31話 そっくり返す
0―0。エキシビションマッチ前半が始まり、メカイレブンがキックオフして攻め上がる。フォワード陣はボールをミッドフィルダー陣へと回し、アツカメカがドリブルで進む。対する参加者イレブンは、フォワードの久里浜華燐がボールを奪いに動いた。
だがアツカメカはドリブル技を発動した。跳んで両足で着地すると七色のタイルが宙を舞い、それらを足場に空中を歩いてカリンを抜き去った。カナタたちは見たことがある。その必殺技は"レインボーステップ"。
「それ私の技なのに!」
元の持ち主である福俵天使が編み出した必殺技を使われた。ボスに利用され憤慨し、叫びながら突進する。
今度は彼女がドリブル技で突破される、とはならず彼女はディフェンス技"エンジェルハロー"を発動。翼と光輪を生やして宙に舞い、ダイビングヘッドで挨拶代わりに光輪をボールに打ちつける必殺技。衝撃でアツカメカを吹き飛ばし、ボールを取った。地面に頭突きしてもアツカはピンピンしており、すぐさまドリブルで前進する。
アツカメカの左右のミッドフィルダー、コトリメカとエレンメカが距離を詰めながらアツカに迫る。コトリメカの連携ディフェンス技が来ると呼んだ溜池彼方はパスを受けられる位置へ寄るアツカはドリブル技で二人を抜き去った。まるでアツカメカにやられた手を、これが本家だ、とそっくり返すように。
フォワード陣やカナタにはディフェンダーが張りついている。アツカはパス先を失ったところに、逆サイドから大船切裏と田浦夕雅が駆け上がる。この前のめり気味な攻撃が、このチームの武器。このイベントでは元から二、三人でチームを組んでいた。そんな彼らで組んだイレブンはストライカーの比率が高いのだ。
アツカからユウガへ、ユウガからコトリへ。手数の多さを活かしてディフェンスを抜けパスを受け取った。コトリはすかさずシュート技"ハートマインド"を撃つ。ボールに踵落としを浴びせると赤い芯と青い表面に分離したように二つの球体が打ち上がり、コトリは跳んで両足でそれぞれ蹴る。そして球体がボールとなって一体化する。芯と表面に余すことなく蹴りの威力を与えたシュート技を、キーパーのミチルメカは技なしでキャッチした。
「ノーマルキャッチ!? 前は吹っ飛ばせたのに」
「前よりパワーアップしているということか……」
カナタは佐倉満とチームを組んでいたからよく覚えている。コトリの操縦するコトリメカが撃ったそのシュート技は、技なしのノーマルキャッチでは止められなかった。このイベントの初試合での先制点だったのは記憶に新しい。
それから何時間も経っていないのにキーパー力が桁違いにアップしたのは、参加者からメカを奪ったボスの仕業にちがいない。この勝負は一筋縄ではいかないとカナタたちは察した。
ミチルメカが投げたボールはハヤトメカへと渡った。カナタの知る限り、その武器は初速。間合いがあるうちにディフェンス技で阻止しようとしたがドリブル技"ピッチアップ"で瞬く間に突破された。その必殺技は彼がルミアと練習している間、すなわち見ていない試合で編み出したもの。データにないからカナタは唖然とした。
だがディフェンス陣のフォローに救われた。鎌ヶ谷速自身も初速が武器で、彼に一歩劣るもスピードに長けた羽生鵠が二人がかりでハヤトメカがドリブル技を出す前にブロックし、ボールを奪った。クグイに限らず、かつて試合相手だった参加者が今は同じチームであることを、カナタは頼もしく感じた。
ハヤトメカは瞬時にディフェンスに戻ってきたが、ハヤトとクグイは引きつけてからお互いへパスを繰り返して対抗する。狙いを頻繁にずらされると、初速の速さは活かせない。むしろ急ブレーキで止まれないから急な方向転換は大回りになる。
そんな自分の弱点を分かっているからこそ、似たスタイルの相手の攻略に有効という共通認識が生んだ、二人の連携だ。
