入学式
「ベリー、分かってるわね?学園では目立たず問題を起こさず、平和に過ごすのよ!?」
「そうだぞ、お前は目を離すとすぐに問題を持ってきて……この前も父さんの部屋の窓を割っていたし」
「兄としてもあの名門学園にベリーが通うなんて、心配でならないよ」
こうも揃いに揃って注意の念押しをされると、流石に心に刺さる物があるんだけど。
私は深いため息をつく。
「もう、分かってるって。学園では武力を行使せず大人しくしてれば良いんでしょ?」
「武力って……改めて耳にすると女の子が使う言葉じゃ無いわね」
「しかも癒し魔法の使い手なのに、本当世の中って不条理だよな」
「頼むから父さんたちの寿命を縮めないでくれよ~!!」
「だー!!もう良いから、それじゃあね!!」
もはや逃げるように家を出ると、大きなキャリーケースを引っ張りながら私は走り出した。
「ちゃんと手紙送るのよ~!!」
母の声を背中に、今日からお世話になる全智学園へと向かう。
この世界では元々科学だけが発達していたらしいが、ある時代を境に魔法を扱う人間が生まれるようになったと言われている。
しかし全員が魔法を持って生まれるわけではなく、持つ者と持たない者で半々の割合を占めるようになった。
そのため魔法を持たない者により科学は益々成長を遂げ、新参者として魔法も発達を遂げてきたのである。
全智学園には、そんな科学と魔法を共存させようというコンセプトで科学科と魔法科が存在し、トップレベルの教育機関として誇ってきた。
そんな学園に入学するための条件はごくシンプルである。
私は鞄に仕舞うのが面倒でポケットに入れていた便箋を取り出す。
『ユタ・ベリー、貴殿の魔法科への入学を許可する』
国からこの手紙が届いた者こそ、学園で学ぶ権利を得られるのだ。
「しっかし、胡散臭いよなぁ……選考基準も明かされていないし。私の魔法なんて特別凄い物でも無いのに」
とは言え、この手紙を見て狂うように喜ぶ両親を見たら断る気にもなれなかった。
十五歳の私……ちゃんと三年間静かにやり過ごせるといいんだけど。
軽くため息を吐いて私は学園までの道を急いだのであった。
「ひっろ……!!」
新幹線やら電車を乗り継いで数時間、都会のど真ん中に立つ大きな建物に声が洩れてしまった。
校門の近くには『新入生の皆さん、おめでとうございます』といった看板が立ち、私と同じ制服を着た子たちがワラワラと出入りしている。
これ全員新入生なのかな!?ちょっと多すぎない!?
って、こんなことしている場合じゃない。早く教室に向かわないと……
迷いつつも手紙で指定されているAクラスの教室を何とか探し出し、私は自分の名前が書かれた席に腰を降ろした。
クラスの人数は20名程だろうか、いかにも優等生みたいな子もいればやんちゃそうな子も見受けられる。
何だろう、この独特な空気感。
トップレベルの教育機関ってだけで圧迫感凄いのに、クラスメイトまで高貴な人の集まりだったりする?
我が家は一般家庭なんですがーー!!
ついに私が限界を迎えそうになった時、前扉からスーツを着た30代前半くらいの男性が現れた。
「おーおー、噂通り今年は人数が多いなぁ?」
出席簿みたいな物を教卓に置くと、その男性は眠そうに欠伸をした。
髪型はボサボサで顔はあまりよく見えない。
不審者……じゃないよね?っていうことは担任?
でもこんな先生いる?猫背だし、スーツはシワだらけだし、何ならやる気の無い可愛いキャラクターのスリッパ履いてるし!
周りの生徒も考えることは同じなのか、怪訝そうにその男性を見ていた。
「は、何だお前ら。これから一年間お世話になる担任に向かってその目は」
やっぱり担任!!
言葉とは裏腹に全く怒っている様子が無い担任は、カリカリとチョークで黒板に文字を書き始めた。
リーナ・アッシュ……?
