6話 そっくりそのまま
メカサッカーコンテスト。次の試合の相手は京橋慧練と羽生鵠、そして人数合わせで急遽内緒で誘った自我を持つメカのステル。
溜池彼方はチームメイトの鎌ヶ谷速、佐倉満とともに作戦会議をしていた。
「クグイの特殊能力は水の上に立つこと。この競技では意味がない」
「水……エレンって奴は水を出せるぞ」
このイベントはメカにサッカーをさせるもの。本人が戦うわけではないから、特殊能力を持っていても活かせないことはある。だから警戒しなくていいという結論に向かったところで、カナタはさっきエレンが披露していた能力は放水するものだったと告げる。
「能力者、だよな? 何年生だろ」
「紹介がまだだったね。この子、引っ越してきたの。これから私の同級生」
能力者は限られており、同学年なら他校生でも面識はある。けれどもハヤトたちはエレンを知らない。じゃあ同学年ではないかと考えたところにクグイは割って入り、彼女の紹介をする。
学年は同じで、能力者だと知らないのはこの島に来たばかりだから。一方でクグイはチームを組むくらい親しくなったのは、これから同じ中学校に通うくらいの近さだから。
「引っ越してきたのか」
「じゃあこれから俺たちの仲間だ。よろしくな」
そうと聞くとハヤトたちは納得した。そして同学年とならば、たとえ家や学校が離れていても能力者同士関わる機会があり、その仲間にエレンが加わる。このイベントだけの付き合いではないと判明すると、この試合への向き合い方も変わる。
一方で能力が未覚醒のカナタは、その輪には入れない。このチームも当初組むはずの同級生がキャンセルしたことで結成された急造チームで、ハヤトとミチルは他校生ながら能力者という繋がりで知り合いだった。初対面だったのはカナタだけ。
「いや、別にカナタは仲間じゃないって意味じゃなくて」
「そうそうっ。俺たちチーム、勝とうぜ!」
「あ、ああ……そうだな」
そんな除け者オーラが出ていたのか、ハヤトたちに気を使われる。そう言ってもらえてカナタは嬉しかったが、疎外感は残る。
「このイベントが終わったら、俺抜きで集まるんだろうけど」
「の、能力が出てないからって気にするなよ」
「お前だっていつか目覚めるかもだし」
そうは宥められるものの、カナタの同級生には一人しか能力者がいない。島全体でも同学年で三十人弱の希少価値。無能力者だからって恥じることはない。それに彼らがいうように、先天的なものではない。いずれ突発的に覚醒する可能性はゼロではないのだ。
「俺らみたいなのと絡んでいるとそうなる可能性上がるかも」
「そう、リバーシ的な」
能力者たちに混ざって活動していれば、覚醒する確率も上がると期待を込める。そんなジンクスがあるのかもしれないが、カナタは気にしないことにした。
「そうだな。別になくても、やれることはあるし」
能力者に任せっきりにはしない。チームの一員としてベストを尽くす。それが今できることだとカナタは前を向く。
「悪かった。俺の態度でムード下げてしまって」
「気にすんなよ」
「ああ。それに今回は」
ミチルはコントローラーを操作しメカを歩かせる。このイベントでは能力の有無以上に重要なものがある。
「コイツらの戦いだぜ」
それはメカの強さ。改造して性能を上げたり、上達して練度を上げたり、そしてチームで連携したり。本人が直接試合をするのとは違うから、能力の有無の影響も薄れる。
「その点、自分で動くメカを選んだカナタは……この中で一番、特別な存在だと思うぜ」
参加者は能力に関係なく量産型の支給メカを使っている。対してカナタは道中で拾った自我を持つメカで出場した。そのメカ、ルミアは元からサッカーの技術を持ち、一人でも十分戦える。それがカナタの特権というわけだ。
「そうだな。行こうルミア」
試合をするのはルミアなのに、パートナーのカナタがブルーな気分でいては駄目だ。ルミアの顔を見て、前の試合の反省点を克服する特訓を思い出す。その成果を見せるときだと背中を押した。
「さて、作戦会議に戻ると、向こうは俺らを無能力者も同然だと思い込む」
「確かに。まあ事実だけど」
ハヤトは速く動き、ミチルは野性化でパワーアップ。どちらも操縦者では意味がない。それはクグイに見抜かれているはず。前の試合でも相手にバレていた。
「けど、改造してスピードやパワーを上げている。向こうの想定以上にな」
