19話 もっと過ごしたい
後半の途中でスコアは2―4。だが時間切れまでにあと三点取り返すのは不可能ではない。それはチーム三人とも同じ考え。攻撃が止められ相手チームのスローインになった今も、誰も諦めていない。
「だからってズルくない?」
諦めないのはいいこと。相手チームの立場である広小路冬雪も彼らの闘争心に敬意を評したが、三人がかりで久里浜華燐のメカのマークに着くのは卑怯に思えた。フユキたちは二人チーム。スローインして自分で拾うのはルール違反で、試合自体も三人対二人の数的不利でやっているから、これではパスしようがない。
「適当にゴール前に放り投げて」
「そうするしかないよね」
ミチルメカはもうキーパー技を使えない。シュートを撃たれたら終わりだから、いっそ前に出て攻撃に加わる。だが逆に、今ならどんな軽めのシュートでも枠内に進めば入る。味方にパスしないといけないルールはないので、なるべくゴールの近くに飛ばし、その後は押し込むことにした。
だからフユキメカは投げた後、カリンメカと一緒に追いかける。しかし別のメカが追い越した。
先に拾ったのはハヤトメカ。鎌ヶ谷速が改造し強化した初速でカリンメカをも追い越す。
だがこれはカリンの読み通り。もしこの先が自分たちの守るゴールなら、ハヤトメカに間に合わずシュートを決められる。だがそこは彼らのゴール。オウンゴールになるから撃てない。だからボールキープに一度止まる。その隙をカリンは狙った。だが予想とは裏腹にハヤトメカはシュートを撃った。
自殺点ではない。ゴールポストで跳ね返り、ミチルメカが拾う。攻める気だったカリンたちは、予期せぬパスを通されて守りが穴だらけ。急いで引き返す。
絶好のチャンスだが焦ってシュートを撃って外したら元も子もない。佐倉満は射程内までメカをドリブルで前進させる。ルミアは数秒の時間稼ぎを引き受け、先に来たカリンメカの進路を阻む。フユキメカは通してしまうが、すでにミチルメカはシュートを撃ち、3―4に点差を詰めた。
「やられた……というか一歩間違えばオウンゴールだったのに」
「ええ。きっと、ああでもしないと駄目と思ったのかも」
フユキは失点を悔やみ、その起点となったハヤトのプレーが異常に思えた。少しでも内側にズレれば自殺点、外側にズレれば相手にコーナーキックのチャンス。けれどもドンピシャで跳ね返れば味方にパスが通る。そんなハイリスクな思考回路は脳が拒む。
一方カリンはハヤトの判断に納得している。コートの外で操縦しているから相手のメカが迫ってきているのは見えていたわけで、危険を伴ってでも打てる手があるなら、迷わず実行するのは理解できる。彼女が特殊能力に目覚めて彼らと知り合ってからは、そういう博打を打つ光景は見慣れたものだ。
「それか、同じことを他の相手にされて真似したとか。よくいるのよ、ああいう目茶苦茶やる特殊能力者は」
特殊能力があるから、普通はできないことや思いつかないことを試そうとする人がいる。その人が広げた可能性から、別の能力者との協力で実現に持っていく。そうやって皆進化する。それが彼ら能力者の交流だ。
「……面白いね。私、この島でもっと過ごしたい」
「楽しそうで何より」
そしてフユキは興味が湧いた。偶然来た島、偶然見つけたイベント。こんなに驚きとワクワクを与えてくれたのは初めてだ。この感覚は後に彼女が居候生活を始めるきっかけとなる。
それを聞いたカリンは、フユキに誘われて参加を決めただけで勝敗に執着をしていないので、彼女が満足ならそれでいいと思った。
点差を詰めたが、次はさっきと違いフユキとカリンのキックオフで再開。ハヤトたちはボールを奪わないと攻撃に入れない。逆に相手は最初から主導権を握れる。勝つためには今とその次の最低二回、この状況から得点しなくてはならない。
溜池彼方は考える。フユキメカとカリンメカのダブルディフェンスを破る策を。
考えながらも試合は動く。カリンたちの作戦はコート中央の最短距離突破。コートを広く使うパスはハヤトメカの初速に阻まれやすい。仮に触れられボールが外に出ても、スローインからカウンターされたさっきの流れを繰り返すだけ。
そして狙い通りカリンメカは得意の突進力でハヤトメカを制した。届かれても押し通せばいい。それが相手のスピードという武器を無力化する策。
「行くぞルミア!」
