2話 なぜこんなことを
メカサッカーコンテストの開会式が始まった。本部からイベントの内容と目的が説明される。台車で支給メカを運び、スクリーンに去年の映像が映される。
「皆さん、ご参加いただきありがとうございます。こちらが今回お貸しするメカ。そしてこちらは去年のイベント記録です」
支給メカはシンプルな人型だが、そのまま使っても改造してもよい。そう説明される。改造の実例として去年の参加者の映像が出る。足をキャタピラに変えたり足自体を増やしたり、翼を生やしてロケットエンジンを搭載していた。
そして試合風景。二人か三人でチームを組んで、各自操縦するメカでサッカー対決。ドリブルで攻め上がったり、シュートを撃ったりキーパーが弾いたり。
最後はメカやチームが表彰され、記念撮影をしていた。
「これはサッカー界を変える実験です」
説明や映像から単なる楽しむイベントに見えた矢先に、目的が告げられた。世界を揺らがせる計画に、参加者がざわつく。
「選手の視野は狭い。ですがコートの外から操縦すると、広く見ることができます」
人がプレーするのと、外で操縦するのでは見える範囲が違う。後者の方が広い。
「フィールドで何が起こっているか、これから何が起こるか。広い視野でキャッチし、それに適した行動や声を出す。」
メカを操縦することで、フィールド全体が見える位置でプレーできる。全体を把握して、試合の未来を予測する。そして未来に干渉する行動を起こしたり、味方に指示を出したりする。
そんな天才的な実力を、一人や二人生み出すことが目的ではない。量産することが目的だ。
「それを誰もが会得したら、この世のサッカーは大きく変わることでしょう」
敵も味方も選手全員が未来を読めたら、プレー内容は大きく変わる。どう変わるかはまるで予想がつかないが、きっと革命的な進化を遂げる。
「ついでに発想力やコミュニケーション能力を伸ばしてください」
そもそも広い視野を会得は、前頭前野の活性化の賜物。すると同時に様々な力がつく。読んだ未来の対抗策たるアイディアの閃きに、それを瞬時に実現する伝達能力。
チームを組んで参加するのも、そういった力を高め仲を深めるのを期待したい。
「以上。それではメカを支給します。そしたら皆さんの自由です。好きに改造したり、マッチングして……時間いっぱい楽しんでください」
語った目的は大きな野望だが、やることは規定通りメカを改造し、コート外で操縦するだけ。本部が縛ることはなく、参加者の自由だ。
「……もちろん、メカが勝手に動くよう改造しても構いませんよ」
溜池彼方はビクッとした。今の言葉は自分に向けられたものだと分かる。カナタは会場に来る途中、メカを拾った。支給メカの代わりに使用すると決め、今は隣にいる。
普通はメカとコントローラーを借りて参加者が操作する。けれどもこのメカ"ルミア"には自我があり、カナタの指示なしで動き、話せる。それは周りとまったく異なるスタンスだが、そう改造したことにすれば周りとの違いを気にする必要はない。
ズルと思われないか心配しなくていいと受け止めた。
「カナタ。俺らメカ貰ってくるけど」
「ついてくるか? 先に練習しててもいいし」
カナタのチームメイト、鎌ヶ谷速と佐倉満が聞いてきた。彼らは支給メカを受け取りにいき、すぐ戻ってくる。その間カナタが別行動なら、集合場所を決めておきたい。
「俺らはこの辺で待ってる。ボールで遊んでる」
「分かった。すぐ戻るぜ」
カナタはルミアをよく知らない。ルミア自身も記憶が一部ない。ただサッカーをするために作られたメカなのは確か。本部の人、いやメカからそう聞いたし、体が覚えている。だからカナタはまずルミアにボールを与えて様子を見ることにした。
「いくぞルミア」
カナタはボールを蹴って足元にパスを出す。するとルミアは強く蹴り返し、カナタは両手で押さえ込み、後退りながらも堪えきった。ナイスセーブに見えて、ゴールラインは割られていただろう。
予想通りの反応と、予想以上の威力。ボールが来たら全力で蹴り飛ばすのはさっきも見たカナタは、これがルミアの問題点だと考えた。