ハヤトたちも前線へ上がり、シュートを狙える人数はさっきより増した。相対的に相手のディフェンスが手薄になったところで、再びユウガへとパスが渡る。コトリは今度こそ決めようとさっきよりゴールの近くでパスを乞う。一度止められたことで彼女に撃たれても平気と捉えられたのかマークが甘くなっている。そこへさっき以上の威力のシュートを叩き込み、彼と二人で掴んだ得点を喜び合うという算段だ。
だが彼はカリンがフリーなことに気づくと彼女へボールを渡した。
カリンはボールを受け取るとすぐさまシュート技を撃った。"ワイルドファイア"。地面に炎を広げ地を這うシュートを撃つことで炎を纏い威力を高める必殺技。ただその炎はあくまでも演出。相手も味方も、触れて熱いと感じない安全な炎だ。
だからこそミチルメカは万全の状態で必殺技を使えた。キーパー技"ハウンド・ザ・ハンド"。両手を牙に見立てて上下からボールを挟む構えに、ミチルは焦った。そしてカナタも思い出す。そういえばあの技は、と気づいたときにはもう遅かった。
ミチルのキーパー技にカリンのシュートは止められた。だがミチルメカの様子がおかしい。腕から煙が出ている。この挙動にカナタたちは覚えがあった。
「あの技は駄目だ! 三回使えばぶっ壊れちまう!」
ミチルは叫んだ。それは味方への周知と、ボスへの訴え。あのキーパー技は限界以上の力を出すことで実現する、回数制限のある強力な必殺技だ。ミチル自身、特殊能力で野性化して視野と理性を引き換えに身体能力を上げられることから着想を得て編み出した、自分でやるより威力の出る必殺技。作った当時はまさか他人に利用されるとは思っていなかったから、迂闊に発動しては駄目だと訴えかける。
『ならシュートを撃たないことですね』
「負けろって言いたいの!?」
そう叫んだのはアツカ。ボスは勝つためなら回数制限など気にしないし、参加者側がそれを気にするなら発動機会を与えなければいいと言い返す。それはこの試合に勝つのを諦めろと言っているのと同義だ。
「じゃあ次は決めて、後はずっと守ろう。それなら二回で済むし試合にも勝てる」
「……だね。平和に終わらせるには」
そこでミチルが提案したのはミチルメカに必殺技を三度使わせずに勝つ方法。現状0―0でキーパー技は一回撃った。確かに強力な必殺技だがシュート技で破れないこともない。そしたら試合終了までもうシュートを撃たず失点も防げば1―0で勝利する。キーパー技は二回しか使わせないから、それなら今までのようにルミアの修理で元に戻る。
そしてそれを実現できる強力なシュート技は、広小路冬雪とカリンの連携技だ。
「私たちの出番だね、カリン」
「でも相手は……前よりパワーアップしてるし、大丈夫かしら」
あのキーパー技を破った実績はあるもののカリンは自信がない。さっき自分でシュートを撃ってみて、ミチルメカは前より強いと実感した。連携技も今みたいに止められる予感がして、そうなった時点で作戦は失敗だ。もう一回撃てばミチルメカに三度目のキーパー技を使わせてしまい、彼が言うには手の施しようがないほどに壊れてしまう。
試合中に一点取るだけなら、他の手段に賭ける時間はある。せっかくこの十一人で組んでいるのだから、新しい技に託す方が成功の可能性は高く思える。
「だったら俺が撃つ」
「……もしかしてアレを!? 一回できただけだよ」
そこでカナタは提案した。この試合が始まる直前の、つまりイベントでの最後の試合でルミアとエレンメカで成功させた連携シュート技。あれなら破る自信があった。
『話し合いは済みましたか? 試合を続行しますよ』
「誰のせいだ!」
ミチルメカの必殺技を目の当たりにして目的や方針を色々言い合ったが、今も試合は動いている。相手キーパーがキャッチしたところであり、いつどこへボールを回してもいい。だがボスは待っていた。
