5話 最後まで見届けたい
前半に二点取られ後半で同点に追いつき、試合の流れはこちらが掴んだところで事件は起きた。ルミアが腕を射出し、大船切裏に命中、衝撃で倒れた。試合を中断して様子を見に行く。
「ごめん! 大丈夫か!?」
「ユウ……ガ……」
溜池彼方は自分のパートナーのメカが招いた事態にまず謝る。コトリに具合を尋ねると、微かな声で助けを呼んだ。
「ユウガ?」
「私、呼んでくるっ」
戸塚智絵がコトリの意図を察し、行動に移した。カナタは分からなかったが彼女を信じると、少し経って後方から叫ぶ声がした。
「コトリ大丈夫!?」
「うわっ」
その声の主は翼を生やして空を飛び、カナタたちの方へ向かってくる。彼は咄嗟に受け止めようとしたが、急降下の衝撃で吹き飛ばされた。
「酷い……どうしてこんな目に」
「あんたのせいでしょこの石頭!」
コトリがキレながら起きた。最初のロケットパンチがイタズラに見えるくらいの追撃で、結果的に意識の回復を果たした。一方カナタは初めて会う人に戸惑うが、その翼を見て彼女もコトリたちと同じ特殊能力者だと察する。そこは彼がまだ辿り着いていない領域。
「コトリが倒れたって」
「連れてきたよ」
トモエが呼びにいった田浦夕雅とともに戻ってきた。そしてこの惨状を見て、ユウガは状況が読めた。
「また頭突きしただろアツカ」
「つい」
飛んで墜落してきたのは福俵天使。ユウガのチームメイトで、トモエから彼と一緒に話を聞いて急いで駆けつけてきた。勢いあまって追い討ちをかけてしまったが、それはユウガからすれば見慣れた展開で、冷静でいられた。
「平気か? 色々ぶつけて」
「ええ……誰かさんのおかげで頭は頑丈ですから」
コトリは心配要らないと振る舞う。頭にヒットしたがピンピンしている。さっきのようにアツカの頭突きを日頃から受けて耐性がついていたが、彼女に感謝したくはない。
「けどすまん! 俺のメカが」
「いいっていいって」
「あんたが言うな! いいけども」
意識が戻ったところでカナタは改めて謝罪するも、なぜかアツカが代わりに許し、コトリも文句を言うが許すのは事実だった。元気そうでカナタは安堵したが、問題は片付いていない。
「この試合は俺たちの負けだ」
「いいよ別に。2―2同点でいいところじゃない」
「メカサッカーなのに操縦する人を攻撃した俺への戒めだ」
カナタは試合続行の権利を破棄した。それだけの行為をしてしまったと責任を感じる。
そして怪我が平気なら、次の問題を片付けにいく。
「なんだ今の腕ミサイルは」
「直接叩き込めと命令されて」
なぜロケットパンチを撃ったのかルミアに問い詰める。するとカナタの指示に従った結果だと告げる。彼はルミアにコーナーキックをさせるとき、相手メカが全員味方メカをマークしてゴールが空いているから、パスせず直接入れるよう指示を出した。
ルミアはその通りに蹴ったものの、おまけにパンチを放ってメカを操縦するトモエに腕ミサイルを叩き込もうとしたのだ。
「私はコントローラーだけを狙った。あの人が投げ返したから他の人の頭に」
「コントローラーも狙うな」
ルミアは怪我人を出す狙いではなかった。コントローラーを故障させてメカを動けなくさせるだけのつもりが、トモエに受け流されてコトリの頭に命中した。だから怪我はトモエのせいでもあると言い訳するも、カナタは故障狙いの時点で許さなかった。
「……ちょっとタンマ。壊れてねえかな」
彼はふと焦った。さっきの衝撃でコントローラーが故障した人がいないかと。説教を中断し、周りを気にかける。
だが心配要らなかった。コトリたちはアツカたちと試合の約束をして、皆でメカを動かしながら見せ合っている。カナタは安堵し、話を戻す。
「大丈夫そうだ」
「私、直せる」
「え?」
ルミアは体からドライバーを取り出す。そう言って歩き出し、彼のチームメイトのメカの元へと向かう。話はまだ済んでいないが、話を聞くべく追いかけた。
「結構インターバル必要かも」
「さすがに負担かかるか」
佐倉満は自分のメカを見てそう呟く。鎌ヶ谷速も彼のメカがぎこちない原因は分かっている。そこにルミアが割り込み、二人のメカを修理した。
「おお、動いた」
「お前そんなことできるんだ。サンキュー!」
負荷で歪んだ部品を修復すると、二人はメカを改造直後と同じように操縦できるようになりお礼を言った。
カナタは感心し、確かに相手のコントローラーを壊して試合後に直せば勝てるというルミアの理論に納得したが、それは卑怯だと主張する。
「直せても駄目だ。そんなのサッカー、ってか競技じゃない」