「ああ。前の試合も圧倒したわけだし」
前の試合は人数差もあり前半戦はハンデがてら無改造で挑み0―2の劣勢だったが、改造して臨んだ後半戦で2―2に追いついた。後半だけで見れば圧勝で、今回はその状態からスタートする。
「俺らの実力を甘く見てるはず。そこを返り討ちってわけ」
「こんなのデータにないって反応が楽しみだぜ」
そんな強気な二人をよそに、クグイとエレンは前の彼らの試合映像を予習していた。
「凄い……後半から別人みたい」
「本部として試合の記録を残していたのが、こんな風に役立つとは」
ステルが録画していた試合で、クグイたちはカナタチームの実力を見た。
「これは向こうに内緒よ」
「当然よ。フフフ」
悪い顔で意気投合するクグイとステル。エレンは職権濫用に気が引けるも、チームの勝利のためにカナタたちに暴露せず作戦を考えた。
「エレンは水使いで、それをメカの改造に落とし込んでいるかもしれない」
改造してあるからといって油断はしない。カナタたちは相手の作戦を考え、その策を編み出そうとする。
ハヤトもミチルも能力を試合に活かせない代わりに、メカを自分と思い込むと自身が選手のつもりでプレーできると考え、メカを改造して各々の能力を反映させた。
同じ理屈でエレンやクグイも改造していると仮定して、水を使った作戦を立てていると考えられる。
「それがどうシナジーを生むかだが……カナタ、あのメカはどんな奴だ?」
「ああ、さっき呼んできた……俺も本部で会っただけだけど……」
気になるのはクグイが人数合わせで呼んできた、ルミア同様に自我を持つメカのステル。ただし本部側の立場でカナタのようなパートナーはいない。
そのメカを一番知っているのは来場してすぐルミアを背負って本部に行ったカナタだからあてにする。とはいえ彼もそこで会ったきりだからと悩みつつも、ステルが再起動させたルミアとの応酬を思い出す。ボールを渡すとルミアは反射的にシュートを放ち、それを容易くキャッチしていたステルの姿を。
「凄いキーパーだ。ルミアのシュートを楽々止めた。こんな風に」
カナタは当時の状況を再現して説明するべく、ルミアの足元にボールを送る。シュートだと告げると蹴り飛ばし、カナタは両手で押さえ、体ごと吹き飛ばされた。
「大丈夫か!?」
「あ、ああ……」
ルミアのシュートが強かったのではない。威力はステルに撃ったのと同じ。彼が両手で止め切れないほどの威力を、ステルは難なく止めていた。それを言いたい。カナタは起き上がり、作戦会議に戻る。
「要はミチルみたいなパワータイプのキーパーってことか」
「なら勝てるな」
「おう」
勝てると言ったハヤトは間接的にミチルが見下しており、ミチル自身も納得した。これは二人が最初に練習していたときの気づきでありカナタは知らない。
どういうことかと聞こうとした矢先、エレンに声をかけられた。
「練習するのでコート半分使うね」
「どうぞー」
相手はもうウォーミングアップに入る。しかしこれはカナタたちにとっても好都合。向こうの動きを見せてくれるのだから。
「ありがとう。じゃあ」
エレンはコート半分を囲うように水飛沫を上げた。これで中の練習風景が遮られてしまった。そうきたか。ずいぶん能力慣れしてるものだと感心する。
そして中では試合のポジション調整をしていた。クグイがディフェンス、エレンとステルがフォワード。ステルがキーパーというカナタの予想は外れていた。三人チームならキーパー必須というルールはない。
「パワーがあるなら、届かないシュートを撃てばいい。こうしてゴール端に引きつけて、逆サイドに一気に駆け抜ける」
ハヤトはステル攻略作戦をカナタに伝える。前の試合でやられたような、必殺技による力押しはしない。彼のメカはスピードが武器だから、相手の対応が間に合わないような動きで隙を突く。
「まあ、俺が相手なら頭から突っ込んででも止めにいくけど……そんな度胸ある奴はそうそういねえ」
それがパワータイプのキーパーの弱点ならミチルも喜んでいる場合ではないようにカナタは思う。仮に作戦が決まったとて、そっくりそのまま返される。
それが誤解だと本人の口から明かされる。ミチルなら防げる。速さで適わなくても、捨て身で飛び込めばゴールを阻止できるから。作戦をコピーされても彼は凌げるのだ。そしてその防ぎ方はそう真似できるものではない。恐れ知らずの彼だからできると豪語する。
