53話 雲の色の真実
溜池彼方は背中の痛みが引いていくに連れて心に落ち着きを取り戻した。涙を拭い、他人に気にかけられるのを嫌って気丈に振る舞う。彼に話しかけるタイミングを窺っていた佐倉満が寄っていった。
「悪かったな。乱暴なことして」
「いいって。たいしたことじゃない」
背中の痛みはミチルの仕業だ。勝負の最中、ミチルはカナタを投げ飛ばし、特殊能力で生やした翼で飛んでからボールを持った拳を彼の背中に打ち込んだ。だがこの勝負は相手が背負う籠にボールを入れたら勝ちのルールであり、手を出すことはルールにそぐわない行為。現にミチルは反則負けと判定され、抗議しても覆らなかった。
「それよりその前に何かやっただろ」
「ああ……あれはいいんだ。いつものことだし」
カナタは他に気になることがあった。ミチルの攻撃を食らう前までは、彼は能力で雷雲を生み出し周囲を真っ暗にしていた。どんな相手でも迂闊に動けなくする作戦だが、彼自身も見えなくなる。そこに響いた観客のうめき声。焦れったくてやけくそになって暴れたミチルが何かトラブルを起こしたとカナタは睨んでいる。
するとミチルは図星だと頷きつつも、それはよくあることだと開き直った。
「俺は今日が初めてなんだが」
「どうも野性化するとテツジに噛みつきにいっちまうんだよな。"同期"としての対抗心というか」
「"同期"……」
カナタは先週能力者になったばかりで、ここにいる同学年Aランク能力者のことはよく知らない。だから恒例のゴタゴタと言われても分からないと突っぱねる。
だが"同期"という用語には聞き覚えがある。同級生に能力者がいて、能力者と測定された時期が近いと同じコードが割り振られる傾向があり、その括りを"同期"と呼ぶと聞いている。カナタにも二人いて、一人はAランクなのでこの場にいる。
同様にミチルにも"同期"がいて、闘争心を向けあっている。彼が本気を出す代わりに理性を失ったとき、勝負にかかわらず本能で狙ってしまうのだ。
だがカナタからすれば、そんな習性はどうでもいい。事の発端はミチルが能力を使ったこと。野性化したせいで観客を巻き込み、カナタにも謝る羽目になったことを彼は指摘する。
「見えないのに動くからだ」
「いや、見えてはいた。見ようとしたら暴走したというか」
「見えてたのか……」
フィールドはカナタが生み出した雷雲で真っ暗だった。下手に動くのは危険と判断してじっとしていれば誰かに危害を加えることはなかった。暗闇を作ったのはカナタだがトラブルを起こしたのはミチルに非があると指摘するも、その前提は違うとミチルは答える。
ミチルはカナタの雷雲で遮られた光を拾うために、能力で目のつくりを動物のそれに変えた。おかげで暗闇でも見えたが、同時に、理性も制御できなくなるため悪い癖が発動し観客を巻き込んだ。だからカナタが想像しているような、闇雲のヤケクソ行為ではないと説明する。
そしてカナタが合点がいった。暗闇の中で声を出したときミチルが突っ込んできて、声で居場所が割れたと捉えて黙って横に移動したが、彼は進路を修整し、掴んできた。あれは間違いなく、姿が見えたうえでの行動だった。
カナタは自分の作戦負けだと受け止めた。暗闇に沈めればお互い何もできないと思っての作戦だったが、ミチルには視界を手に入れる手段があった。そうと知らず仕掛けた彼には、タイムアップまで粘ることはできなかったにちがいないと考えた。
つまり彼が狙った、真っ暗で何もできないつまらない勝負は、相手への理解が甘かったせいで初めから実現できないものだったのだ。そしてミチルが反則をしなければカナタは負けていたが、その展開がつまらないとは思わない。相手の実力を認め、満足できる勝負と思えたかもしれなかった。
「まあ、見えたのは皆が喋ってたのがヒントになったからだけど」
ミチルは自分一人では打開策を思いつかなかったと明かす。観客に暗闇でも人の居場所が分かる人がいて、けれどもそれは特殊能力による技能で彼には真似できない。それなら自分なりのやり方で代用できないかと考え、それがきっかけで閃いた。仲間のおかげだと告げる。
