30話 エキシビションマッチ
支給メカをコントローラーで操縦するメカサッカーコンテスト。溜池彼方が拾いパートナーに選んだルミアは試合中の謎の爆発により姿を消し、イベントは予定より前倒しに審査結果が発表され、その後開会式と同様にスクリーンにボスが現れた。背後にはルミアがいて、そいつが拐ったとカナタは想像がついた。他の参加者たちも、開会式とは違うどこか不穏な空気を感じていた。
ボスは他の参加者からメカの制御を奪い、従えた。楽しいイベントから一転、参加者から選抜された十一人と彼らのパートナーのメカイレブンとのエキシビションマッチを宣言した。
『あなたたちは、あなたたちが作った兵器の力をアピールするための生贄です。せいぜい足掻いてください』
参加者がメカと試合をするなどカナタたちは初耳だ。イベントの要綱にも開会式の説明にもなかった。そして支給メカが兵器だとも聞いていない。そんなつもりで改造したり必殺技を編み出したりしたわけじゃない。
だがこれがこのイベントの真の目的。参加者の十人十色な構想でメカをカスタマイズし、それらで試合をさせることで高め合い、有用なメカを兵器として利用する。これで参加者は用済みとなったから、メカの強さを知らしめる踏み台にする。それが今宣言したエキシビションマッチなのだ。
『拒否権はありませんよ。手始めにこの会場を』
ボスはメカを操縦し、試合で使っていたボールを蹴らせる。ボールが壁に直撃し、振動で会場が揺れる。棄権したら倒壊させて全員巻き添えで潰すという脅しだ。
「……受けて立つぜ」
佐倉満がやる気を見せると、壇上の参加者も次々と覚悟を決めた。カナタも頷き、全員が合意した。
会場の床が開き、地下から通常のサッカーコートが出現する。今まで二人か三人で試合していたが、縦も横もそれよりずっと広い。本当に試合をするのだと実感させられた。
『これらは兵器ですが、攻撃はしません。正々堂々サッカーで勝負です』
あくまでも勝負の基準はサッカー。武力行使の意思はない。だから参加者イレブンもサッカーで抵抗するようボスは断りを入れた。これで彼らは正々堂々の悪を卑怯な正義で捻じ伏せることを封じられた。カナタ以外の十人には特殊能力がある。試合に負けそうになったらサッカー関係ない強硬手段に及び、相手を棄権に追いやることも可能なのだ。
「別に壊せば勝ちとか思ってねえけど」
「ああ。勝って取り返す」
メカは自分たちがこのイベントに参加した証だ。連れて帰ってまた遊びたいし、メカに罪は無い。そういうわけでカナタたちに背番号つきユニフォームが渡され、着替えることになった。
「まさかこんな、世界の命運を懸けた展開になるとは」
男女分かれて更衣室に入ると、ミチルは事態への困惑と緊張を打ち明け合った。流れで試合に応じたが、負ければメカが兵器として侵攻すると思うとゾクッとする。
「予想してた人いる?」
鎌ヶ谷速も同じ気持ちで、むしろこうなると読めていた人はいるのかと尋ねる。田浦夕雅は首を横に振った。そして、この場にいるもう一人に視線を向ける。
「何でカリンが十番なのさ」
「渡されたし……それにサイズ」
一方の女子陣。戸塚智絵はエースナンバーの十番に久里浜華燐が選ばれたことに不服で騒いでいた。カリンも強請った気はなく配られたのがそれだったと弁明し、交換するには服のサイズの問題もあると呟く。
ルール上、背番号でスターティングメンバーもポジションも決定しないし、そもそも十一人しかいないから控えもいない。誰が何番でどこに就いてもいいのだ。
「この背番号、もしかして向こうのチームと同じじゃない? 番号順に並べたら向こうの布陣になったりして」
「なるほど……変なところで親切ね」
大船切裏は番号に意味があると推測した。実際それは十一人を選んだステルが残したヒントだ。
ポジションは一がキーパー、番号が大きいほどフォワード寄りになるよう並べて各自のメカで置き換えると、ボスのチームの布陣になる。
なおボスは知らないので親切でも何でもない。計画の加担者で謀反を図ったステルがカナタたちに託したメッセージだ。