「そうやって本気で蹴ることしかできなくて、捨てられたのか」
映像で見たノーマルシュートよりルミアは幾分パワフルなのに、駐車場に放置されていた。その理由を本人は思い出せなようだがカナタは予想がついた。
それしかできないために、扱いきれなかったのではないかと。
「だって私は破壊者で」
「シュートを撃つだけが仕事じゃないんだ。俺の真似をしてごらん」
だがカナタは見限るつもりはない。シュートしかできないのなら、できるようになればいい。彼としても最低限教えられる自信はある。
さっきと同じように蹴り、その動きを真似するよう指示を出す。
するとルミアは、小さく足を振って蹴り返した。柔らかいパスがカナタの足に返ってくる。
「おお、今の感じだ。もう一回」
「……なぜこんなことを」
だが今度は違った。ルミアは足でボールを止め、パスを返す意義は何かと問いかける。カナタとしては、仲間の用事が済むまでの暇つぶし兼ウォーミングアップ程度の認識だったので、深い意味はない。
「なぜって……危ないからだ。本気で蹴るのは皆が揃って試合が始まってから」
それでシュートではなくパスをするのは、場所をわきまえての選択。加えて試合が始まるのも、そう先の話ではない。
「ううん。こんな弱いシュート、どうして」
しかしルミアが聞きたいのは、強く蹴れない代わりになぜ優しく蹴るのかということ。そんな練習に意味があると思えない。
「……そうか、メカにスタミナの概念がないから」
カナタとしてはパスを出すのは当たり前の認識だが、それは人間のサッカーの話。常に全力を出せるメカのサッカーは、休みなく走りフルパワーで蹴り、タイムアップまで点を取り合う、激しい競技なのかもしれない。
ルミアの反応から、そう考えた。だとしたら、こんな微調整は必要ない。
「ごめん、俺が間違ってた。お前たちメカのことを分かっていないみたいだ」
ルミアの言い分が正しいと認め、カナタは頭を下げる。ただ、この気づきは大事だと受け止める。メカと生き物の違いを知ること。むしろこれが、イベントで経験する感覚にさえ思える。
けれども本部の説明が気になる。スタミナを無視できる戦い方が、果たしてスポーツ界を変えるのかと。
違和感を抱いたが、確かにフィールドの外から見て操縦しプレーすることがもたらす変化は納得いくので、気にしないことにした。
むしろプラスアルファでメカの利点を活かしたプレーができれば、コンテストの評価に繋がるかもしれない。そう好意的に捉えた。
などと思考を張り巡らせている間にハヤトたちが戻ってきた。メカとコントローラー、そしてボールとともに。
「時間いっぱいフルで動けるから」
「俺たち自身がサッカーするのとまた違う感覚ってことか」
カナタは二人にルミアから得た気づきを共有する。チーム全体で実現できれば、気づいていない相手に圧勝できたり、審査員に評価されたりするだろうと考えて。
すると二人は納得した。メカの性質を活かしたプレーを編み出す。それがチームの方針となった。ただ肝心のプレースタイルで意見が割れる。
「つまりスピードこそ正義」
「いやパワーだろ、そこは」
全速力か全力か。体力が無限ならどちらに特化するべきかハヤトとミチルは対立した。そしてカナタに意見を求める。
「両方でどうだ? 全力のパスを全速力で拾いにいく」
「「それだ!」」
二人のようにどちらかにこだわりのないカナタは、どちらも採用する方針を考える。思いついたのは、強いパスに飛びつくのを繰り返す速攻。見た目も派手な分、パフォーマンス面でも高評価を狙えるにちがいない。
そんな提案をすると意見の衝突は解消し、やりたいチームプレーは派手なオフェンスという方針で固まった。となればメカの改造路線も見えてくる。
「改造する前に話しておいた方がいいと思ってな」
「そうか。ありがとう、カナタ」
「これはルミアのおかげだ。な?」
閃きのきっかけはルミアの疑問。だからお礼はそっちに言うようカナタは流す。そして支給メカも来たことで、記憶を思い出すきっかけになれればと思い話しかける。
「ルミア、これがお前の元々の姿だそうだ。何か思い出せるか?」
