加減が分かりませんから、自分は不適切です」
「ほらね、そして根は真面目。大丈夫だって、基本的に僕が一緒にいるし、僕がいないときにお前がララの傍にいることはないから」
シオンハイトの『頼るといい』という言葉が冗談であると気が付いたらしいフリードさんは、今にも舌打ちをしてしまいそうな表情をしていた。




