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ゆめうつつ  作者: 紅月
18/18

      3-4



「それで?お前はどうやって俺に謝ってくれるんだ?」



 鼻で笑いながらソファに深く腰掛けて脚を組んでいるリドルは、事務机を挟んで小さな木製の椅子に座るキルシュを冷たく睨んだ。その鋭い視線に負けず、キルシュは気丈にも睨み返した。


「何を謝ればいいの」


 反抗的な態度に、リドルは目を細めた。知っている、この顔をするときは大抵イラついているときだ。それでも絶対引いてやらない。あの時自分はどうやってリドルが思うような対応ができたというのだろう。


「お前、俺がどうして一週間前に結界張るのを覚えるように言ったと思う」

「普通自分の部屋では張らないよ」

「ちょっと頭を使えばわかるだろう」

「いつもあなたは言葉が足らない。わかるわけがないじゃない」


 リドルは遠まわしに説明して要点を言うことは少ないということが、話すたびにわかるようになってきた。それは他者に本音を気づかれないために自然に身についたものなのか何なのか、とにかくキルシュはそれが不快でたまらなかった。


 言うべきことぐらいは言ってほしいものだ。判断を任せきりにしないでほしい。


「仕方ないだろう。俺は仕事が忙しかったんだ。お前に一から教える時間があったとでも?」

「普通は短くても説明する」

「普通じゃなくて悪かったな」

 


 口喧嘩に発展していく会話に、キルシュはため息を吐きたかった。リドルに至っては、もう何度目かわからない深いため息を吐いていた。リドルのようにそれができないのは、理由がなんであれ自分に非があるからだ。


 もっと強ければ人質に、なんてことにはならなかったし、リドルが言ったように結界を張っておけば狙われることもなかった。


「……反省はしてる」

「お前は素直に謝れないのか」



 「餓鬼が」と呆れたようにため息をまた吐いたリドルを睨みつけるが、それは間単に流された。わざわざ小さなことに反応しない余裕は、さすが年長者といえるところ。だが今言い合いをしていたキルシュ感心することはできなかった。



 リドルは他人の気持ちにあまり興味を抱かない人なのだと思う。この半年でなんとなくわかった。

 彼が「他人」に興味を示しても、それは「ヒト」にではなくその「力」だ。だって彼が誰かに「好意」を示すものはシュトラムハゼルぐらいしか見たことがない。いらないものは切り捨てる、という考え方はこの世界を生きるのに不可欠だ。そうは思ってもキルシュはこの考え方にいささか抵抗がある。



 時々、リドルを見ていると疲れないんだろうかと思う。アルジュナをまとめ、裏に手を回して完璧に指揮を取り、資料全てに目を通し頭を休めず、体の鍛錬も怠らない。完璧すぎて不自然でしかないのだ、だからこそ気持ちが悪い。

 彼が一体どのような生き方をしてきたかは知らないが、あまりにも面倒な生き方を選んだと思う。


 こんなことを思うのは、やはり彼と対照的な、直情型のアリスに感化されてしまったのだろうか。それともリドルに恩義を感じてのことか。答えはおそらく、前者が強い。


 

「……どうした、首が痛むか」


 随分思考していたらしい。気がつくと、いつのまにかリドルが目の前にしゃがみ込んでいて、キルシュを見上げていた。冷たい指先は首に巻かれた包帯に触れる。あまりの冷たさに眉をしかめると、それを痛がったと取ったのか、さっと手を離した。


 離れていく手をぼんやりと眺めながら、リドルの目を見た。自分も人のことを言えたクチではないが、相変わらず愛想のない目をしている。


「あの場に来たのが俺じゃなかったらどうなってただろうな」

「確実に、殺されてた」


 呟けば、リドルは「そうだな」と返した。

 その後しばらく沈黙が降りた。リドルは向かいの椅子に座りなおし、重いため息を吐く。青い目を伏せて、ため息と一緒にこぼす様に言った。



「あいつのこと、聞かないのか」


 何を、と聞くほどキルシュは馬鹿ではない。

 あの気味の悪い男のことだろう。


「聞かないよ。それは私のことじゃなくて、あなたのことでしょ」

「ふふ、確かにその通りだ。聞かれても教えないが」



 無表情に小さく浮かんだ笑みはどこか疲れている。

 会議のほうが上手くいかなかったのだろうか。キルシュはこの部屋に来る際に貰った珈琲を口に含み、喉に通した。もうすでに温くなってしまった液体は、あまり美味しくない。それでもこの妙な沈黙に耐えられずに、間を取るものが欲しいためにまた珈琲を啜る。


「どうせ聞いたら記憶操作でもするつもりだったんじゃないの」


 冗談で言ったつもりの言葉は、リドル相手では真実味がありすぎていわなければよかったと後悔した。リドルは口元に笑みを浮かべるだけ。それはおそらく肯定の意で、聞かなくて正解だ、とほっと息を吐いて窓の外を見る。

 なんだか彼相手に喋るのも慣れてきた気がする。



「お前を見ていると、エヴァンを思い出す」


 

 突然なんだ、とキルシュはリドルを見た。青い片目は、自分ではなく、自分を通して何かを見ている。精霊、だろうか?ずいぶんと柔らかい視線で、背中がむずむずする。こっちを見るな、と言いたかったが、結局何も言えず好きに眺めさせておいた。