「これ俺の名前だから、適当にアッシュとでも呼んでくれ」
「リーナって、もしかして転移魔法を代々扱う名家じゃないですか!?」
急に声を上げた男子生徒の台詞に教室が騒がしくなる。
転移魔法と言えば、魔法が普及した現代においても重宝される超貴重な物だ。
扱える人はごく僅かで、更にそれを使いこなせる人はもっと少ない。
この先生がそんな凄い魔法を扱うってこと?
「はいはい。そんなことより、これから科学科と合同の入学式が行われるから移動するぞ。俺が先導するから適当に付いてこい」
アッシュ先生はポケットに手を入れながらダラダラと歩いていく。
その後ろ姿を見て私たち生徒も渋々移動を始めた。
「ねぇねぇ、何だか緊張するね」
近くを歩いていた一人の女子生徒が私に話しかけてくる。
緊張……ねぇ。
「うーん……?」
「あれ、もしかしてそうでも無かった?」
「あんまり緊張とかしないタイプで」
「えー!羨ましいなぁ、ウチなんか昨日から緊張して夜も寝れなくてさ!」
ボブが似合うその女の子はカラッと笑う。
うっ、絶対いい子だ!!
笑顔が眩しくて直視出来ない。
「そういえば、パートナーの相手って今日発表されるのかな?」
「ん?パートナー?」
「この学園では卒業までの三年間、魔法科と科学科の生徒が二人一組でパートナーとして過ごすことになるんだよ~。合同授業では力を合わせて課題をこなしたりするの!」
「え"っ!!」
ちょ、ちょ、初耳なんですが!?
知らない子といきなりパートナーとして協力しなきゃいけないってこと!?
ただでさえ問題は起こすなって念を押されてるのに……やらかしちゃったらどうしよう!!
思えば幼い頃から人とぶつかることが多かった私……その度に容赦なく持ち前の武力でフルボッコにするものだから、何回怒られたか分からない。
もちろん女の子には手加減するけど。
そんな心配を抱えながらクラスの皆で歩き進めていると、体育館のような場所に到着した。
ひっっっっっっろ
既に他クラスの生徒も集まっているらしく、相当な人数なのにそれでも余裕があるくらい広々とした空間だ。
国から援助金どれだけ出てるんだろう。
「えー、では生徒も揃ったところで入学式を開始します」
どうやら私たちクラスが最後だったのか、すぐに入学式が始まった。
壇上では20代位の金髪ロングの美女がマイクを握っている。
「改めまして、皆さんこんにちは。そして入学おめでとうございます。私はここで学園長を担当しているフルーナ・アイリスと申します」
「学園長!?わっかぁ……!!」
近くにいる生徒が驚きの声をあげていたが、無理も無い。
まさか学園で一番偉い人が金髪美女とは……誰が予想出来ただろう。
「私は魔法科の授業を担当していますが、ご存知の通り我が校は魔法だけではなく、科学の授業にも力を入れています。それぞれの学生がお互いに尊重し力を合わせ、それが確固たる物になったとき、素晴らしい奇跡は起きるということを忘れてはなりません」
科学科か……噂では魔法科とぶつかることも多いって聞いたことあるけど、実際はどうなのかな。
それぞれに自分の能力に対してプライドがあるはずだし、尊重し合うなんて難しそうだけど。
私が心の中で悪態をついていると、こちら側の気持ちはお見通しなのか、学園長がこんなことを言い始めた。
「しかし実際には交流が無ければ難しいことも多いでしょう、そこでお互いのことを正しく理解出来るようにと我が校ではパートナー制度を導入しています」
さっきの女の子が言ってたやつだよね!
でもパートナーってどういう基準で選ばれるんだろう?くじ引きとか?
私がウーン、と悩んでいると学園長はニッコリ笑った。
「パートナーの組み合わせに関してはあらかじめ私たち教師が厳選に行い、既にそれぞれの相手は決まっています。これから発表しますが変更や異議申し立ては一切受け付けておりませんので、ご了承ください」
悪魔……!!
これで気の合わない人がパートナーだったらどうするの!?三年間耐えろってこと!?
一体私のパートナーはどんな人になるのか……
大き過ぎる不安を抱えながら、学園生活は始まりを迎えそうです。