するとミチルはルミアに合図を出し、自分のメカを操縦する。二人がかりでカリンメカを阻み、同時に足を伸ばし足の鍔迫り合いに持ち込んだ。二人のパワーで制し、ボールを奪う。
そこへフユキメカがフォローに入る。攻めはカリンメカに任せ、何かあったときに備えディフェンスに残っていたフユキは、正面に陣取りディフェンス技を使わせる。その動きを察知したルミアは、ミチルメカの後方へと移動した。
"アバランチウォール"。雪雪崩で怯んだ隙にフユキメカにボールを取り返された。想定外の事態だが、このときカナタは閃いた。そのディフェンス技の攻略法を。
そしてルミアも、ミチルメカを盾にディフェンス技を免れ怯まず自由に動ける。すかさずこちらもディフェンス技"アースブレイク"でフユキメカから奪い返し、ノーマルシュートを放った。カリンメカの戻りは間に合わず、4―4の同点に追いついた。
「ごめんカリン。二人まとめて止めるつもりが」
「そこもだけど、シュートが必殺技だったら予備動作中にカットできた。あのルミアの判断力が上手だったわ」
カリンは失点の原因を分析して、ルミアの二度の立ち回りにあると見抜く。一度目はフユキの狙いの一網打尽の回避。二度目はシュートをノーマルか必殺技かの択を制したこと。
「……あれ、ルミアは自分で動いているのよね?」
「そうだけど、考えれば分かる。跳んだ私を止めるより、走る私を止める方が、あのチームは得意だって」
ルミアの必殺技シュートは事前にボールを蹴り上げて叩き落とす。だから打ち上げたところは横取りチャンス。一方ノーマルシュートは高さが要らない。
威力があるが高さに隙もある必殺技と、威力は出ないがスピードに隙があるノーマルシュート。どちらを選択するべきかはコート外で操縦していれば判断しやすいが、ルミアは自分で動くメカ。パートナーのカナタはコントローラーを持たず、言葉で指示を出している。
なら見えないのになぜ良い判断ができたのか。それは状況ではなくチーム力という元々ある情報を使ったから。スピード自慢のハヤトメカが援護すれば、平面の隙はカバーしやすい。
「悪い、囮にしちまって」
「いいって。ぶっちゃけ俺も避ければよかったし」
ルミアの自己判断を責任者を名乗るカナタが謝罪する。得点のためとはいえ味方を盾にしたのだ。だがミチルは責めない。あの曲面で攻撃を繋ぐには外せない判断だったし、何より自分も瞬時に回避できていれば盾にされず無傷で突破できていた。次は成功させる、と前向きに捉えていた。
そしてカナタもルミアを責めない。否定するより、もっと良い案を出すべきと考えて呼び出した。一方ルミアはまた怒られるのではないかとビクついている。
「もし相手がゴール前に立ったら……手加減してシュートを撃って、あのディフェンス技で止めさせるんだ。そしたら」
「こっちのディフェンス技で取り返す……そしてもう一度」
カナタはカリンとフユキがまたゴール前で守りに入ったときに備えて、ルミアに立ち回りを伝える。その途中でルミアは意図を察し、得点への繋げ方を自分で話す。
彼は全部話すことなく指示の意図が伝わったと気づくと、頷いて微笑む。これがあのダブルディフェンスの攻略法。必殺技シュートをフユキメカのディフェンス技でパワーダウンさせてカリンメカが蹴り返す。それを攻略するには、あえて弱くシュートを撃ってディフェンス技で止めさせる。するとフユキメカがボールキープするから、ルミアがディフェンス技で取り返す。
そうすればしばらくフユキメカは動けないから、カリンメカを突破するだけ。ダブルディフェンスを破るパワーがないのなら、分けて崩せばいい。
「シュートブロックのディフェンス技なら、ルミア自身は何ともない。今ミチルメカを盾にしたのと同じ感じだ」
相手のディフェンス技を食らうのはボールだけで、撃ったルミアは影響を受けない。それはさっきミチルメカを盾にしたのと同じ理屈だ。そしてそこからボールを取り返すのもさっきと同じ流れ。
これならディフェンス技とカリンの蹴りをまとめてぶち抜くパワーは要らない。後者だけに競り勝てばゴールを決められる。今のルミアの実力なら難しいことではない。望み通りのシチュエーションを迎えれば、逆転勝利は間違いなしだ。その瞬間を願って、カナタはコートへと戻るルミアを見送った。
「あっという間に追いつかれたけど、おかげで雪は積もった」