 エヴァンか。その名前を聞くだけでほっとするような感覚がある。戦争が終わったら1週間だけ、休みが取れるか訊いてみよう。それからエヴァンのみんなに会いに行きたい。


「なんで?」

「あそこの人間は、自然を愛していて、自然と共に生きている。だから精霊が嬉しそうに群がっていたなあ……お前にもそうだな。エヴァンの人間だからか?」

「いや、訊かれても……」

「まあいいか。部屋に戻っていいぞ」


 ただし、昨日のことは忘れろ。呟いたリドルは真剣な目をしていて、思わず頷いた。おそるおそる理由を訊くと、戦争前なのに仲間を余計ピリピリさせる理由もない。と返された。


 あなたは何のためにここにいるの。あの変な男は?私たちに被害はないの?

 訊けたならどんなに楽だろうか。

 

 書類に向かったハーフエルフを背に、静かに部屋を出た。











 暗い部屋。明かりは点いておらず、カーテンも締め切られていて、光といった光はその隙間から入る月光ぐらい。家具はクローゼット、椅子、机、ベッドぐらい。寒々しすぎるほど何もない部屋に、少年――――ウルはいた。

 

 ジ、ジジジ、

 

 耳障りなノイズ。その音の根源は目の前の、ついさっき宙に浮かんだ、幻のように輪郭が歪む少年からだ。中性的な容姿は、まだあどけなさが残っている。彼を見て、シルバーブロンドの短い髪を指で絡ませて遊びながら、ウルは「なんだ、道化師か」とつまらなさそうに呟いた。


「ひどいな、そんな迷惑そうにしなくてもいいじゃない」


 笑いを含んだ声音。ウルは宙に浮かぶ少年、ゼギルを見上げた。


「僕はあんたが嫌いだからね」

「わかっているよ。ふふふ。君の願いは単純なものだから、よぅくわかっているさ」


 くすくす、とゼギルは楽しそうに、嘲り笑うような、それでも子供らしい純粋な笑みを浮かべた。ウルは、小さく、それでも強く世界から離れようとしない具現化した魂――――自分を、冷ややかに見下ろすその目が嫌いだった。


「伝言は、ちゃんと伝えられた?」

 

 ジジ、ジジジジ、

 

「まあね」


 ウルは壁を背に、床に座り込んだ。そして疲れたように息を吐く。

 目を伏せて、今度は笑みを浮かべた。


「ついでに、面白いもの見つけた」

「ああ、あの子……。うん。ボクもあの子は面白いと思うよ」


 その言葉を聞いて、合点がいったようにゼギルは嬉しそうに頷く。そのとき、ゼギルをすり抜けて鼠が通った。自分に向かって走ってきたその小さな鼠を、ウルは片手で床を殴るように潰した。「ぎゅ!」という悲痛な声と、内臓や血が飛び出る水音が、静かな室内に不思議なほど大きく響いた。

 ウルは鼠の内臓や血で汚れた片手を上げ、ゼギルの不思議な金色の目を見つめた。


「クロム、だけどね」

「ん?」


 優しい顔のわりにすごいことするねえ、と茶化しながらゼギルはウルの言葉を待った。ウルは俯き、しばらく沈黙した後申し訳なさそうに続けた。


「見つけるの、しばらく時間がかかりそうなんだ」

「ふうん?彼から話は聞けなかったの?」


 ジ、ジジ、

 

「クロムを毛嫌いしててね。でも彼はいいと思う。クロムと違って臆病に隠れたりしない精神的な強さがあるから、ああいうのは好きだ」

「仲間になったらいいと思うかい?」


 ゼギルの質問にウルは素直に頷いた。同時に苦笑しながら、


「無理だろうけど」


 呟けば、幻像の少年は背を丸めて喉で笑った。そしておどけるように肩をすくめながら、小首を傾げて見せる。


「ま、その辺は神様が決める運命じゃない?」

「また運命か。はいはい、もう消えてよ」


 事を言うたびに運命、運命って馬鹿のひとつ覚えじゃないんだから。と辛辣な言葉を並べながらウルはゼギルを睨み上げた。それほどこの言葉が嫌いか、とゼギルは自然と浮かびそうになる嘲笑を押し殺して、いつもの笑みで言う。


「そこまで毛嫌いされると傷つくなあ」

「そんな言葉はそれ相応の表情を作ってから言ってくれる」

「言うねえ」

「お前は……誰の味方なんだ?何を知ってる」

「…………」

 

 ジッ――――!


「ふふふ、じゃあね」


 楽しげに、馬鹿にしたように笑い続ける幻像は、一度大きな音を出して、静かに消えていった。耳障りなノイズも、静寂の中に溶けた。ウルは膝を抱えて、小さくなりながら消え入りそうなほど殺した声で呟いた。


「あんなやつ、消えてなくなればいい……!」


 低く、腹から出したような、殺意だけが篭る声。握った拳は自分の皮膚から滲み出た血と、鼠の血が混じって一滴床に落ちた。今の今まで気にしなかった鼠の贓物臭が鼻を掠めた。






謎が謎を呼ぶような、でも童話的な話にしたい

最終的に全てがつながる、なんだそんなことか

というベタな終わり方にしたい


……と思いながら

ストックはかなりあるのに

久しぶりの更新ですみません。


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