律儀だがそもそもボスが参加者のメカの制御を奪って、メカたちを兵器にされたくなければ試合に勝つのが条件だなんて行動に及んだのがすべての元凶なのだとカナタはキレた。
とはいえ試合から逃げるわけにもいかない。ボールを取り返さないことには始まらないからカナタたちはディフェンスに戻った。ボスはミチルメカからクグイメカへとボールを回し、隣のハヤトメカとともにドリブルで上がらせた。
戸塚智絵がディフェンス技"リペアハンマー"を使う。前宙して足をハンマーのように地面に叩きつけて衝撃で相手を吹き飛ばす必殺技ですぐさまボールを奪い返した。相手のディフェンスが手薄なシュートチャンスだが、トモエは前の試合でトモエメカのシュート技がミチルメカに止められたことを思い出す。撃ってもさっきのキーパー技で止められる。メカの身を案じて思い通り試合できない参加者イレブンを眺めるボスは不敵な笑みを浮かべた。
「後ろ来てる!」
京橋慧練が注意を促したときにはもう遅かった。クグイメカが背後から迫り、異様な足の可動域で一回転させた勢いでスライディングタックルするディフェンス技"ヒールリングスライド"でトモエはボールを取り返された。
そこからルミアへとパスが渡り、カナタはディフェンスに就く。ルミアの必殺技はディフェンス技とシュート技。弱点はドリブルだということはカナタも分かっていた。そしてそれでどう突破するかはルミアにも教えた。
ルミアはボールを軽く蹴ってカナタの足元へと送る。相手にわざとボールを渡してディフェンス技で奪い返して突破する。それがカナタの教えた突破法。ボスに制御されている今でも、覚えていてくれたことを彼は喜ばしく思いつつ、その身で受けようとしてボールに足を伸ばす。
けれどもルミアの次の行動はカナタの予想外だった。ボールを追いかけ、カナタと同時に反対側からボールを蹴る。ボールを挟んでの鍔迫り合いになった。
教えたどころか見たこともない手口に面食らったカナタはパワーで押し負けて吹き飛ばされた。そしてボールをキープしたルミアは再び駆け上がる。ハヤトとクグイで進路を塞ぐと、他にもメカたちがあちこちから攻め上がってくる。ストライカーが多いという参加者イレブンの武器は、相手のメカイレブンも持っているのだ。
ディフェンダーだけでは人数不足。ミッドフィルダー陣もストライカーたちのマークに就くが、その動きには落ち着きがない。そしてフリーのカリンメカがルミアからパスを受けに寄ってきた。
「カリンメカが来てるぞ!」
「分かってるけどっ」
キーパーとして正面からゴール前を見渡せるミチルは気づき、さらに早くから見ていたユウガはマークに就こうとしているがコトリメカにマークされて振り切れない。そして他の参加者は反応が遅れた。
今までコートの外で操縦して試合を見ていたが今はプレイヤーとして中にいる。対してボスは今までの彼らのように外から試合が見えている。その視野の違いで、ボール周りに人が集まると隙を突かれてしまう。加えて急造チームなのでどうしても穴が出る。
せっかくイベントに参加して得た立ち回りが、自らが選手になるという実践で意味を為さない。
ルミアはコート中央へとシュートのように勢いよくパスを出した。ミチルの注意喚起も虚しく、パスがカリンメカに通った。
カリンメカがシュート技"ワイルドファイア"を発動する。さっきカリンが撃ったのと同じ必殺技を、ミチルは正面で捉える。キーパー技"ハウンド・ザ・ハンド"で、獲物に噛みつく獣のようにボールをしっかり捉えた。だがシュートの勢いは残っている。彼は踏ん張ったが、技は破られシュートはゴールに突き刺さった。0―1。先制点はメカイレブンだ。
そして試合に勝つには二点必要になった。ミチルメカを壊さないためにあと一度のシュートを決めて勝つという作戦は、失敗だ。