18話 舐めてたんじゃない
高く蹴り上げたボールを追って、カリンメカが炎を、フユキメカが雪を、纏って同時に回りながらジャンプした。同時にボールを蹴る連携シュート技、それが二人の切り札"ハイブリッドストーム"。ボールは炎と雪を纏い、カリンメカ単独のシュート技"ワイルドファイア"の遥か上を行くパワーでゴールに迫る。
ミチルメカはこの試合二度目のキーパー技"ハウンド・ザ・ハンド"で正面対決に臨む。一度目は"ワイルドファイア"に対し使い、止めた。それよりずっと強力なシュートであることはメカの操縦席から見ても分かる。
猟犬が噛みつくように両手を上下に構えボールを挟むキーパー技。だが力負けし、ゴールに入れられた。これで2―3。またもリードされ、ここで前半終了のホイッスルが鳴った。
「あれが連携技……」
再び勝ち越されたが、それ以上に衝撃的だったのはメカ同士の連携必殺技。溜池彼方たちのメカは持たず、これまでの試合相手も使ってはこなかった。
「え、初めて? コトリたちもやってたけど」
ただ広小路冬雪は連携技自体は珍しくないと思っている。確かに久里浜華燐と編み出した"ハイブリッドストーム"は自分たちだけの必殺技だが、着想は前の試合相手の大船切裏たちの連携技から得た。コトリたちもメカに連携技を持たせているから、むしろあるのは普通とさえ捉えていた。
そしてカナタたちもコトリのチームと試合をしたと聞いたので、そのとき見ていないのかと首を傾げる。実際見ていないので、佐倉満と鎌ヶ谷速は観戦しているコトリを睨む。
「見てないが」
「隠してたのか」
「……そうだけど、あれは切り札なのよね」
ミチルたちはそのとき出せるすべてをぶつけて試合に挑んでいたので、必殺技を温存していた疑惑が上がるコトリにムカついた。だが彼女は手を抜いていたわけではなく、むしろ奥の手のつもりだった。だから存在を暴露したフユキに、余計なことを言いやがってと内心イラッとくる。別に協定を結んでいたわけではないが、カナタたちに有利なことだけバラされるのは裏切られた気分になる。
だがフユキとは今日会ったばかりでまだ親しいわけではないから暴言は我慢する。
「試合が中断されたから見せる機会を逃しただけで……使わず勝とうなんて舐めてたんじゃないよ」
そして引き分けに終わったのに奥の手を出せずじまいだったのは、カナタが途中で自分たちの負けと認め試合を終わらせたから。続行していたら彼らの勢いを止めるために奥の手を出すつもりでいた。
だから温存は事実でも手加減は濡れ衣。そしてそう疑われる原因を作ったのはコトリたちではなくカナタ。そもそもコトリが本当に手加減していたとしても、この試合に関係ないが。
「連携技は……不可能じゃない」
コトリたちにもできると聞いた今、フユキたちが特別ではない。カナタは自分たちにも連携技ができると思った。仲間を信じる思いがあれば。
「ああ。スタンドプレーで張り合っては駄目だ」
同じことにハヤトも気づく。彼は自分のメカが味方メカ必殺技の巻き添えにされ、プレースタイルを変えた。点を取るため、相手からボールを奪うためなら巻き添えも厭わない、そんな味方にやられるだけではいられないから、自慢の初速で避ける。そしてそのスピードで、自分だけで勝ちにいく。
これもまたカナタとパートナーのメカ、ルミアが招いた事態だから、彼は何も言えなかった。
けれどもハヤトは改心した。その張り合いは間違い。仲間と協力して試合をする。それが本当のサッカーだと、フユキたちの連携技に気づかされた。
後半はカナタチームのキックオフ。またしてもカリンメカがゴール前に陣取り、シュートを撃たせて止める構え。ハヤトメカはルミアにパスを出す。さっきのように、一人で勝とうとせずに。
「行け! ゴール前のカリンに勝てるのはお前だけだ」
得意のスピードは、フユキが特殊能力で降らせた雪で普段通り発揮できない。ならパワーで勝負しなくてはならず、対抗できるのはルミアのシュート技"ビヨンドライトイヤーズ"だけ。だからハヤトはルミアに託した。
「俺もだ。俺も手を貸す!」
そこにミチルも混ざってきた。ミチルメカはすでにキーパー技を二度使い、腕は限界。だが足は動かせる。フィールドプレイヤーとして、攻撃に貢献する。