そして女子たちは番号を確認した。欠番は男子に割り振られているとして、分かるところから埋めて相手の布陣を構想した。
「君は? 何か知ってたかい?」
「……知らない。けど、思い返せばルミアが兵器だっていう片鱗はあった」
ユウガはカナタに尋ねた。参加者でただ一人、支給ではない改造済のメカを連れてきた彼は、あのボスと繋がりがあるように思える。だがそれは濡れ衣で、彼はルミアの正体を知らず、たまたま見つけて連れてきただけだ。捨てていったのがボスやステルだったということは知らない。
だが、ルミアのプレーや考え方は兵器の面影があった。最初はパスを知らず全力で相手を狙ってボールを蹴ったし、操縦者本人を狙ったこともあった。それはそう改造して自我を与えた何者かの仕業と睨んでいたが、まさかその正体がイベント主催にして世界征服を目論む者だとは思いも寄らなかった。
「戦うのはつらいよね。俺らはともかく、感情があって友達のような関係になってた君は」
この状況、カナタは特別つらいようにユウガは思う。自分たちが意思を持たない支給メカを使っていたのに対し、彼は自我を持つルミアと組んでいた。
操縦できない代わりに指示を出したり特訓に付き添ったりして、監督と選手のような関係を築いてきた。そこへ突然の寝返り。対立を嫌い試合を拒否してもおかしくないし、気持ちは分かる。
「つらい?」
「違う? 操られた友達が相手だから」
「だから勝負するんだ。俺とのサッカーを思い出すまで」
しかしカナタは試合から目を背けない。試合中にルミアに思い出してもらう。一緒にやった、相手を倒すためではないサッカーを。やる気に満ちている彼を、面白い人だとユウガたちは笑った。馬鹿にしたわけではない。カナタの意見には賛成で、勝って世界を守るだけではなく、ルミアたちを解放すると誓った。
「この背番号、相手チームの布陣に合わせて割り当てられてるかもしれないのよ」
「確かに……でもポジションごとの人数は?」
「全員番号言って、そこから考察すればいいってことじゃねえか?」
着替えて待合室に集まると、背番号は相手の布陣説に基づいて全員の背番号を確認した。そしてホワイトボードに布陣を書き、意見を出し合った。
「カリンとトモエのツートップじゃない? フォワード」
「Sランクだから?」
最初の意見はフォワードが十番と十一番の二人という推測。この二人は特殊能力評価が学年最高のSランクで、双璧と呼ぶに相応しい。
「でも能力はサッカー関係ないでしょ。それにサッカーで勝負するのに」
「でも実際この二人たくさんゴール決めてたし、決定力あるのは事実じゃない?」
この特殊能力はサッカー基準ではなく、そしてランクが高いほど運動能力が優れているわけでもない。ただカリンもトモエもこれまでの試合で強力なシュート技で何度も得点を決めている。カリンは炎のバフ、トモエは狙ったポイントへ飛ばす。各々特殊能力を活かしたメカの運用をしていたから、能力は無関係でもなくむしろその応用力こそ高ランクたる証という考え方もある。
何にせよ、カリンとトモエがフォワードに就くことに異議はなかった。そこから残った八人はディフェンスとミッドフィルダーが四人ずつが自然と捉え、左から右へと番号が大きくなるよう並べて結論が出た。
キーパーは一番のミチル。次にディフェンダーは二番のユウガ、三番のフユキ、四番クグイ、そして五番のハヤト。続いてミッドフィルダーは六番のコトリ、七番のアツカ、八番のエレン、そして九番のカナタは右サイドアタッカー。最後にフォワードは十番のカリンと十一番のトモエだ。
「……とまあ、これがきっと向こうの布陣だと仮定して」
「そうじゃん、私たちの話じゃなかった」
これはあくまでも相手の布陣の予想。この布陣で行くとヒントを与えるために背番号を割り振ったと仮定したうえで導き出したもので、本題はこれに対し自分たちはどうするかだ。これに強い布陣を考えるか、各々の武器を活かすか。何にせよ、重点次第で自分たちの布陣はこれとは別物になる。