「でも向こうは絶対に攻めてくる。アレを使うしかないわ」
そしてカナタの期待通り、フユキとカリンはダブルディフェンスからの超ロングシュートによる勝ち越し点に懸けた。今の二失点は無駄ではない。その時間も降り続けた雪で、フユキメカは再びコート内で見えにくくなる。
カリンメカがゴールを守り、それを突破できるルミアがシュート技を撃ってきたところに出現して二人がかりで止める。向こうはキーパーのミチルメカも攻撃参加してくるだろうから、全力で枠内を狙えばゴールに入る。これが現状、確実に失点を防げて同点、うまくいけば勝利できる策。
カリンメカは自陣ゴール前でキックオフ。パスを出せる味方がいないフユキメカは、わざと相手にボールを渡した。
「……あわよくば入れ!」
ただ渡すのももったいないのでフユキはキックオフゴールを狙った。ミチルも攻撃参加する気満々でゴールを空けているから、枠内で威力も足りたら入る。
だが、ハヤトメカのいち早い反応でシュートは足に阻まれた。
「通さねえよ」
一度カリンメカにやられて、同じ手は食わないと常に警戒していたハヤトが窮地を救った。そして弾かれたボールはルミアが取りにいき、そこから彼らの攻撃だ。
カリンメカはゴール前から動かない。そしてルミアはさっきより離れた位置でシュート技"ビヨンドライトイヤーズ"を撃つ。するとフユキメカが"アバランチウォール"でパワーダウンを試みるが、シュートが弱く、完全にブロックできた。
フユキにとっては想定外だが、結局はカリンメカにボールを回せばいいだけのこと。ボールを拾って軽く後ろへ蹴ろうとしたところにルミアが飛び込んできた。
"アースブレイク"でフユキメカからボールを取ったルミアは、もう一度ボールを蹴り上げる。残すはカリンメカただ一人。今度は全力で撃つ。
「"ビヨンドライトイヤーズ"!」
「行け! ぶち抜け!」
カナタも叫んで応援し、撃ったシュートにカリンメカがキックで抵抗する。前にパワーダウンした後に受けたのとは桁違いの威力がコントローラー越しにカリンに伝わる。粘るも勢い止めきれず、シュートがゴールに突き刺さった。5―4で逆転。ここで試合終了のホイッスルが鳴った。
音色と得点板で勝利を実感したカナタたちは、雄叫びを上げて勝利を噛み締めた。
「よくやったルミア! お前、最高のストライカーだ!」
作戦通りに事は運んだが、理想を実現してくると興奮する。そんな今日一番の喜びを見せるカナタに、ルミアは彼の望むプレーができたと理解し安堵した。同時に、これで満足せず、もっと彼といたいと思った。
「ハヤトもよくアレ凌いだな」
「まあな。二度も負けたくねえってずっと思っていた」
決勝点を入れたのはルミアだが、相手の決勝点を防いだのはハヤトメカだ。ミチルは彼を褒めると、それはカリンに負けたくない思いが原動力ゆえに反応できたと答える。とはいえ、止めたのはフユキの方でカリンにはリベンジできず終わってしまったのは残念に思っている。
「……ごめんカリン。カリンにシュート任せればよかったかも」
「いいのよ。それに私が前にいたらもっと警戒されてたかも」
フユキはキックオフゴールに失敗したのを受け、自分ではなくカリンに託しておけば多少弾かれても強引にゴールできたと思い、反省する。しかしカリンは責めない。仮に自分が蹴る位置にいたら相手は守りを固めていたかもしれないし、それで止められたら空いたゴールを守れない。
カリンもまた、ゴール前にいて止められなかった自分が敗因と受け止めている。だが、これで彼女らの挑戦が終わったわけではない。
「次は勝ちましょう」
「そうだねっ。それに良い試合だった。そうだ、写真撮ろう。お姉ちゃんに送ってやる」
負けはしたが試合内容には満足している。前向きに立ち直り、自分たちはこんなに楽しいイベントに参加しているのだと行方不明の姉に連絡した。それから挨拶して試合を終えた。
「さて、次どうしようか」
「あいつらにリベンジか、それとも連携技でもやってみる?」
ハヤトたちは次の試合相手に悩む。参加者で同学年の特殊能力者とは、これですべて試合をした。一組だけ同点で中断したからリベンジマッチという手もあるし、特訓で連携必殺技を編み出すのも悪くない。
「だったらチーム変えてみない?」
そう提案してきたのは福俵天使だった。