勝つためなら合理的な手段だが、論理的に相応しくない。やられた方は怪我しなくても不快だし、勝った側も楽しくない。
「サッカー……」
「いや、そうやって教え込まれたのか」
カナタはなぜルミアが勝利のためなら手段を選ばないのか何となく分かる。改造されて自我を得たとき、そう学習されたのだと。ルミアを放置していった人物の仕業だと思われるが、その正体は分からない。
「……もしかしてそいつ、この会場にいるかも」
カナタが拾った時点でサッカーができるルミアは、去年のこのイベントに出ていた可能性が高い。そうなら当時の参加者が今年もエントリーしていても不思議ではない。
「いたら倒すの?」
「教えてやるんだ、本当のサッカーを。まあ、試合で勝ちたいってのもあるが」
彼はもし遭遇したら、こんな学習をさせたことを反省させてやりたいと思う。言葉だけでなくプレーでも伝えたいから、試合してみたいとも思った。
「さて、この話は終わり。特訓しようぜ」
「特訓?」
反省会は終わりにして、カナタはさっきの試合のハーフタイムで話したルミアのディフェンス技の練習をやろうと提案する。
せっかく相手から奪ったボールが、溢れて別の相手に取られるのを防ぐための練習だ。
「誰と」
「俺だよ。俺からボールを取るんだ」
ルミアは躊躇う。その技は地面を割って欠片を飛ばし相手を吹き飛ばすもの。頑丈なメカが相手だから平気なのであって、人に試して無事で済むか、記憶がないから不安だ。
「でも」
「俺なら気にするな。体には自信がある」
ルミアはその言葉を信じ、カナタと特訓する決意をした。シチュエーションは一対一。攻めてくるカナタからボールを奪う。弾かないよう足元にキープすることが目標だ。
一回目。ルミアはカナタに地面の欠片をいくつも飛ばし、体に当てる。彼は呻き声を出してよろめきつつもボールを目で追い、からくりに気づいた。
「大丈夫!?」
「あっ、ああ……それより、ボールが吹っ飛ぶ理由が分かった」
「え?」
想像以上のダメージではあったが、カナタはボールを見て問題点が読めた。それはルミアが投げた欠片。
「欠片がボールを弾いて、読めない方に吹っ飛ぶ。あれ、適当に撃ってるんじゃないか?」
「あ、うん。力任せ」
「狙って飛ばせれば、自分の足元に送れるはずだ」
「でもどうやって」
ルミアはカナタの言う理屈は分かる。ボールを狙った方向に弾くように欠片を飛ばせるようになれば、うっかり相手に取られるのは防げる。だがそれを狙う計算能力は無い。
「そりゃあ色々試すに決まってるだろ。付き合うぜ、満足いくまで」
カナタの案は単純で、トライアンドエラー。何度もやって感覚を掴み、調整を繰り返して体で覚える。特訓ならぬ猛特訓が必要だが、彼はいくらでも相手になると意気込む。
そこから力業の特訓が始まった。ルミアが必殺技を撃ち、カナタが食らうの繰り返し。彼もただの的にはならない。試合で相手が無防備に食らってくれることはない。実践を見据えて、技の回避を図る。ルミアの調整に対し彼も若干の動きの修正をする堂々巡りだ。
「そっちが動き変えるから狙いが定まらないよ」
「そりゃ相手も避けようとするし。後、俺の名前はカナタだ」
早く終わらせたいルミアはワンパターンな特訓をしたいとカナタに所望するが彼は断る。その程度では実践で使えない。
「いや、相手はメカだ。それなら……」
だが実践はメカが相手。それもルミアのような自我を持つタイプではなく、参加者が操縦する。つまり今の特訓ほど相手が俊敏な反応をしてこない。
「よし、特訓終わりだ」
「え?」
「後は試合でマスターする。俺が指示を出す」
むしろ相手の反応を鈍らせてしまえば、今の練度でも通用するにちがいない。カナタは特訓を中断し、考えがうまくいくか試したいと思った。
そう決めてチームメイトの元へ戻る彼を、ルミアは戸惑いつつも追いかけた。
「ねえ、そこのあなた」
「ん? 俺か」
だが途中で呼び止められた。知らない女の子だがメカを連れているのでこのイベントの参加者と分かる。初対面でも関係なく試合を申し込むこともあるから怪しいとは思わなかった。
「見てたよ。さっきの試合も今の練習も」
「はあ……どうも」
「操縦しないで動くなんて、あなたくらいね。はじめまして」
その少女はルミアにも挨拶をした。周りが支給メカを操縦するなか、ひとりでに動くよう改造されているのだから、興味を持たれるのも不思議ではない。
「私、京橋慧練。中学二年生」
「俺も二年生。名前は溜池彼方で、こっちはルミア」
