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シオンハイトとレギーナ様がわたしの名前を呼ぶ声が、背後から聞こえる。
でも、こうするのが、一番なのだ。
わたしが数枚の紙を女王様に渡すと、彼女は満足そうにそれを受け取る。
「騒がせてごめんなさいね」
まったく悪びれる様子もなく、女王様は言う。にんまり、とでも効果音がつきそうなほど、彼女の口角は上がっていた。
「ララ……?」
シオンハイトが、呆然とわたしの名前を呼ぶ。でも、こうするしかないのだ。
わたしが渡した紙を、女王様が確認し始める。今、この場で見て確認が取れる、ということは、彼女がこの一件に関わっていることの、なによりの証拠だ。
つらつらと資料を読み進め――目線の動きが悪くなったのを見て、わたしはひっそりと、彼女から距離を取る。
そして――完全に女王様の目の動きが止まり、彼女が顔を上げた。
「ラペルラティア。これは一体、どういうこと?」
女王様の表情から、笑顔が消えた。
そして、同時に、背後から、声が聞こえてきたのだ。
「受付の方、承りました。皆様、こちらへ」
振り返ると、受付の女性が立ち上がり、手で方向を示している。そして、いつの間にか、数人の、警備員のような人たちが、寄ってきているのが分かった。警備員の人たちは、わたしたちと、女王様とその護衛の間に割って入ってくる。
受付が終わらなければ守る対象ではないが――逆を言えば、手続きさえ住んでしまえば、こちらのもの。
――間に合った。
「――ッ、ラペルラティア!」
女王様が声を荒げる。その姿は、まるで悪事がバレて焦る罪人のようで、今まで見せてきた、威厳ある女王の姿ではない。
――まるで、というより、これから、悪事がバレて、裁かれるのを待つ罪人になるのだが。
わたしはシオンハイトのところへと戻る。彼の近くに立つと、ふわ、とシオンハイトの香水の匂いが香ったような気がして、安心し――ドッと緊張が後から押し寄せてきた。
なんとか、したのだ。わたしが。
「ら、ララ……?」
いまだに状況を飲み込めていないシオンハイトに、わたしはカウンターの方を指さす。王女様の手元には、『本物』の証拠書類が残っている。
「シオンハイト、言ったでしょ。ハンコを偽装できそうな『異能』だって。今のわたしなら、書類そのものを偽装できるのよ」
あのとき、わたしは、たまたまカウンターの上にあった、受付表の紙を数枚奪い取って、文字を紙と同じ色にし、その上から、証拠の書類と似たような書式を、それっぽく、色づけたのだ。
流石に、書類全てを完璧に偽装できはしなかった。実験結果も、顧客リストも、全部完璧に覚えられるわけがない。わたしの記憶力は、どうやらポンコツらしいので。
思った以上に早くばれてしまったけれど――十分、時間稼ぎにはなったということだ。
わたしの説明を聞いたシオンハイトは、がばっとわたしに抱き着いてきた。あまりに急なことに、わたしは固まってしまう。
頭を抱えるように抱きしめられて、少し、苦しい。
「……裏切ったり、寝返ったりしないわよ。――シオンハイトは、わたしの味方でいてくれるんでしょう」
シオンハイトに抱き着かれ、くぐもったわたしの声は小さいものだったけれど、シオンハイトにはちゃんと聞こえたらしい。「うん」と小さな声が聞こえてきた。
「なら、わたしも、貴方の、シオンハイトの味方でいる。ずっとそばにいるわ」
わたしがそう言うと、より一層、強く抱きしめられた。
「――よし、行こう」
そう言ったシオンハイトの表情は、しっかりとしたものだった。




