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36話 存在感

 佐倉(さくら)(ミチル)のパワフルセーブから攻撃に転じる参加者イレブン。得点は2―2で、前半は間もなく終わる。

 ボールは広小路(ひろこうじ)冬雪(フユキ)に渡り、左サイドを駆け上がる。そして前方の福俵(ふくたわら)天使(アツカ)へパスを出す。

 だがダイレクトでフユキに返され、アツカは自陣ゴールへと戻っていく。フォワードの戸塚(とつか)智絵(トモエ)もそれを見て彼女に同行し、加速しながらどんどん下がっていった。狙うゴールと真逆に向かうが、それが何を意味するかフユキたちは分かっている。


「フユキ、こっちに。そのまま上がって」


 代わりに大船(おおふな)切裏(コトリ)がフユキからボールを貰いにいき、ボールは自分たちが保持するからトモエたちの代わりにシュートを狙える位置まで進むよう指示を出す。それまでコトリは時間稼ぎをし、タイミングを見計らって前線へ蹴り出すつもりだ。


 一方、トモエとアツカは自陣のゴールポストに足裏を打ちつけるように跳び、蹴ってUターンし駆け上がってくる。アツカは元のポジションではなく、トモエとともに彼女のポジションへと向かっている。そして目指すは相手のゴール。ボールが返ってきたら二人の突進力を合わせて強行突破する構えだ。


 つまりこれは得点を狙う準備。突進力を高めるには加速が必要で、それが活きる助走として往復する。そしてカリンとフユキは、逆サイドから前に上がる。これまで二点取った面々が同時に追加点を決めにいき、相手の対処を惑わせる作戦だ。

 そこでボスはミチルメカを前進させる。どっちにしてもこれまでの得点と同じ状況に持ち込まれた時点で防ぎきれないのなら、キーパーを立たせていても意味がない。だからディフェンダーと合流させて守備の手数を増やした。

 そこまで読めた溜池(ためいけ)彼方(カナタ)は、自身が第三の得点源となるべく右サイドから前へ出る。ミチルメカがキーパーの位置にいない今なら、彼のシュート技でもゴールを狙える。相手が対策に動いたからこそ、こちらの選択肢が増えたのだ。


 だがボスはカナタをノーマークで放置した。カリン軸とトモエ軸の攻撃を止めるべくメカを操縦する。コトリからアツカにパスが出されたのも読み通り。助走が要らないカリンたちと異なり、ボールを渡すタイミングが限られるからだ。

 すかさずミチルメカのディフェンス技"デビルドロップ"で彼女らの突進力に対抗し、加速をストップさせ跳ね返した。

 残り時間を見て前半の内の追加点は無理と判断し、雑に前に大きく蹴り出したところ、飛び込んだ羽生(はにゅう)(クグイ)がボールを抑えた。すぐフユキに返し、今度は彼女らの連携シュート技が来る。

 これもボスはフユキとカリンがドリブル技を持たないことを見越し、フユキメカのディフェンス技"アバランチウォール"でシュートを撃たれる前にボールを奪った。


 モニター室から俯瞰するボスには分かる。カナタの動きはコートにいる彼の仲間には見えていない。一度シュートブロックされたせいで、彼のシュートでは止められてしまうと印象づけられて、味方にとってストライカーとしての存在感が薄くなったのだ。だから彼を放置し他への対策に集中した結果、どちらの攻撃も凌ぎきった。

 そしてホイッスルが鳴る。前半終了が告げられた。サッカー用のメカを兵器として利用するボスの世界征服を阻止する参加者イレブンとメカイレブンの試合は、同点で折り返しを迎えた。



「ねえクグイ。どうしてカナタにパス出さなかったの?」

「え? ああごめん、見えなくて……」


 これからハーフタイム。休憩にコートから出る途中、京橋(きょうばし)慧練(エレン)はクグイに尋ねた。前半終了間際のこと。せっかくカナタが前でフリーだったのに、警戒されているカリンたちにボールを回したのはなぜかと。

