1050年 1
世界歴より昔。神西暦として数えられていた時代。
1人の勇者が言った。
「世界にヒトがいる限り、その傲慢の上の平和は訪れない。
ならばこの世の均衡を守ることこそが唯一の平和なのだ」
そうして世界は生まれ変わり、世界歴として数えられるようになる――――
2人の少女がいた。
1人は透き通るような白い肌に、肩まで伸びた白銀の髪。空のような蒼い瞳をしている。身にまとうワンピースは、一切の汚れを許さないような純白。
もう1人は浅黒い肌に、肩まで伸びた漆黒の髪。黄昏のような朱色の瞳をしている。見にまとうワンピースは、闇のようなどこまでも深い黒。
正反対の色をした少女たちは、瓜二つの顔をしていた。
目も鼻の形も唇も、全て同じ。
2人は手をつなぎ草原に寝転がって、空を仰いでいた。白は右腕に、黒は左腕に、どす黒い刺青があった。複雑な模様を描いたそれは、歪で禍々しく、少女たちに不釣合いなものだった。
時が止まったように、風が吹かない。だから草がこすれあわない。音がない。日が沈むこともないから夜が訪れず、日が変わることもない。絵画のように、ただその場所は静かだった。すべてが虚ろの、まるで嘘のような世界。嘘のような、永遠。
「ねえ」
黒の少女が呟くような、聞き取るのに苦労するような小さな言葉を発した。白の少女はそれを聞き漏らすことなく、空を見ていた目を隣に寝そべる黒の少女に視線を移した。黒は微笑み、次の言葉を詠うように紡ぎだす。
「世界はね、白と黒を求めているんだって。光と闇。均衡を保つために、いつもそれを願っている」
「……へえ」
珍しく饒舌な黒に、白は驚きつつ次の言葉を待った。
「求め続けるなんて、世界は……人間は傲慢だね。でもだからこそ、弱くて、脆くて、儚くて、狂っていて、愛しい」
「……」
黒の朱の目は慈愛に満ちていた。白は反対に、静かで冷たい目をしていた。だが、その目は明らかな戸惑いの色を見せている。どう答えればいいのかわからずに小さく首を振って、ため息を吐いた。
「私には、よくわからない。役目なのよ」
白の言葉に、黒は一瞬悲しげに、そして鈴が鳴るような声で笑った。変えられない宿命。滑稽な運命なんて2人の間に必要ない。
「ふふ、そうね。あなたとわたしは正反対だもの。わからなくて当然、かな」
「……ごめんね」
「いいのよ。あなたにも解るときがくる。そのときこそ、あなたとわたしが1つになるとき。そうして世界が終る時」
それは、予言のように。確信を持つ目を、黒は白に向けていた。ぎゅ、と2人は手の握る力を強めた。数瞬、いつものような静寂がその場を支配する。黒が今までと一転して、静かに、しかし強く言った。
「時間だよ。そろそろ、『彼』が目覚めるころだわ」
「もう?」
「そう。……行かなくちゃ。それでね、聞いて。わたしたちは彼を殺す役目はもちろん、世界の歪みを直さなきゃいけない。その方法を思いついたの。あなたが光、わたしが闇になる。混沌とした世界を、変えるために」
「どうしてあなたが闇なの」
「わたしが黒くて、あなたが白いから」
2人はどちらともなく手を離した。お互いの温度が、指先から消えていく。いつも隣にあった存在が、消えてなくなる感覚。時間が迫っている、と2人は理解していた。自然にそれを受け入れていた。こうなることはずっと前から決まっていた。
「私たち、はなればなれになるの?」
「そんな悲しい顔しないで頂戴。安心して、わたしたちはやがてひとつのものになるの。元々ひとつなんだから。そうしてずうっと繰り返すのよ。悲しい連鎖を続けるこの世界に終りをもたらすの」
その言葉に、白はゆっくり頷く。それに安心したように黒は笑みを深めた。そして、自分を指差して黒は言った。子供のような、幼い笑みを浮かべている。
「そうね、決めたわ。わたしが世界全ての敵になる」
次に白を指差す。
「それで、あなたが世界全ての味方になる」
黒はきれいに微笑んでいた。これから先のことも、わかっているのにまるで知らないかのように、純粋で無邪気な。だからこそ、白もつられて、同じように笑んだ。白と黒は立ち上がる。
「光は、闇を殺す。だから、わたしを殺しに来て?」
「うん」
「さあ、行こう。わたしたちの役目を果たすために」
瞬く間に、少女たちは消えた。もとからいなかった、とでもいうように。
風が吹く。
若草の香りを運ぶ。
日が落ちる。
夜が来た。
明日が来ない、時が止まった楽園は存在しなくなった。少女たちのように、静かに消えた。そこにあった虚ろの世界は、どこかへいった。
ま る で ゆ め の よ う に 。
少女たちの隣で、世界は終わる。