3話 元のスペック
「このままでも十分戦えそうじゃん」
「まあな。でもせっかくなら全勝したいし、改造してスピードを」
佐倉満と鎌ヶ谷速はメカサッカーコンテストの支給メカを操縦し、フィールドを走らせたりボールを蹴らせてみた。元のスペックを把握してから改造に手を出してこっそり効果的か逆効果か見極めるために。
「は? そこはパワーだろ。ボディとキック力上げて」
「ならキーパーやれよ」
しかし改造の奉仕でやはり揉める。だが今度のハヤトは張り合わず、力勝負をしたいならそれを活かせるポジションに就くよう提案する。
行動範囲が限られていて、頑丈さがものを言う役割。するとミチルは納得した。
「おう、いいぜ。どんなに速くてもパワーがないと防げねえから俺に任せろ」
「心配ご無用。取られた分速攻取り返す」
その役割はハヤトでは果たせないと煽り、快く引き受けた。ハヤトも言い返し、限られた時間で多く点を取るには速さこそ正義だからストライカー適性があるのは自分だと主張し余り物ではないと振る舞う。
「一点でいいって。俺という鉄壁の守護神がいるからよ」
「……おいミチル。一つ試そうぜ」
「奇遇だな。多分同じこと思った」
どんな守備もスピードで突破を図るハヤトと、どんな攻撃もパワーで防ぐ気概のミチル。二人は味方ながら、どっちが強いか確かめたくなった。
一対一。ミチルvsハヤト。使用するメカはどちらも同じで性能は互角。勝敗は二人の操縦テクニックと作戦に委ねられた。
合図とともにハヤトがボールを蹴り、斜めにドリブルで進む。いきなり全速力だ。ミチルは相手の正面をマークするよう微調整してシュートコースを塞ぐ。
ギリギリまで詰め寄るとハヤトは真横にボールを蹴りこれも全速力で追いかける。ミチルのマークを速さで振り切り、ボールに追いつきシュートを放つ。
だがミチルも反応する。一歩遅れておいかけて、両手を伸ばして頭から飛び込んだ。シュートしたボールが直後手に弾かれ、ゴールならず。駆け抜けとヘッドスライディングの差が、一歩の出遅れをカバーしたのだ。
「マジで!?」
「よっしゃ!」
そしてそのままボールはサイドラインの外へ。この勝負はミチルの勝ちだ。そして彼は勝負の分け目が何たるかを語る。
「あの場で飛び込む判断ができる俺が強いわ。怪我するリスクを無視できるってのは俺のやり方に合っている」
ミチルは怪我を恐れない。それはメカを操作するこのルールにて良い意味で作用する。頑丈なのは自分も周りも同じだからこそ、その前提の考え方が身についている人ほど良い動きができる。ハヤトのフェイントに対し、自分だから間に合ったのだと胸を張った。
「まあ気にすんな。俺以外が相手なら間違いなく通用するって」
「慰めのつもりかよ」
ハヤトも自信があっただけに悔しかった。褒められても嬉しくない。
「おーい、ボール」
「おっと、忘れてた……」
勝利の余韻で失念していたが、最後にボールを弾き出していた。それを拾ってくれた参加者の方を見ると、それは知り合いだった。
「トモエ、それにコトリ」
戸塚智絵と大船切裏。ハヤトたちと同様、このイベントの参加者で、二人でチームを組んでいる。
「もう改造したのか」
「まあね。そっちは?」
「初期パラメータの把握してて、まだだ」
トモエたちが連れているメカは頭部を本人の髪型に寄せた改造を施し、本人の服装に寄せた塗装まで済ませている。コトリに至っては目をチクチクする鬱陶しい前髪まで再現している。
性能がどれだけ向上しているかは未知数だ。
「急造チームって聞いてた割に楽しそうね」
「まあな。いうてそっちもだろ」
「そっ、そうね……不本意だけど」
ハヤトは当初組んでいた人がキャンセルして、代わりにミチルたちと組んだ。トモエも同じ立場だ。なおコトリは違う。元のチームで出られたのに、トモエの欠員補充に駆り出された。今も納得していない。
「完璧な計画だったのに……」
コトリは手帳を鞄から取り出す。そこには好きな人と二人で出場し、恋が実るまでの計画が書かれていた。
『メカサッカー?』
『うんっ、一緒に出ようよ、これに』
『二人か三人で一チーム……』
一週間前、コトリは中学校の同級生、福俵天使に誘われた。渡された要綱を読み、自由に二人か三人でチームを組んで参加するという条件を把握すると、ある計画を立てた。
『もう一人は考え中で』
『……ごめんアツカ、私はパス。クルリとかどうかな』
『あらそう。じゃあまた今度ね』
コトリは断り、他の同級生をあたるよう勧めた。アツカはあっさり引き下がった。
『ところで、この紙ってどこで』
『職員室の所の掲示板だよ』
