8話 攻撃力に極振り
1―1で始まった後半。ルミアとハヤトメカ、そしてキーパーのミチルメカまでも前に出る攻撃力に極振りした、同点でキックオフできる一度きりのチャンスに懸ける作戦。
鎌ヶ谷速は相手のエレンメカの前で一度足を止める。その後ろにクグイメカが構えている。前半でやったような、空きスペースにボールを蹴って相手より速く拾って突破という作戦は、二人が前後に並ぶと防がれる。
「一人じゃ無理だ」
「ルミア、ミチルとフォローだ」
ハヤトからのアラートが上がると溜池彼方はルミアと佐倉満に指示を出す。ミチルはミチルメカを操縦してハヤトメカに寄り、後ろでパスを受け取った。
「よし走れ!」
ハヤトメカが自分で蹴って追いかけるのでは先にクグイメカに取られる。なら役割分担し、ハヤトメカが走った先にミチルメカがボールを蹴る。
相手二人を突破したハヤトメカ。ボールを受け取るも、今度は最後の一人ステルが阻む。そしてクグイメカたちが迫り挟み撃ちにされるのが、コートの外で操縦するハヤトは見えた。すかさずルミアにパスを出す。
「いいですねぇ……これこそ広い視野。サッカー界を変える力」
モニターでイベント会場内の各地の試合を観戦するボスは、コートの外で中のプレイヤーを操作することで動きにどんな進化が起こるか実験したい。今のハヤトメカの動きは、コート内では背後から相手が来るのは見えないが外で操縦することで気づき、やられる前に手を打てた。
「その成長が私の計画に活きるのです。もっと見せてくださいね」
これこそ本イベントで参加者に得てほしい力。いずれ彼らのメカを俯瞰して操縦し、世界征服計画の駒とする際の、理想的な操縦を、彼らを探ってもらいたい。
そんな野望を抱え、悠々とコンテストの様子を眺めた。
ボールはルミアに渡るも、クグイメカが素早い移動でディフェンスに就く。ハヤトメカを挟み撃ちに動いたエレンメカとはその時点から別行動だった。
クグイメカの武器はスピードと柔軟な脚。距離を詰められた状態で強引なパスを出すと足で弾かれる。前半で散々やられた手だ。それを分かっているからルミアも攻めあぐねている。
「相手にボール渡せ!」
「ちょ、何を」
カナタはルミアに向かって叫んだ。その内容にハヤトたちも相手さえも戸惑う。同点の状態から相手にボールを渡さず攻められるのが今だけのチャンスなのに、それを捨てようと言うのだから当然だ。
「……イエス、ボス」
ルミアも最初は戸惑った。だがカナタの言った言葉の意味に気づくと、シュートを撃ってクグイメカを吹き飛ばした。ボールは跳ね返り、ルミアに当たってコートの外に出る。だがそれはカナタの想定外で、彼は膝から崩れ落ちる。
「何言ってるんだお前」
「いや……ディフェンス技で取り返せばいけると思って」
ハヤトはカナタを問い詰める。
ルミアはディフェンス技を使えるので相手からボールを取るのは得意。ならそうするためにわざとボールを預け、取り返すことでドリブル突破と同等の結果になる。それがカナタの閃いた作戦だったが、ルミアに正しく伝わらなかった。
「ごめんなさい! メカに乱暴なことを」
「うーん……うん、大丈夫っ。ちゃんと動くから」
カナタは羽生鵠に謝る。幸いメカに異常は来さなかった。クグイは気にしていないものの、カナタは自分を許せなかった。相手をボールで傷つけて力を奪うなんてサッカーではない。
「まあ俺のメカもシュートで吹っ飛ばされたけど平気だし」
「必殺技の方がよっぽど効いてそうだしな」
「でもさ……」
確かにやってることは必殺技を相手にぶつけるよりマシだ。ルミアのやったことも必殺技と言い張ればそういうものだと受け入れられるだろう。技とラフプレーの境界は曖昧だ。現にファウルやイエローカードは出ていない。
「……うん。やっぱり駄目だ、今のは」
カナタは独断と偏見で良くないプレーと判断し、ルミアに注意しにいった。
「今の、試合に勝つための行動じゃない。相手を倒すためのプレーは禁止だ」
問題は手口ではなく意思。試合終了時の点差で勝つのではなく、相手を続行不可能にして勝つ。そんな意思が込められていたように見受けられたから、それは封印するよう制限する。
「俺の言い方が紛らわしかったのは認める。終わったら教えるから」
相手をドリブルで抜けないから、代わりにボールを渡してディフェンス技で取って怯んだ隙に抜く。それはカナタの思いつきの作戦でルミアとは特訓していない。