 そしてクグイの答え、そうした理由は存在感。エレン以外の味方には、彼が前に出ていることが見えていなかった。


 ボスにとって前半終了間際の流れは想定通り。カナタはたまたまルミアという自我を持つメカを拾ってメカサッカーコンテストにエントリーしてメカへの思い入れが他の人より大きいからか、メカとの試合に対しての発言が多いだけで、この試合への貢献度はチームで一番低い。それが参加者イレブンの、そして彼自身の弱点だとボスは見抜いていた。

 ゆえにこの試合、折り返しの現時点こそ同点で互角だが、カナタが成長しない限り彼らに勝ち目はないと読む。


「コトリ、後半も今の布陣でいい?」

「うん……でも前半みたいな攻め方は対策されてるし」


 コトリはアツカから相談を受けた。フォーメーションは後半も継続としたいが、彼女は迷っている。確かに攻守は形になっている。だが変化をつけないと突破口は開けない。かといって今のバランスを崩して裏目に出るのも良くない。だからカナタの意見も聞きたい。


「……あれ、カナタは?」

「そういえば……エレンは知らない?」


 しかし彼の姿はない。後ろを歩いて一緒に控え室に向かっていたと思い込んでいたが、見当たらない。そしてエレンも首を横に振る。さっきクグイに話し掛けている間に見失ってしまったのだ。


「アイディア出してもらいたかったけど……まあ、後ででいいか」


 行方が分からないがそのうち来ると信じ、コトリたちは休憩に入った。エレンだけは彼が気になり、探しにコートへ引き返した。


「冷たっ」

「皆戻ったわ」


 カナタはコート上に立ち尽くしていた。エレンが近寄っても身動き一つとらないので、自分の両手の指を組む。特殊能力で作った水を手の中に込めて、手のひら同士ぶつけて水を押し出す。お手製の水鉄砲を食らわせて彼に気づかせた。


 残っているのは意地か戒めか、エレンには分からない。ただ水を浴びせられる後の反応からして、少なくとも戻ることを忘れていたわけではないと気づく。


「……気づかれないか試してる?」

「いや、別に」


 かといってなぜここに残るのかと聞いて知るよりは自力で的中させたいと思い、想像が当たったか尋ねる。しかしハズレ。むしろなぜそう思ったのかカナタは不思議に思う。


「そんなかまってちゃんに見えるか?」

「いや……さっきもこっそりゴール狙おうとしていたから」


 気づかれないようにする特訓。エレンがそう予想した根拠は、前半ラストのカナタの動き。相手に気づかれないようシュートを撃てる位置に上がり、得点の機を窺っていた。その立ち回りをマスターするために、今も静かにコートに残り存在感を消す力を高めている。そんな積み重ねで隠密に長けた特殊能力が覚醒すると期待しているとも考えられた。


「まあ、そのせいで気づいてもらえずパスも貰えなかったけど」


 ただ相手にバレないよう意識するあまり味方にさえ気づいてもらえず、せっかく良い位置取りをしたのに活かせなかったから、一概に強い武器になるとも言い難い。


 なおカナタ自身、影を薄くする気はなく、戻ってこないことに気づいてもらったり最後まで気づかれずずっと残っていたと驚かせたりして、注目を集めたいなんて思っていない。

 彼は変なレッテルを貼られるのも嫌なのでわけを明かした。


「俺の匂いを残しているだけだ」

「……はあ?」


 さすがにエレンは戸惑った。確かに今の彼は汗臭いし、それでいったら彼女も同じでこの状態で寄ったことが恥ずかしくなる。

 ただカナタは至って真面目だ。前半を終えて自分のプレーと試合への影響を振り返って、足りないものとそれをどう補うかを考えた結果、考え事をしながらコートに残っていたのだ。



「お前の言う通り、俺は待っててもパスがこなかった。それは一度止められてそれっきりだから、前の二人ほどの信頼がない」


 カナタはシュートを一度撃ったがルミアに防がれた。防がれたのはカリンも同じだが、その後ちゃんと決めている。勝ちを目指す光として、彼はカリンやトモエに比べて淡いと自覚している。