一方、その会話を聞き流していたカナタはミチルに味方した誰かがこっそりアドバイスを送ったと解釈した。それを卑怯とは思わないし羨ましくも思わない。彼は誰の手も借りる気がなかったから、ミチルの自慢に無関心だった。
「実は俺もお前と同じだ。望まない形で攻撃的な力を得たって意味で、似た者同士だな」
勝負のことでひとしきり話を済ませたミチルは、そもそもなぜカナタに勝負を挑んだかを語る。先週のイベントの帰り道、京橋慧練から話を聞いた。壊れたルミアが自分を忘れないでほしいと願いカナタに力を授けた結果、彼は特殊能力者となった。けれども彼はルミアを直したくて力も返したくて、そもそも壊される前に救えなかったことを後悔し、能力者になったことに否定的だと。
だからミチルは名乗りを上げた。違う形で望まず力を手にした自分が、現実と向き合うようカナタを説得してみせると。そして今日は行動で示す絶好の機会と踏み、勝負を挑んだのだと。
「それを恨んでも仕方ねえから、いつも全力でやるけどな。お前だって、全力でやればこんなもんじゃないはずだ」
しかし能力への向き合い方はカナタと違う。暴走して被害を生み出す力を嫌っても、手放せるものではない。だったらその力を役立てる方向に伸ばしたいと考えて、全力を出すべきときは暴走も躊躇わないようにした。周りを巻き込むことを恐れない点は今のカナタと違うと告げる。安全であることに固執して地味な使い道に走る彼のような、つまらない方向には向かわない。
そしてカナタのことも、目指す道を変えればもっと輝けると期待している。破壊者と名付けられた能力を持つ彼の実力は、まだまだ伸びしろがあるはずだ。
「次はもっと楽しい勝負をしたいぜ。とりあえずありがとな、相手してくれて」
最後にミチルはお礼を言った。カナタが勝負に応じてくれたおかげで、彼を知られて自分の可能性も広げられた。ただ贅沢を言えば、今度また勝負して、そのときは彼の全力と向き合いたいと告げた。今日でも、次の集まりのときでもいい。
そして他の友達の元へ向かうミチルを背中を見送り、カナタは誓った。今度はもっと対策を練る。そしてもっとつまらない勝負を繰り広げ、誰も巻き込まない平和な結末を迎えてみせると。
「じゃあ今度は私とやろうっ」
ミチルとの会話が終わるのを見計らっていた福俵天使がカナタに話しかける。だが彼が返事する前に、あちこちから待ったの声が上がる。
「待ってよアツカ。まだやってない人ばかりでしょ」
「うん、知ってる。だからだよ」
確かにマッチングは自由だが、順番を守るのはマナーだ。一対一のこの勝負、まだ出ていない人が複数いるのにカナタが二周目に入るのは不公平だ。だがそれはアツカも自覚している。むしろ不公平だからこそ彼と勝負したいと提案したのだ。
「退屈にできるよ? どう?」
つまらない展開はカナタが望むこと。なら彼は勝負に乗ってくるはずだ。今も決意が揺らいでいないというのなら、今度こそ結果で証明したいことだろう。コンディションが万全でないとしても、その欲を抑えきれず勝負に応じてくると信じた。
「いや、そもそも今ボロボロだし……」
「関係ねえよ。やるぞ」
「決まりね。じゃあよろしくっ」
ミチルとの勝負でのダメージが抜けてないことを第三者に気遣われたがカナタは問題ないと言い切った。彼の理想の勝負にお互いの体力は必要ない。期待通りの返事をもらえたアツカは意気揚々と準備に入る。すでにカナタに勝つ算段がついているかのようなお気楽っぷりだ。
「……まあ、二人の歓迎会でもあるし、まあいいか」
カナタが二度目の勝負をすることには目を瞑った。この集まりは定例のAランク交流会だが、新メンバーのカナタたちを迎える会でもある。エレンと違って勝負に負けた彼への接待としてリベンジの機会を与えたアツカなりの気遣いと捉えて、彼の連戦を承諾した。
