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「ど、どうしてそのことを……」
じり、と女性が半歩後ずさる。
その様子を見て、シオンハイトが慌てだした。
「ご、ごめん、警戒させるような言い方をして。ええと、君の顔に見覚えがあった、というか……」
シオンハイトの方は彼女を覚えていたのだろう。彼女の顔を見て、ピンときたのか。
かくいうわたしは、曖昧なままだ。確かに、屋敷でうさぎ耳の女の子を見た記憶はあるものの、それが彼女かどうか、自信を持って断言はできない。年齢的には、その子が成長したら、目の前の彼女と同じくらいでもおかしくはない、と思うけど……。
じい、とわたしたちを見ていた彼女が、ハッとなる。
「も、もしかして、シオンハイト王子ですか……!?」
彼女もシオンハイトのことを思い出したらしい。
「あ、ま、またお忍びですか? 随分と久しぶりではありますが……。あ、だから変装されているんですね。髪や目の色が違ったものですから、てっきりよく似た別人かと……」
……特別、彼女がわたしの『異能』に耐性があったわけじゃないみたいだ。
えっ、わたしの記憶力が悪いだけ? シオンハイトも、彼女もわたしのことを覚えてくれていた。『異能』で記憶をいじられていたのは事実だけれど、消された記憶は全て思い出しているはず。シオンハイトとの記憶の擦り合わせも済んでいる。
前世の記憶を覚えている、という一点に特化した記憶力と引き換えに、今のわたし自身の記憶力はたいしたことがない、ということなのだろうか。
予想以上に自分の記憶力がポンコツなことを思い知らされて一人落ち込んでいると、女性がおろおろとしはじめた。
「屋敷には、お嬢様の幼少期のものではありますが、姿絵がありますから。わたくしはそれを毎日見て、御恩を返そうと思って日々を過ごしていたので、覚えているのです」
「……御恩?」
姿絵が屋敷に飾ってある、というのも気になるが、恩ってなんだろう。たいしたことはしていないと思うんだけど。
「わたくしは、皆様に救っていただけなければ、今、こうして自由に過ごすことはできなかったはずなのです。……故郷に帰ることこそ叶いませんでしたが、日々は充実しております」
……獣人奴隷の保護活動は、本当にあったのか。彼女の表情を見れば、誰かに強制されて言った言葉ではないことは、一目瞭然だった。
「恩人の家族であれば、それだけで恩を返す理由になりえます。それほどまでに、わたくしは救われたと感じているのです」
そう話す彼女の表情は明るい。
「よろしければ、屋敷を案内いたします。奥様たちも、歓迎するでしょう」
願ってもみない言葉だ。わたしたちは、彼女の言葉に甘えることにした。
――でも、そうか。久々に実母に会うことになるのか。
わたしが養女に出てしまってから、実母に会うことは、一度もなかった。お母様が実母のことを嫌っているからしかたない、と言えば仕方がないのだが。
なんだか少し、緊張してくるな……。




