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――一瞬であれば、騙すことは可能だ。黒を重ねれば、下地がどんな色でも黒になる。だから、「色をつけるのではなく変えられるようになった」と嘘をついて、黒をのせればいい。
でも、他の色を、と言われたら一瞬でバレる。黒に変えられるようになった、と言って納得するだろうか。
……ディナーシャ嬢の『異能』があれだけの進化をしたとしたなら、納得しないかも。黒に変えられるなんて、しょぼすぎて、本当の効果を隠しているんだろう、と結局疑われるだけなのが簡単に想像つく。
元からしょぼい『異能』だから、期待されても困るんだけどな……。
殴られてもどうしようもない、と黙っていると――ばたばたと、廊下のほうが騒がしくなるのが分かる。王族の部屋、これだけ厚い扉越しでも聞こえてくるのだから、相当廊下はうるさいに違いない。
――バンッ!
そして、その厚くて重い背後にある扉は、勢いよく開かれた。
反射的に振り返ると、汗をびっしょりにして肩で息をしているシオンハイトがいた。
「――ッ、兄上!」
わたしをちらっとみたシオンハイトが、わたしより奥にいる男を睨みつけた。そして、ずかすかと部屋の中に入ってきて、わたしと男の間に入る。
あまりにも、いつもにこにこしているシオンハイトとは全く違う、怒りの形相に、わたしはシオンハイトの動きを目で追うことしかできなかった。
「これは、一体、どういうことですか」
息を切らしながらも、しかし、唸るようなシオンハイトの低い声。わたしの前に立ったから、彼の表情はもう見えないけれど、シオンハイトのしっぽは、ぶわっと毛が逆立って、膨らんでいるように見えた。
「どうしたもこうしたも……お前がその女に騙されているから、俺が確認してやったんだろう」
「ララは騙してなんか……ッ」
「その女の言葉を本気で信じているのか? おめでたいやつだな」
吐き捨てるように言う男。シオンハイトは、言い返すのではなく、ぐるる、と唸った。
「人間に肩入れするなんて愚かな弟だ。和平のための結婚だかなんだか知らないが、所詮は道具にすぎない。だからこそ『異能』が使えるかどうかは最重要確認事項なのだ」
男の言葉に、そうだよな、この反応が正しいんだよな、と、妙に納得してしまう自分がいた。
――……わたしに優しくしてくれるシオンハイトの方が変わっているのだ。
「……話になりません。帰らせて貰いますし――この一件は報告させていただきます。別の階に許可なく立ち入ることは、違反だ」
そう言って、シオンハイトはわたしを抱き上げる。抵抗しようにも、あまりにも一瞬だったので、反応が遅れてしまった。
シオンハイトはそれなりに身長が高いので、抱きかかえられてしまったら、その位置も高い。暴れて落ちたら怪我することもあり得る高さ。
わたしは仕方なく、黙って彼に抱きかかえられることにした。――もし、少しでも行き先が怪しければ、すぐに降りようと考えながら。
「どうせ人間の肩を持つ奴なんていないさ」
わたしたちが部屋を去るとき、男がそんな風に言葉を投げかけてきた。
最後まで、人を馬鹿にした声音は崩れなかった。