コトリは後でこっそり用紙を入手した。
『ねえユウガ、これ出てみない?』
コトリは同じく同級生の田浦夕雅と二人きりで出るためにアツカの誘いを断り、密かに別の人と出るべく動き出した。
『いいぜ。三人目はカリンを』
『わっ、私は二人で出たいな。二人の方が良い賞を狙いやすいのよ』
『へー』
コトリはユウガを言いくるめて、二人きりでのエントリーに誘導できた。ここから彼女の計画の歯車が狂いに狂った。
『もしかして出るの!? 私も仲間に入れてっ』
『ゲッ』
アツカに気づかれてしまった。さっき断ったのを気にもされず、まだ二人なら入れてほしいと懇願する。
『でも二人のが良い賞獲れるらしいけど』
『そんなの無いって。三人の方が絶対強いよ』
『だよなあ。いいぜ、俺は』
ユウガは歓迎の姿勢で、コトリは足掻く気力を失いアツカを受け入れた。罰が当たったのだと戒め、彼と出られるだけ良かったと受け止めた。
後日、トモエからヘルプが上がった。一緒に出る予定の保土ケ谷風がキャンセルしたから、誰か代わりに組んでくれないかと。白羽の矢が立ったのはコトリ。特殊能力が目覚めた時期がトモエやクルリと近い"同期"という縁でユウガたちのチームから移籍し穴埋め役を担った。
結果、コトリはユウガと二人で出る計画が別々のチームになってしまい、今に至る。
「完璧だったのにっ、あの悪魔がっ……」
「察しの悪い奴と性格悪い奴しかいねえ」
乙女心の理解がないアツカや、意中の人と近づくために周りを出し抜こうとしたコトリ。クルリのムーブも、それを邪魔する狙いがあったように思えてしまう。
そんなドロドロした駆け引きがあった中学校にハヤトとミチルは引いた。
こうなった以上、計画は無意味。コトリは該当のページを破こうとするも、彼女自身の特殊能力で裂けない。力を込めるだけ紙がくしゃくしゃになる。
「ところで何だっけ? ああ、ボール取ってくれてサンキューな」
会話しているうちに目的を見失っていたが、勝負中のこぼれ球を拾ってくれたことから始まった会話だと気づくとミチルはお礼を言った。ただコトリたちの用件は済んでいない。
「どう? 私たちと勝負しない?」
そもそもこのイベントは、チームごとに勝負するもの。ボールが拾える位置にいたのは、対戦を申し込むべくミチルとハヤトの勝負が終わるのを待っていたからなのだ。
ミチルたちは顔を見合わせ、断った。
「悪いが他をあたってくれ」
「ああ。俺たちは三人でチームを組んでいる。放ったらかしにできない」
二人は勝負が終わったら溜池彼方と合流するつもりでいる。コトリたちとの勝負は面白そうだが、その二対二の勝負に乗るためにカナタを仲間外れにするわけにはいかない。
「どこいるの?」
「向こう」
「あいつは特別で、もうメカは仕上がっているからな。俺らを待ってくれてる」
トモエにはその仲間を放置して二人で勝負しているように見えたから、その人は誰なのかと周囲を見渡す。
別行動には理由があり、カナタは二人と違って支給メカを受け取っていない。代わりに来る途中で拾った改造済の意思あるメカを選んだ。今はそのメカと意思疎通を図っている。
「知ってるわ。だから二対三でどう?」
一方コトリはカナタもいることを把握している。そのうえで勝負を持ちかけた。自分たちが一人少ないハンデを背負うのを承知で。そんな提案にミチルたちは困惑した。
「無茶だろそんなの」
「そうよ。というか同じ人数のチーム同士やるもんでしょ普通」
味方のトモエにまで諭されている。その言い分にミチルたちもウンウンと頷く。
「でも駄目ではないわ。ルールは守ってる。むしろ新しい発想だと評価してもらいたいわ」
「人数差も分からず挑んで負けたらロクでなしって思われるよ。その末路は延々と晒し者にされちゃう」
「言い過ぎじゃねえか?」
ただその発想が馬鹿げたものなので、イキって人数差で不利な勝負を持ちかけ惨敗する様を見られて他の参加者に笑われたり、来年のイベントで去年こんな間抜けがいたと紹介されかねない。
そんな心配をするトモエに、そこまでこてんぱんに突きつけなくてもいいじゃないかとコトリを庇った。
「大丈夫よ。見て、向こうはまだ改造していない」
だがコトリは人数差の不利を覆す算段が二つある。一つはメカの性能。ミチルたちが元のスペックを確かめている間に早々に手を加えていたので、メカの実力では勝っている。
「で、相手の特殊能力は速くなるハヤトと野性的になってパワーアップするミチル、そして未知数が一人」