だから意図を汲み取れなかったのは無理もない。そこでこの試合後に、カナタ自ら練習相手になると約束した。次からは思い通りにやれるようになるために。
そう告げてルミアを許した。ただ自分は許せなかった。前の試合でルミアは相手のコントローラーを攻撃して試合不可能にさせようとした。もう同じような過ちは犯さないと誓ったのに、防げず被害を増やしてしまった。
参加者で唯一操縦せずメカの自我に委ねているカナタが、試合中一番余裕がある。何が起こるか予測し、次こそ防ぐと決心した。
そしてエレンメカのスローインから試合が再開。ボールはステルに渡る。このまま攻めてこられると、前半の失点と同じ状況になる。そうなったらキーパーのミチルメカも前に出て、必殺技シュートと撃たれる前に止める作戦を立ててある。
だがカナタたちの想定外の事態となる。ステルはボールを受けてすぐシュート体勢に入った。前半で披露したのと同じ、高く跳んで流れ星のように蹴り落とすシュート技"スーパーアース"の構えだ。
前半に撃ってゴールとしたときよりも、ずっと下がった位置から。
このときカナタは思ったのは、さっきより遠いならミチルメカのキーパー技で今度は止められるのではないかという期待。ステルに撃たれたら止められないから技は温存する作戦だったが、止められる可能性が出てくると話が変わる。
そしてミチルも同じことを考え、技を撃つ準備を整えていた。その真剣な表情を見てカナタは確信する。彼はゴールを割らせる気がないと。
「待て使うな!」
だがカナタはストップを呼びかける。これは相手チームの罠に思えたが、ミチルは聞かない。一度点を取られているから、負けたままでいられない感情が湧いている。
説得の時間もなく、ステルのシュートをミチルメカが受ける。キーパー技は当然、さっきと同じ"ハウンド・ザ・ハンド"。彼らが失点したときと同じ技同士の勝負だ。
ミチルメカは両手で押さえながら踏ん張るも、止めきれずボールはゴールへ。しかしルミアがブロックに間に合い、ディフェンス技"アースブレイク"で地面の欠片をボールにぶつけ、跳ね返した。ボールがふわっと空に舞う。
「よし! ナイス!」
結果として失点は防ぎ、ミチルの狙った通りの結果となる。だがそのキーパー技を二度使った代償で、彼のメカは両腕がショートしている。次その技を使えばもう二度とキーパーができなくなる。そんな機会はそう訪れないと思いそれだけの威力を備えた技を持たせた。
「止められた」
ステルのシュートが入らなかったのは京橋慧練たちの想定外の事態。入れば相手のキックオフで試合再開だから、ポジションは上げていなかった。今さら動いたとて跳ね返されたボールに届かない。
しかしステルは走っている。カナタまで守りにきたのは予想外だが、もう一度撃てば入ると信じ、詰めにいく。だがゴール前にいたルミアが先に取った。落下を待たず高く跳んで、空中でハヤトに大きくパスを出す。
「クグイ、止めるよ」
エレンはハヤトメカを二体でマークする策に出た。ここでボールを取って、もう一度ステルに繋ぐために。だがその後方でミチルメカが全速力で走ってくる。ハヤトもその動きを見てパスを出す。ボールを持ったミチルメカはフリーでゴールを目指す。まだ射程外。強く蹴ればゴールを外れ、軽く蹴ればシュートがメカに追いつかれて止められる。
「私が行く!」
クグイはハヤトメカのマークをエレンに任せ、ミチルメカの前に移動させる。その時点はもう射程内。
ミチルメカが放つ渾身のシュートは、クグイメカが伸ばした足に接触する。しかしその程度ではブレず、ゴールに突き刺さった。2―1。逆転と同時にホイッスルが鳴り、カナタたちの勝利だ。
「よっしゃ勝った勝った!」
コントローラーを片手だけで持ち、空いた手でハイタッチをするミチルとハヤト。その後カナタは元々手ぶらなので、両手で二人の片手を受けた。
「ブロックされたときはヒヤッとしたぜ」
「いやあれは狙い通りだ。俺のパワフルなシュートは、ちょっと弾いた程度で防がれねえ」
ミチルは最後のシュートが決まったのは運が良かったからではないと言い張る。クグイメカの武器は柔軟を足ゆえに対応できる範囲の広さだが、その分パワーに欠ける。だからその広く薄いブロックを無視できるパワーで押し込めばいい。そんな狙いが最初からあったのだ。
「つか二点取るキーパーって何だよ」
「確かに。その強気なスタイルのおかげだな」