「このままでは俺は空気だ。それは嫌だから、消えない何かを残したい」


 そこで彼は匂いをコートに残し、後半は気づいてもらえるように託した。それで今ここに立っている。匂いはモニター室のボスに届かないから、情報は参加者イレブンだけのアドバンテージとなる。

 言い分は理解できたエレンだが、大真面目に主張して実践するカナタが面白おかしくて、笑いを堪える。


「そういう面白い考え、皆にも言ってあげて。待ってるよ」


 コトリがカナタに後半の作戦のアイディアを求める理由が分かったエレンは、ぜひ聞かせてやってほしいと思い、呼ばれていることを彼に教える。きっと布陣をどうするかについても、真っ当な着眼点からの愉快な作戦を立案して皆を困惑に陥れてくれると期待し、皆の元へ行くよう彼を促した。



「……疑ってて悪かったな。会ったばかりなのに妙に俺たちに絡んでくるから、敵じゃないかってお前を疑っていた」


 道中、カナタはエレンに謝った。ルミアの記憶を消して捨てたのは、ボスが素性を明かすまでは彼女を関係者と怪しんでいた。初対面なのにやけに友好的なのは、ルミアを監視する狙いがあるためではないのかと。


「でも違った。お前は敵じゃない。一緒に試合をして分かった」

「……良かった、分かってくれて」


 エレンはショックを受けたが疑われるのも仕方ないと思った。そこへカナタから、疑いは晴れたと聞かされ驚き、そして安堵した。彼女は本当に興味本位で関わりにいっただけなのだ。


「だから後半、俺とお前で点を取ろう」

「ええ。私たちの力、見せつけてあげようっ」


 ミチルメカのキーパー技を正面から破る威力のシュート技がこの試合に必要。候補は試合前、メカ同士で試合していたときにルミアとエレンの操縦するエレンメカで一度成功させた連携シュート技。

 ただカナタとエレンでは練習さえ一度もやっていないから、本番で挑戦することに不安がある。けれども彼はできると思った。あの仲間たちがいれば、きっと成功すると。

 そしてエレンも、無理だとは言わなかった。輝きたいカナタの思いは、ずっと見ていたから分かっている。彼の存在感をアピールする支えになりたいと願い、連携技への挑戦を決心した。


「技名どうしようか」

「もう決めている。撃つとき一緒に叫ぶか。太陽系2号"って」

「……今までのとは毛色の違うネーミングね。でもピッタリだし、良いと思うわ」


 ルミアがメカ仲間のステルと編み出そうとした二人連携シュート技。だが成功せず各々の一人シュート技として"ビヨンドライトイヤーズ"、"スーパーアース"に独立した。それらが合わさった技の名前はカナタはすでに考えてある。撃つときに備え、パートナーのエレンには教えておいた。



「連れてきたよー。コートに一人で残ってた」


 控え室に入ったエレンは、カナタが来たことを皆にアピールする。彼は存在感を示したいのは言ったが、真打ち登場みたいな扱いをされるのは好きではなく、静かに普通に中に入る。

 

「特訓でもしてたのか?」

「内緒。でも戻ったら何か気づくかも」


 エレンは暴露しなかった。かといって隠しもしなかった。カナタがコートに自分の匂いを残していたことは、後半が始まりコートに戻ったときに鼻で気づくかもしれないと。



「後半も同じ布陣でいこうって話をしてたけど、それでいい?」

「賛成。誰がどの辺にいるかは前半でだいたい感覚掴んだし、その感覚を乱したくない」

「……なるほどね。前半で覚えたのを活かせば、後半はもっと動きやすいって考えか」


 コトリはカナタの意見に納得しつつ、彼に相談してよかったと実感する。彼のおかげで、布陣を変えないことへの不安は、今まで以上の力を発揮できるという自信に変わった。


「誰がどこにいるか分かってプレーすると、展開を速くできる。一度止められた攻撃も、テンポを上げれば通用するはず。後半も頑張るわよ」


 連携がこれまで以上にうまくなれば、新しい作戦に悩む必要はない。これまでの作戦でも、スピードを上げれば新しい武器となる。通用しないと焦らなくていいことは、皆に安心感を与えた。

 コトリがそう締めて、参加者イレブンは後半への気合いを入れた。

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