「じゃ貸すのは足じゃん」
「それはそう。はっはっは」
言葉の綾だが、そう茶化せるくらいにはチーム内のギスギス感は消えた。そして作戦を確立した。雪に隠れてボールを狙うフユキメカはハヤトメカとミチルメカで対処して、ゴール前でルミアに繋ぐ。そしてルミアがシュート技でカリンメカの蹴りに押し勝つ。
作戦通り、ルミアは先にゴール前に走ってボールが届くのを待ち、ハヤトとミチルはフユキメカの奇襲を警戒して慎重にボールを運ぶ。一人を相手にオーバーなようで、今ゴールを離れている分、ボールを取られたらそのまま追加点を決められかねないからむしろ妥当。
そしてその甲斐あって無事にルミアにボールが渡った。作戦通り辿り着いたチャンスだが、カナタは良くない空気を感じていた。フユキメカの居場所が割れていない。こちらが入念にボールキープに努めていて付け入る隙がなかっただけとも考えられるが、操縦する彼女の表情からは焦りを感じられない。
「ルミアのシュートは最初にボールを上げる。横取りに注意だ」
「オーケー。それで最初取られたしな」
機を窺っているとしたら、ルミアのシュートモーション中のボール奪取。星を蹴り落とすイメージで放つシュート技は、準備に隙が生じる。前半でハヤトメカからの高いパスを、シュート前に横取りされたのがその実例だ。
「むしろ取らせて居場所が割れればもう一度撃つときマークできる」
「確かに。頼むぞ」
そうなれば失敗ではなくミチルたちの出番。ボールを取るときフユキメカの姿が見えるから、すぐ取り返したらルミアは移動し、残りでフユキメカの進路を塞げば二度目は横取りされずにシュートを撃てる。だからまだ二人とも守備に戻らずフユキメカの奇襲に備える。
そんな作戦会議の結果、カナタが感じた嫌な空気は晴れた。自分たちはチームだと、改めて実感した。
ルミアがボールを蹴り上げて、空中に宇宙ができる。ボールを追って飛び込むようにルミアも高く跳ぶ。まるで何光年も遠くの星をボールに見立てて地上へ叩き落とすような必殺技。"スターライトイヤーズ"は、フユキメカの妨害なく撃てた。
「行った!」
「押し通せ!」
「"アバランチウォール"!」
横取りにこなかったのは想定外だが結果オーライ。あとはカリンのディフェンスを抉じ開ければ同点だと熱が入ったところを押し潰すように、フユキメカのディフェンス技によるシュートブロックが入った。
シュートを雪雪崩で撃墜させる必殺技。だがルミアのシュートの威力が勝ち、パワーダウンしたもののゴールに向かい続ける。
直後、コート全体に炎が広がる。それはカリンの特殊能力。味方は炎の上にいる間、スピードや必殺技の威力など様々な強化を受ける。同時に積雪も溶けたが、ディフェンス技で位置バレしたフユキメカにはノーデメリット。
そしてカリンメカは強化されたキックでルミアのシュートを蹴り返し、ゴールからゴールへと撃ち込んだ。これで2―4。さらにリードを広げられた。
唐突なカウンターにハヤトとミチルは唖然とする。カナタも動揺したが、そもそもフユキメカのシュートブロックは予想できていたことを思い出す。他に色々あって対策を練るのを忘れていたのを反省する。本当はそれをやられる前に対策を編み出し、初見で攻略したかった。
だが閃く前にやられ、初見で対応できなかった。やられてもどうにかして立て直せていたら首の皮一枚繋がったかもしれなかったが、カナタは何もできなかった。それがこの二点ビハインドの現状だ。
「時間をかけ過ぎたな。フユキのディフェンス技を撃たせなければ」
「だな。後の祭りだけど」
反省点は色々ある。フユキメカのシュートブロックを無警戒。カリンメカの長ロングシュートの見送り。そしてそれらが起こり得る状況を招いた、シュートまでの慎重な攻め。
それは雪で動きが鈍り、相手は隠れて見えないという慎重にならざるを得ない状況だったがゆえの弱気な判断。そうさせられた時点でコートをも味方につけたフユキたちの術中に嵌まっていた。
「本当に新米能力者か?」
「いや、来たのは今日でも能力は元から」
特殊能力者として登録されたばかりなのになぜこうも使いこなしているのか、その答えは単純。この島に来たのが今日なだけで、能力自体は前々から目覚めていた。