「カナタはどう思う?」
「えっ、どうして彼に?」
背番号の意図を見抜いたコトリは、最初にカナタに意見を求めた。なぜ彼なのかと京橋慧練は疑問を声に出す。唯一特殊能力を持たない、加えて全員と初対面の彼をなぜ選んだ。それはエレン以外も疑問に思っており、けれども無能力がコンプレックスな可能性を考慮して口に出さなかった。
能力者はこの場において十一人中十人というのが異質なだけで、島内の同学年五万人中三十人という希少な存在。平均して月に二、三人のペースで増えているが、無能力者が大半を占めるので引け目を感じることではない。
「俺だけがメカを操縦していなかった。その分、皆のサッカーを一番見ている。だろ?」
「ご名答。まあ、それに気づける頭の良さもあるけど」
だがコトリがカナタを選んだ理由は特殊能力ではない。それは彼も分かっていた。皆と違ってルミアのような自我持ちメカで出場していたこと、それによって操縦が要らず試合を俯瞰する余裕があった。
全員と初対面。特別な力もない。けれどもカナタは誰よりも皆のサッカーを知っている。そしてその自覚があるからこそ、コトリは彼に最初に聞いたのだ。
「ポジションはこれでいいと思う。実際これが一番攻撃力あるし、同じ布陣だからこそ俺たちのサッカーを伝えられる」
「そうそう。これは勝つためだけじゃなく、思い出させる勝負なんだよな」
更衣室でカナタと会話したユウガが、彼の発言を補足する。布陣を同じにするからこそ、プレーの違いが際立つ。メカは兵器ではない。サッカーをするための存在。そう気づかせるために試合をするのが、カナタの意思でありルミアへの願いだ。
「ってわけだけど、この布陣に反対の人いる?」
「反対っつーか反対しないかって思うのは?」
背番号順に布陣を敷く。この考え方自体に異論はない。けれども同ポジションの番号は左から順に並べただけで、右から並べても同じ。違いは相手チームと鏡合わせか点対称か。
「そこは直感を信じよう。向こうが左右どっち選んだか分からないし、答えはコートに立ったら分かる」
相手のメカイレブンとどう向き合うか。そこは予測ではなく、決断に託した。
そしてカナタたちは一列になってコートに入場する。背番号順に並ぶと、やはり相手はこちらの操縦者と同じ番号のユニフォームを着用していることが判明した。そのためカナタの隣にはルミアが立っている。
ルミアは彼に気づいても何も言わない。そして彼の方からも、ボスから解放させようと強硬手段に及ぶことはない。
「ルミア。この試合で、俺たちのことを思い出せ」
入場しながら掛けた言葉に、ルミアからの返事はなかった。
両チームがポジションに就くと、布陣は鏡合わせだった。相手もトモエメカとカリンメカのツートップ。カナタの正面に立つのはルミアだ。
他の参加者が見守るなか、世界征服を目論むボスが操縦するメカイレブンと、それらの生みの親である参加者選抜イレブンの試合が始まった。コイントスの結果、前半キックオフはメカイレブンに決定。
「広いね、コート」
「今まで少人数でやってたからな。それに、外にいたし」
隣に立つエレンから、またも話し掛けられた。ただカナタも同じことを思っていた。授業でもやったことがある普通のサッカーだが、このイベントで二、三人一チームのコートでずっとやっていたから余計に落差を感じる。加えてコート横でメカを操縦していたのに対し、この試合は自分たちがフィールドに立って試合をする。狭いコートを俯瞰できた今までと違い、広いコートの正面しか見えない。
一方で相手のボスは、今もモニター室にいる。きっと今までカナタたちがやっていたように、コートの外から全体を見て操縦するのだろう。
つくづく利用されたのだと実感した。操縦する側に立つことで広い視野を得てサッカーをする。イベントで学んだ参加者の変化は、ずっと見ていたボスにとっては糧となる。逆に自分たちは操縦しないので活かせない。
利用されてムカつく一方、今も利用されているルミアを救いたい気持ちも高まるなか、試合開始のホイッスルが鳴った。