「お前、見た目の割にワイルドだな」
「むしろこのルックスだからだよ。女って誤解されないための」
桜色の髪。ショートヘアだが、カナタは最初にミチルを見たとき女子かと思った。一緒に出るはずだった同級生からは、女子のような男子と聞いていたからすんなり受け入れたが、いざ組んで言動を見ると、知れば知るほど男を感じる。
それはミチルが意図しているもの。素振りまで女子らしくなると余計に誤解されるから、強気に振る舞う。
「地毛? 髪黒くしたら?」
「元は黒いんだ」
ミチルは後ろ髪を持ち上げる。裏側は黒髪で、それが本来の彼。
「厄介事に巻き込まれてな。まあおかげで特殊能力が目覚めたわけだからいいけど」
カナタはミチルの髪色が能力と関係すると考え、追求しないことにした。それに彼なりに考えているのだから、あれこれ言うのはお節介だと捉え、話を戻す。
「そうか。悪い、話脱線しちまって」
「いいって」
「とりあえず、一点はそれで取るとして……俺らはそのサポートだな」
ハヤトが作戦通り点を入れるために味方としてできること。カナタはルミアに前もって指示を出す。
「ルミア、俺が合図したらハヤトメカの後ろにつけ。相手の意識を端に誘導するんだ」
「おお、それいいかも」
ハヤトはミチルと一対一でしか練習をしていない。けれども試合は三対三。ハヤトが端に詰めたとて、逆側からルミアが迫ってくれば、キーパーはどちらにも対応できるよう中央を守る。それでは振り切れないから、あえて片方に集中してもう片方への注意を薄くさせる。ルミアに伝えたのは、そんな立ち回りだ。
水飛沫が収まり、中からエレンたちが出てくる。ちょうど彼女らも秘密の調整を終えたところだ。両者準備万端。いよいよ試合で、ポジションに立つ。
「え、そっちキーパーなし?」
「ステルさん、前はストライカーやってたそうで」
早速あてが外れる。そしてカナタはステルのキック力を知らない。何よりこちらだけキーパーがいる分、今度はフィールド上で数的不利になる。
一方で向こうはこちらのフォーメーションを見ても動揺を見せないから、予想の範疇だったのだろう。とはいえ各々の性格や特殊能力を踏まえれば順当なので予想は容易いと言われれば納得してしまう。
「心配するな。俺を信じろ」
読みを外したところで作戦は失敗とは限らない。カナタはルミアに焦らなくていいと呼びかける。
試合はステルのキックオフで始まった。エレンメカがドリブルで攻めてくるのでルミアは正面を塞ぐ。そして必殺技の構えをとると、カナタが呼びかけた。
「待てルミア! 右に避けろ!」
「え……」
ルミアは必殺技をキャンセルし、言われた通りに道を開ける。案の定、エレンメカが突破を図る。
「今だ!」
エレンメカが素通りするところでカナタはディフェンスの指示を出す。ルミアは地面を踏み込み地割れを起こし、地面の欠片をエレンメカにぶつける。衝撃でボールが足元を離れるも、ルミアの届かない中央へ寄ってしまう。
「取れミチル!」
「オッケー」
ミチルメカが前に飛び出し、ボールを前に蹴り上げた。前の試合で露呈した別の相手に取られる弱点は、それより速く味方が拾うことでカバーした。
「なるほど……操縦者からメカが見えにくいポジションからディフェンスで、判断を鈍らせた」
ステルは何が起こったのか見破った。ルミアのディフェンス技はボールを取っても自分でキープが安定しないから、相手も不安定にさせてデメリットを薄めたのだと。
こんな作戦、前の試合では披露していない。反省で気づいた新戦法だと認めた。
一方ボールはハヤトメカが保持。残すはクグイメカ。得意のスピードを活かし、ボールを蹴り出し先に拾うことで突破を図るが、柔軟な開脚によってボールが弾かれた。彼が不意を突かれた隙に体を起こし、こぼれ球を取りにいく。
今度はハヤトがボールを取りに迫るが、クグイは彼と同じ手で、ボールを蹴り出し自分で拾う。どこへ飛ばすかの主導権は彼女が握っており、スピードも彼のメカに匹敵する。
結局奪えず、ボールはエレンメカに渡った。するとルミアは自分でさっきと同じ作戦で再び取り返す。違うにはミチル任せでなく自分で拾ったこと。ボールがどこへ転がるかをさっき見たから、読んで動くことができた。
「いいぞルミア!」
カナタは自力で判断できたルミアを褒める。まだ無得点だがルミアは楽しいと感じた。そんなやりとりを見てステルも安堵し、ついに動き出した。