もう一つは特殊能力。メカとは関係なく、ミチルたち本人に目覚めた力。通常より二十五パーセント速度を上げられるハヤトと、野性を取り戻し暴走気味に強くなるミチル。そしてカナタは能力を持たない。
彼が無能力者と知っているというよりは、同学年の能力者三十人弱に含まれていないので必然的に無能力者と判別できる。
「メカを動かすのに何の効果も無いわ」
そんな彼らの能力は、この勝負において脅威ではない。本人がどれだけ速く強くてもメカのスペックに反映されることはない。ゆえに無能力も同然なのだ。
「いいぜ。そんなに言うなら手加減しない」
「おう。もとより俺らは全勝する気だしな」
そこまで自信満々なら遠慮は要らないと割り切り、勝負に乗った。ただトモエは疑問が残る。
「そんなのこっちも同じじゃない?」
「いいえ。トモエ、ラケットでボール打っても狙い通り飛ばせるでしょ?」
メカを操縦する立場で能力を活かせるか。トモエは首を傾げる。するとコトリは堂々と答えた。彼女の能力から考えられる可能性を。
「なら操縦しても同じことできるはずよ」
「なるほど」
「そう言うコトリはどうなんだよ」
「まさかトモエに任せれば勝てると思ってねえだろうな」
確かに憶測通りトモエの能力が機能すれば手強い。変則的なパスやシュートを撃たれることだろう。
一方でコトリの能力は周囲のものを切れなくするものでありミチルやハヤト同様活かしようがない。あれだけ啖呵を切っておいて実のところトモエの能力で戦力差をひっくり返すつもりだったのかと文句をつける。
「もちろん私も貢献するわ。電波が切れないからメカに合わせて動く必要がない。操縦に専念できる」
コントローラーとメカの距離が離れて反応が鈍る心配がない。それがコトリの強みと言い張る。ただそれだけではない。
「それにどんなに強いシュートを撃ってもゴールネットは切れないから。安心してサンドバッグになりなさい」
「ムカつくぜ」
「俺のゴールは揺らせねえよ」
シュートを決めてもゴールネットを貫通する心配は要らないというメリットは宣戦布告も同然。役に立つ場面なんて訪れないと言い返し、勝負に応じた。
「というわけでコイツらと勝負するんで」
「三対二だが容赦なくやっちまおう」
「……そうか」
カナタの元へミチルたちが対戦相手二人を連れて戻ってきた。彼は勝負に賛成だがパートナーのメカ、ルミアに尋ねる。
「試合、やってみるか?」
「うん」
ルミアの頷きにカナタは安堵したが、さっきみたいに相手へのスライディングや壁を削るためのシュートなど、危ない行為に及ばないかが心配だ。
とにかくこのメカには何かしらの問題があり、そのせいで記憶を消され捨てられていたとカナタは睨んでいる。また同じ目に遭わせるのは嫌だから、ちゃんとしたサッカーを教えたい。
「分かった。味方がこの二体で、相手は向こうだ。覚えたか?」
「イエス、ボス」
カナタはルミアが誤って味方を攻撃しないよう敵味方を教えた。
「可愛いメカね。もしかして好きな子がモチーフ?」
「元からだ、これは」
ルミアのデザインをコトリに冷やかされた。カナタとは似ておらず、容姿や声からどちらかと言われれば女の子に見えることから理想のタイプをイメージしてのデザインと誤解されたが、彼はノータッチ。拾ったままの色合いと形状だ。
「でも、タイプだから連れてきたんじゃないの?」
「違うし。ってか知ってるのか」
「うん。着いたとき注目されてたよ」
カナタがルミアを背負って会場に来たことは相手に知られていた。確かに支給メカが渡る前だったからすでに所持しているのは特徴的だが、カナタが懸念するのは手の内が割れているかもしれないこと。ルミアをどう動かすか、自分の観察眼が試される勝負になる予感がして身構えた。
「……私がタイプなの?」
「は? 違うが」
そんな緊張が抜けるかのように、ルミアは自分がカナタの好みの異性なのかと問いかける。ルミアとしては、なぜカナタが自分を拾ってくれたのかが気になる。
「パーツが散らばってて駐車場に眠っていたから気になっただけだ」
「それで、タイプなの?」
カナタはルミアがどんな外見であっても拾っていたと告げる。それはそれとしてルミアは自分が彼の好みか否か答えを求める。
「そうだ」
カナタは考えて一言で答えた。否定すれば好みの外見に改造させられると怯えさせてしまうかもしれない。だったら今が一番ということにして安心させておきたい。
返事を聞いてルミアは照れて、コトリは密かに怨嗟を吐いていた。運命的な出会いで組んだチーム、人間と機械の愛。対して仕組んだチームを切り裂かれ近づく機会を奪われた自分。気分良く冷やかしていたのが嘘のように態度を裏返していた。