今のルミアは改造後の姿だが、恐らく去年はこの支給メカと同じだったはず。しかしルミアは首を横に振る。
「改造で自我が芽生えたんじゃねえか?」
「なるほど……なら元の体は分からないか」
支給メカとの違いは自我の有無。ルミアのようにひとりでに動かないし喋らない。代わりにハヤトたちが一緒に持ってきたコントローラーで動く。
その自我が改造によって芽生えたものなのか、元の姿を見ても記憶を取り戻せない。
「ならいいや。二人とも改造始めていいぜ」
パッと見て効果がないならルミアのために原型を留めておく必要はないと考えたカナタは、二人の好きに支給メカを弄っていいと告げる。
「いや、元のスペックを知っておきたいし」
「同感。ちょっと試運転してみる」
そのまま使っていいと言われていたように、無改造でも試合できるだけのスペックはある。改造が効果的かを知るにはデフォルトのステータスを把握しておくのは合理的だが、問題はルミアが退屈になることだ。
とはいえそれは皆同じ。他のチームに試合を申し込もうにも、相手も準備ができていない。ハヤトたちと同様、メカを手にしたばかりで逆に挑まれることも当面なさそう。
カナタは彼らや他の参加者がどんな準備、改造をするのか気になるものの、ルミアから目を放すわけにはいかない。
「なあ、今度はちょっと走ってくれるか? とりあえず普通に、ここまで」
ルミアのキック力は分かった。あとは走力とドリブル能力を把握し、チームの戦略に組み込みたい。カナタは一旦ボールを預かり移動して、ここまで全速力で走るよう指示を出す。
するとルミアは一目散に走り出し、カナタにスライディングを狙った。
「危ねっ何すんだ……いや、俺の言い方が悪かった」
カナタは間一髪避けて、指示が雑だったと反省する。今度はボールを置き、そこまで走って蹴り飛ばすよう説明した。今度は狙いを彼でなくボールに定め、芯を捉え強烈なシュートを壁に放った。
「オーケー。じゃあドリブルで今のを」
想定通りの動きをしてくれたルミアに喜び、次はボールを運んでシュートするよう説明する。問題はこれができるかだ。パスの意図が分からないルミアが、小刻みに蹴る感覚を知っているか心配だ。
できると信じつつ暴走も想定し、カナタはボールを預ける。
結果、ルミアはできた。カナタはできたことに驚いたが、それ以上に壁の跡。さっきとまったく同じ位置に命中させている。
「凄いな。それに狙いも完璧」
「うん。弱点は徹底的に攻めるもの」
「弱点?」
ルミアはドリブルをシュートの過程と認識したからできた。そしてシュートの目的は、壁の特定の位置に命中させること。
「そのうち貫通する」
「はぁ!? 駄目だって破壊しちゃ」
繰り返しシュートを一点に集中すれば壁に穴が空く。そんな犯行予告を聞いてカナタは焦った。今さらだがサッカーでありながらこのイベントは屋内でやっている。イベント会場を傷つけるわけにいかないのでルミアからボールを没収した。
「そこで待ってろ。俺が謝ってくる」
カナタはこの件を本部に報告した。壁の状況を見てもらい、損壊の恐れはないのでイベントの中断には至らずに済んだ。
本気のシュートは練習ではなく試合でやるよう注意されたものの、ルミア使用禁止などの罰は免れた。カナタはお礼を言ってルミアの元に戻った。
「許してもらえたけど、物を壊すのは駄目だ。せっかくのイベントが打ち切りになったら楽しくねえからな」
「楽しく……」
ルミアは楽しいという感情が分からなかったものの、さっきまでの練習をやっては駄目だと言われたことは理解した。
「命令に従っただけなのに……」
「命令って……俺はお前のスピードとテクニックが知りたかったんだ」
ついでに特定の地点でシュートさせていたことが壁の損傷に繋がりそうだったわけで、それはカナタが意図したものではない。ルミアを陥れるための策略だと誤解されたくない。
「叱られるためにやらせたつもりは一切ない。俺はお前の味方だ」
迷惑行為に走るよう誘導し、退場という名の処分を図った。なんて誤解されないよう説得する。
しかし後にカナタは後悔した。このときルミアに、破壊するなと命令しておくべきだったと。