勝負は用具選びから始まる。ボールか籠か、その両方か。相手が背負った籠にボールを入れる一対一の追いかけ玉入れだが、鬼と逃げる側のどちらを選ぶかの段階から駆け引きは始まっている。だがカナタはまたしても駆け引きを放棄する。お互い見せず用具を取ってせーのでオープンするところを、アツカの見ている前でボールと籠の両方を取る。そして選び直しはしないと言わんばかりに荷縄で籠を背中に固定する。
「すぐ下ろせるようにした方がいいよ」
籠を下ろすのはルール違反だが、身を守るには大事なことだ。さっきの勝負ではミチルがボールを叩き込んだせいでカナタは背中を痛みつけられた。二の舞いを演じることのないよう忠告を受ける。確かにやれることを増やして損はないと同感だったが、彼は意地になって知らんぷりした。
「じゃあ私ボール」
「あーあ。ボールの持ち腐れね」
するとアツカも選んだ用具を見せつけた。ボールだけということで、彼女が鬼でカナタが逃げる側。すなわち彼が取ったボールは無駄になったが退かすことはできない。抱えるなり蹴るなりして運んで移動しなくてはならず、この時点で彼が不利だ。だが彼は動じない。むしろ先に選んだことで相手から用具選びの駆け引きという楽しみを奪ったことを良しと捉える。
そして勝負が始まるとカナタはさっきと同じ作戦に出た。彼に目覚めた特殊能力は破壊力のある光線。だが相手ではなく空中を狙って撃つ。すると雷雲を生み出す効果があり、黒い雲でフィールドを覆って真っ暗にする。お互い自由を奪われやりたいことを満足にやれないままタイムアップを迎える、つまらない決着が彼の狙いだ。
しかしさっきと違うのは勝敗だ。
「また同じ作戦……でも今回アツカが籠しか選んでないから」
「時間切れで引き分けじゃなく、カナタの負けになる」
観客が言っている通り、時間切れで引き分けになるのは両者が用具両方を選んだときに限る。その場合はお互いが鬼であり逃げる側だからだが、今回アツカが片方しか選んでいないので役割が固定されている。同じ手口でも、今度はカナタは負けるのだ。
それは彼自身も理解しているはず。新しい手口で対策するのかと期待が高まる。だが雲で二人の姿が見えなくなり、肝心の勝負が見えなくなってしまった。
「お、アツカ突っ込んだ」
しかしここは特殊能力者の集い。姿が見えなくても動向を知る術を持つ者もいる。彼女はアツカが速攻で動き出したことを察知すると、その直後、カナタのスタート地点で鈍い衝突音が響いた。
「もしかしてぶつかった?」
「あの音はそうね。ホント鬼ごっこの鬼」
アツカと同級生で昼休みに鬼ごっこをして遊ぶ仲の人が、今の音はアツカがカナタに頭突きした音だと特定する。天使の翼を生やして目当ての相手にぶつかる能力を持つアツカに、暗闇や遮蔽物は関係ない。彼女もミチルと同様、真っ暗でも相手の位置を割り出す手段を持っている。そういう性質は稀だが、知らずに連戦させられるカナタが気の毒に思えた。これでは歓迎ではなく洗礼だ。半端な自信や考えでは通用しないという能力者の世界を教えるという。
そしてわけも分からず頭に強い衝撃を食らったカナタは、ふらつくと背中を引っ張られる感覚がした。ミチルにやられた手と同じで、相手に籠を掴まれたと気づく。だがアツカは振り回さず、そのまま翼で羽ばたき飛び上がった。雲の中を突き進み、空の彼方、ではなく体育館の天井を目指す。雲を抜けたとき、カナタは視界が開けた。そこに広がっていたのは驚きの光景だった。
「白い……」
カナタが生み出した真っ黒い雲。それは上から見下ろすと、白一面だった。それがアツカの見せたかったもの。そのために彼を背中から持ち上げて、背中の籠を掴むためにまずは彼にぶつかったのだ。
「黒く見えるのは雲が光を遮るからでね。上から見ると乱反射した光が混ざって白く見えるんだ。飛行機好きの友達が言ってた」
雲の色の真実は、カナタの心を強く打ちつけた。闇なんてどこにもなかった。閉じ籠って光を遮っていただけだと、自分の境遇と重ね合わせた。雷雲を大量に生み出して、以降は何もしないまま塞ぎ込んでいた自分は、闇の中にいると思い込んでいたが、彼方から見ればそんな闇は存在しない。間違った道を進んでいたのだと自覚したとき、痛みや悔しさなど負の感覚や感情が消え去るほどの希望を見た。