「エレンと同じか」
「エレン?」
「俺らが前に試合した相手。お前と同じで来たばかりの能力者」
つまり京橋慧練と同じ立場。エレンはフユキと違って迷って来たのではなく留学という真っ当な動機だ。
「まだ登録してねえみたいだけど、"同期"になるだろうな」
「まあお前は姉探したら帰るんだろうけど」
元の覚醒時期がどうであれ、今月に能力者として登録されたら"同期"の仲。フユキは目的を果たせば島を出て実家に帰るつもりなので、ほんの一瞬の繋がりになるが。
「……帰るのもったいないなぁ」
「いや、どこで暮らすつもりよ」
まだ会場で会っていないが仲間ができると聞くとお別れが惜しくなる。姉とはすぐ会えそうだがもう少しこの島にいたいとフユキは思い、そうするにはどこで寝泊まりするのかとカリンがツッコむ。彼女もフユキが漂着して偶然会っただけの仲で、かといってこの機に一緒に暮らすのもやぶさかではない。
「俺の家に来なよ。一緒にカリンのこと語り合おう」
「絶対ダメよフユキ」
すると田浦夕雅が名乗りを上げた。フユキは乗り気だがカリンが断固阻止した。
「ならカリンも行こうよ」
「嫌。私は好きなわけじゃないから」
ユウガがカリンを好きなことは、会ったばかりのフユキも知っている。むしろ彼自身がそう告白した。だがカリンの方は何とも思っておらず、同居したいと思わない。むしろこんな自分を好きな彼は怪しいからフユキを行かせたくもない。
「というか試合中だから変なこと言わないでくれる?」
「まあもう勝ったようなもんじゃん」
カリンは試合を建前にユウガを遠ざけた。好きではないと事実を言ったが拒絶して根に持たれるのも嫌なので試合を盾に彼を納得させようとする。だがフユキが横槍を入れてくる。後半で二点リード、試合の流れも握っている。
「それに二人の絡み、見てて楽しいし」
むしろカリンとユウガの愉快なやりとりを肴に残り時間を乗り切りたいなんて欲が出る。いっそ勝ち負けはどうでもよく、早く終わって二人の関係を深掘りしたいくらいだ。
「まだ勝ってねえだろ」
しかしフユキの言葉を聞き捨てならない男たちがいた。差を広げられたのは衝撃的だったが戦意喪失したわけではない。後半であと三点、これ以上失点できないのにキーパー技はもう撃てないという窮地。
それでも勝負を諦めていない。相手が勝った気でいるなら、余計に一泡吹かせてやりたいと熱が入る。
「今度は速攻で取り返す……いや、雪もうないし」
さっきと同じ失点をしない方法を考えても、もう今のコートがさっきの状態から変わっている。雪がカリンの炎で溶けて、動きやすくなっている。さっきは雪で動きを鈍らせることが相手の狙いだったわけで、それができないなら手口を変えてくるにちがいない。
意気込んだはいいものの、作戦の練り直しだ。
「いいから攻めるぞ。ルミアとカリンの一対一を作る」
だが方針は明確。フユキメカをシュートブロックに入らせる前にルミアがシュート技を撃てば、カリンメカ一人なら押し切れる。そしてそうするためのフユキメカのマークは、雪が溶けて姿が見えやすい今が狙い目。
キックオフしてすぐ、方針通りに三人で動いた。そしてフユキメカが援護に入れない位置でルミアは再び"ビヨンドライトイヤーズ"を撃つべくボールを蹴り上げるがカリンメカが飛び込み横取りされた。
「マズい、間に合わねえ!」
ミチルは方針を欠陥に気づく。それは自分たちのメカがフユキメカに張りついた分、距離ができたルミアのフォローに着けない。その隙を突いてカリンは撃たせる前に防いだ。
そして再びロングシュートで五点目を狙うも、ハヤトメカがシュートコースに飛び込み、捨て身で弾いた。
「ナイス! よく間に合ったな」
「当然だ。負けたくねえ」
こぼれ球をカリンメカに拾われるのは諦めたが、シュートへの対処は間に合う。ハヤトでその瞬間にすべてを懸けて成功させた。だがボールはコートの外へ。フユキたちのスローインで再開となる。
「だからここ、守りきるぞ」
そうなった以上、三人で守りに徹する。一度でもボールをキープできれば、もう一度全員で攻める。そんな一致団結サッカーが、カナタたちの進化したプレースタイルだ。