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すり、とわたしにすり寄ってくるシオンハイトに、思わず「わたし、まだ何か忘れてる?」と聞いてしまった。
シオンハイトのことを疑うわけではないが、わたし自身、自分がそれほど魅力的な人間だと思わない。幼いころの結婚の約束を律義に守るという人が多くない、というのもあるが、単純に、あんな態度をとってしまったのに、呆れないでいるのが不思議なのだ。
普通、愛想をつかしてもおかしくはないと思う。
そうならないくらい、どでかい出来事がなにかあったんだろうか、と勘ぐってしまう。え、大丈夫? 全部思い出したよね?
「そこは嬉しいって言ってほしいんだけど……まあ、種族の違いかな」
「人より獣人の方が、そういうの、執着する質なんだよ」と教えてくれた。
一昔前は、好きになって恋人やパートナー、夫婦になった相手のことを『番』と呼んで、それはもう大事に囲ったそうだ。そして、自分の大事な番にちょっかいをかけたら、刺し違えることもいとわない勢いで相手に報復をするらしい。
「まあ、最近はそこまで実際にする奴はそうそういないけどね。ましてや僕は王子なわけだから、そう簡単に人を殺したりなんかしないけど――気持ちは分かるかな」
「人間は番を取られたり、浮気されたりしても相手を殺さないんでしょ」と、さも殺す方が当たり前のような言い方をするシオンハイトに、ちょっとビビった。いや、人間でもそのくらい過激な人はいるけど、その考えはスタンダードじゃないかな。
シディール様とは、あくまで政略結婚の仲で本当に良かったと思う。彼と恋に落ちていたら、お母様の妨害も何とかしてくれただろうか、と考えたこともあったけれど、今となっては、恋仲にならなくて正解だった。シオンハイトが人殺しになってしまうかもしれなかったのだ。危ない。
「だから、世界中がララの敵になっても、僕は死ぬまでララの味方だし、これからは傍にいるよ」
こんな世界では、なんとも洒落にならない誓い。ついこの間まで戦争をしていたのだから、実現しそうで怖い。
「……皆仲良くなれる国にしようって約束したのに、周りが敵になったら駄目じゃない?」
「それは――確かに」
わたしの言葉に納得するシオンハイト。
――皆、仲良く、か。
流石にそれが本当に実現するとは、この年になっても思ってはいない。絶対に叶うことない理想だと、分かっている。
でも、戦争が停戦ではなく終戦で、完全に終わって欲しいし、互いに手を取り合う友好国になるのは難しくても、関係を改善できればいいと思う。
――そのためにも、わたしは、周りを信じないことで思考を停止して、自分を守るこの悪癖をなんとかしないといけないな、と、そんなことを意識し始めたのだった。