少女はエレンと名乗る。今日きりの関わりだろうにと思いつつもカナタも名乗った。
「ねえ、よかったら私たちと試合しません?」
「いい、けど……あそこにいるのが俺のチームメイト。ちょっと聞いてくる」
「私も呼んでくるね」
カナタは乗り気だが、彼一人で試合するのではない。返事は保留とし、仲間の元に戻った。エレンも試合が成立しそうならとチームメイトに連絡すると言って戻った。
チームメイトの鎌ヶ谷速と佐倉満はコトリたち四人の試合を観戦していた。ハヤトたちはカナタに気づいたが、試合から目を離さない。
「試合申し込まれたけど」
「了解。けどもうちょっと待って」
「もう終わるけど、今いいとこなんだ」
最後まで見届けたいと言うのでカナタも付き添った。
「行くよユウガ! 私の思いを」
コトリはゴールに迫り、シュート体勢に入る。カナタは前の試合を思い出し、これから彼女のメカが必殺技シュートを撃つと読めた。
「エンジェルハロー!」
そう叫んだのはアツカ。メカに翼と光輪を生やし、飛び上がって急降下ダイビングヘッド。ボールと保持者に挨拶するように飛び込み、衝撃で吹き飛ばすディフェンス技。コトリのシュートは不発で、試合終了のホイッスルが鳴った。
「やったー!」
「はーキレそう」
トモエは喜びコトリは不満気。試合は1―0で二人の勝利。アツカとユウガは悔しがったが、二人に拍手を送る。
「凄いぜトモエ。俺らから点を取るなんて、さすがカリンに並ぶSランク」
「当然。ってかカリンにだって負けないし」
カナタは見ていないが、今の会話から一点取ったのはトモエの方だと気づく。アツカメカをどう攻略したか気になるが、まずはエレンとの試合だ。
「誰だ?」
「知らない」
「俺もさっき会った」
ミチルもハヤトもエレンを知らない。だが彼女が呼んできたチームメイトは知り合いだ。
「クグイじゃん」
「あー、そうだ」
「久しぶりー。じゃあ試合相手はあなたたちなのね」
ミチルが名前を呼ぶとハヤトも思い出した。彼は他校の特殊能力者と知り合ったのは先月で、記憶は朧げ。
「知り合い?」
「多分、能力者なんだと。俺は違うけど」
エレンはクグイがカナタのチームメイトと親しげなことが気になり彼に尋ねる。繋がりは特殊能力の持ち主という点と推測する彼に、彼女はイタズラに披露する。
「うぇ、水!?」
突然水鉄砲で撃たれた気がしたカナタは振り向くと、エレンが両手を繋いで彼に向けていた。プールで水を手に溜めて押し潰し噴射するのと同じ構えだ。
「私も能力はあるけど……引っ越してきたばかりで知らない人ばかりだから、あなたと同じ」
「へー」
能力者はカナタの同級生にもいるから、いきなり見せられても驚きは薄い。一方エレンはもっと興味を持ってもらえると思っていたが肩透かしを食らい頬を膨らませる。すると反撃が来た。
「ひゃっ」
「ん? ルミアも水鉄砲使えるんだ」
ルミアが両手から放水し、エレンに浴びせている。メカの修理が得意なことから、緊急の火事にも備えた機能があるのだと納得した。
「おい、そのへんにしておけ」
だがカナタは仕返ししたいと思っていないのでルミアにストップをかけると、渋々止めた。
「大丈夫か? コントローラー」
「へ、平気よ。ずいぶん気に入られているのね」
水使いだから平気と思われたのか真っ先に機械の水没を心配されエレンは癪に障ったが、パートナーの敵討ちをするメカがいる彼は幸せだと思った。
「エレン、コイツには気をつけて。ロケットパンチ飛ばすかもしれない」
「へぇー。凄いわね」
今回は水攻めで済んだが、腕の射出という痛い一撃も備えている。人やコントローラーを狙わないよう忠告はしてあるが、ルミアを刺激しないに越したことはない。
水鉄砲でおちょくらないよう遠回しに告げた。
「ねえエレン。相手三人組だけど」
「いいじゃん。俺らさっき二人組と試合したし」
クグイはミチルたちと話すうちにチームの人数差に気づく。エレンにも伝えると、彼らは前の試合も三人対二人でやったから問題ないと聞く。
「内緒でもう一台借りてくる?」
「バレたらヤバくね? つか操縦する人いねえじゃん」
「そうか……あ、助っ人呼んでみるね」
クグイは同数にする方法を考え、一人集めてくると言って去っていった。心当たりのないエレンは首を傾げる。じきに彼女は戻ってきた。
「じゃーん。その子と同じメカの人よ」
「あなたは」
「本部でカナタと話してた……」
クグイが呼んできたのは、ルミア同様に自我持ちのメカだった。名前はステル。カナタが会場に来たときに本部で会った、ルミアと縁のあるメカだ。