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シディール様の、邸宅の客間にて。わたしは、婚約の申し込みをするために、彼の元を尋ねていた。
「――婚約? 君と俺が?」
無表情、無感情。表面上からは、何を考えているのか全く分からないシディール様。
彼がこの言葉を、驚きで言ったのか、それともわたしを馬鹿にしてつぶやいたのか、一体どちらの意図を持っていたのか、一見して分からなかった。
それでも、わたしは、彼に頼り、縋るしかない。
この国内で、未婚で、婚約者すらいない貴族子息は、彼しかいないのだから。
国に留まるためには、この道しか残っていない。
「……ふむ」
顎に手をやりながら、少し考える素振りを見せるシディール様。さらり、と耳にかけた彼の髪の束が、落ちる。
声を聞かなければ性別が判断できないほど中性的で、恐ろしく整った顔の彼に、じっとこちらを見つめられると、何も悪いことをしていなくとも、隠している罪を暴かれるような気分になる。
「――……?」
視線に耐えられず、思わず目線を逸らしてしまったのだが、その一瞬、彼の目が、ちらり、と光ったような気がした。
光の加減? それとも、『異能』でも使ったのだろうか。いや、『異能』という線はないか。男性でも『異能』が使える人がいるとは聞いたことがあるけれど知っているけれど、シディール様がそうであるとは聞いたことがない。噂の一つですら。
「君はそれでいいのか?」
用意された紅茶に一切手を伸ばすことができないでいたわたしとは裏腹に、シディール様は、実に優雅なしぐさで紅茶を一口飲んだ。じっとわたしを見つめるその視線は、先ほど以上に、わたしを探ろうとしているような雰囲気があった。
もしかして、他に想い人がいて――というようなことを言っているのだろうか?
わたしには、そんな人、いないというのに。
「……どういう、意味でしょうか?」
「いや――……。……分かった。君が構わないというのであれば、婚姻の話を進めよう。ハンネ、書類の準備を。書面があった方が君も安心できるだろう?」
シディール様に承諾され、わたしは、ほっと胸をなでおろす。よかった――これで、この国を出なくて済む。
ハンネと呼ばれた、少し歳の行ったメイドが、紙やペンを用意してくれる。この場で即婚姻届け、というわけではなく、あくまで、結婚の話を進めるというのは口約束ではない、という証拠のために残しておく念書のようなものだ。これだけではまだ、婚約状態の一歩手前であり、これからさらに話を詰めていくこととなる。
それでも、わたしは望んだ未来を手にできそうで、安心しきっていた。
だからだろうか。用意された念書の方にばかり気が行っていて、シディール様の目が再び光ったことも、彼が、このことを、ある第四王子に報告する算段を立てていたことも。
まったく気が付かないでいたのは。
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