「まあキーパーできない腕になったからその分仕事しねえと」
メカ二体または三体で一チームなのでコートは通常のサッカーよりずっと狭い。自陣ゴールから相手ゴールまで走るのもそう難しくないが、ゴールを空けてリスクを背負うのは簡単にできることではない。ミチルの度胸があっての勝利と噛みしめる二人だが、ミチル本人は当然のことと捉える。
なにせメカの腕がボロボロで本来の役目を果たせないのだから、攻撃陣に協力するしかない。結果として自分でゴールを決めたが、味方のどっちが決めていても彼は満足だった。
「つかあれよく止めてくれたよ。サンキューな」
キーパーができないという話から、ミチルはルミアがカバーしてくれたことを思い出してお礼を言う。あのブロックがなかったら逆に相手が優勢、じきにタイムアップで負けていたかもしれない。
また止めてだけでなくマイボールとして保持し、追加点の起点になった。だから勝てた一番の要因はルミアだと捉える。
喜んでいいのかとルミアはカナタに目を向けて反応を窺う。すると彼は微笑んで言った。
「いいディフェンスだったぞ。シュートのブロックにも使えるなら、もっと戦略が広がりそうだ」
今回のステルのようなミチルメカ単独で止められないシュートが以降の試合で飛んできても、ルミアのブロックを挟めばゴールを阻止できる。それを実践してみせたから、これからはそうする立ち回りを意識して指示を出せる。今回はルミアの自己判断だったが、そういうのはコート外のパートナーのカナタの役目だ。
「それにあの空中キック、良い動きだった」
体の何倍もの高度まで跳んで、綺麗に強力なパスを通した。その技量もカナタは褒める。練習していないから、出会う前からできる芸当なのだろうと納得する。
「……どうした? 喜んでいいんだぞ」
「さっき言われたこと、引き摺っているんじゃない?」
エレンが話に混ざってきた。そしてルミアが戸惑っているのは、クグイメカにボールをぶつけて倒したのを怒られたのを気にしているのではないかと指摘する。
「おめでとう。完敗よ」
「あれでボール取れたのに、勝てなかったわけだしね」
やられた側は気にしていない。あのルミアの乱暴なプレーが敗因だなんて難癖をつけない。むしろクグイ本人も、そのプレーのおかげで相手からボールを奪えた。そんな予期せぬチャンスを得ての負けだから、言い訳しようがない。
「まああれも跳ね返り避けてればマイボールのままだったけどな」
「そうだけどそんな練習はしねえぞ」
クグイメカにぶつけてそのままコート外にボールが出ていけば、最後に触れたクグイメカが出した扱いになるのでカナタチームのスローインで再開できた。ただそんな技術を磨く必要はないとカナタは否定する。
「ルミア。良いチームとパートナーを見つけられたのね」
「……?」
ステルはルミアと同様に自我を持つメカで、ルミアの過去を何か知っているようにカナタは感じる。今の話は、その自我とサッカーらしくない攻撃的なスタンスを与える改造をした何者かに絡んだ話に聞こえた。その人物がこの会場にいるかは彼もルミアも知らない。
「あの、急な助っ人を引き受けてくれてありがとうございました」
今度はエレンがステルにお礼を言う。これで臨時チームは解散、ステルが本部に戻るところだが、彼女はもう一つ頼んだ。
「あの……よかったらあのシュート技、教えてください」
「ええ、いいですよ」
それはステルのシュート技"スーパーアース"をエレンメカに会得させること。エレンの次の行動は、他の参加者に挑む前に、その強力なシュート技を練習することだ。
「じゃあ俺たちは別の相手に挑むか」
「ああ。試合、楽しかったぜ」
ミチルたちもルミアによるメカの修理が終わったら、他の参加者と試合をしたい。エレンたちとはここで別れ、試合前に会った知り合いに勝負を仕掛けにいった。
「俺とルミアは練習するから、相手は好きに決めていいぜ」
「おう。すぐ戻ってくるわ」
カナタは残った。今の試合で気づいたルミアの課題の克服のために。
「エレン、もしかしてあの人が気になる?」
せっかくステルが手伝ってくれるのに、意識がカナタに向いているエレンをクグイは冷やかす。しかし彼女は冷静に答えた。
「練習を頑張るのはいいなって思っただけよ」
せっかくのイベントだからといって試合の数をこなすことに執着せず、露呈した課題は分析して潰す。そんな姿勢が気に入って、負けたくないと思うのだった。